第83話 : 新婚初夜❤❤

「あなた、今日ね……」


 碧が笑いを堪えながら俺に話しかけてくる。

 結婚して数日後、同じ部屋でベッドを共にしているものの、実のところ未だに新婚初夜を迎えていない。

 碧の夜勤があったのと、柔先輩が年頃であることを考え、彼女がいる時はは控えようと決めていたのだ。

 そんなこともあってどこか気まずい感じがあったのだが、今日は柔先輩がアルバイトで遅くなると言う。


 当然今日は大丈夫ヤリましょうという話だと思っていたのだが。


「木村さんのこと覚えてる?」


 出てきたのは全く知らない人の名前。最近聞いた気もするのだが、正直誰かは分からない。


「この間、あなたがパソコン教室の先生をしたでしょ。あの時、最後にお婆さんと縁談の話をしなかったかしら」


 ああ、とばかりに記憶が一瞬で甦る。

 このタイムラグがあるのが人間の欠点だよなとエンジニアとしては考えてしまう。


「あの方ね、私が勤めている施設に毎日来ているのよ」

「あの人も一緒に働いているのか」

「違うの。あの方の旦那様が私の所の入所者なの。それで毎日顔を見に来ているのよ」


 うん、それって結構凄いな。

 歳を取って仮に碧が施設に入所したとして俺が毎日見に行けるか……行く気持ちはあるが、実行できる自信は正直ないな。


「それでね、その木村さんが私に縁談を持ってきてくれたのよ」


 とても意地悪そうな笑みを浮かべて、本当に楽しそうに語っている。

 その昔、高校生だった頃を思い出させるくらいの明るさだ。


「ふ~ん、そうか」


 とは言え、彼女が妻となった今はあまり面白いとは思えない。碧に相応しいのは俺しかいないという自信はあるし、碧を誰よりも愛しているという自覚もある。


「へへ、私もまだまだそうやって見られているのよね」


 そうやって、とはどういうことなのかね。

 自分は若いと言いたいのか。まだまだ女としての魅力があると言いたいのか。


「あの方ね、前々から私に再婚相手を紹介したいと言っていたのよ。もちろん断っていたのだけど、それ以前に相応しい人がどこにもいないって嘆いていたの」


 そう言えば、百組近いカップルを成婚させてきたと言っていたような。


「私が結婚すれば百組目のカップルになるんですって。それを是非手伝わせて欲しいと言われたのよ。でね、百組になったら自分は引退するって言うの。もう歳だからそろそろって言うのよ」


 それがどうしたんだよ。

 俺と碧はもう夫婦なんだから断ればいいだけの話だし、俺に伝えることでもないだろう。


「でね、やっと相応しい相手が見つかったからぜひお見合いをして欲しいって」

「ふ~ん、そんな奴がいたんだ」

「あらあら、なんでそんなに不機嫌なの」


 面白そうな顔をして言うなよ。新米とは言え俺だって旦那なんだぞ。


「ふふ、その相手が誰だか知りたい」

「別に。俺と碧はもう夫婦だし、今更そんなことに興味はないさ」

「ふ~ん、その割にはヤキモチ焼いているように見えるけど」

「そんなことはない!」

「あらあら、その程度で怒っちゃダメよ。そのお相手はね、木村さんが通うパソコン教室の先生なのよ」

「へ?」

「あなたよ。あなたが私の旦那様候補なんですって」


 何だか良くわからない話だ。確かに木村さんから紹介させて欲しいとは言われたが。


「あの方は凄腕の仲人として結構評判なの。でね、パソコン教室でとても真摯に教えてくれたことにいたく感激して、人への教え方で人柄はすぐわかるから私の目に間違いはないって、結構強引に話をされて」


 で、どうしたんだ。


「今は意中の人がいますって答えたわ。近々結婚するつもりだともね」

「それで」

「とても残念がっていたわ。でもパソコン教室の先生には別の方を紹介しないといけないって言うから」

「うん」

「実はその人が私の夫になる予定ですと答えておいたわ。彼はシャイだから本当のことが言えなかったって言い訳しておいたから」


 断るのは当然として、そこまで気を遣ってくれたのか。何だか申し訳ないな。


「ふふ、ちょっとだけ感謝してくれる」

「もちろんさ」

「なら、そのお礼が欲しいわね」


 その上目遣いの意味が分からないほど子供じゃない。


「柔が帰るまでまだ時間はあるから」



 その日、新婚初夜を無事に迎え、陰キャ、ボッチ、ヘタレ、童貞の称号がまた一つ減った。

 因みにずっと碧がリードしてくれ──久しぶりだからうまく出来ないかもと言っていたが──すんなり出来たのは彼女のお蔭だ。そして俺はマグロ状態のまま秒の単位で果てたことは二人だけの秘密だ(二回戦はそれなりに長持ちしたことは付け加えておく)。

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