第79話 : 卒業後の進路
それから十日ほどして、俺は入学式に来たスーツを着ている。
白のワイシャツに赤白紺ストライプのネクタイ、Uチップの革靴。ビジネスマンの格好が似合う訳はないのだが、どうしてもこの格好をしなければならない理由がある。
駅前のホテルにある会議室を全て借り切って『明日への学び奨学金』の面接が今日は行われる。昨年までは一力(春満の旦那)が面接をしていたのだが、『向学の集い』同様、俺と春満が担当することになった。
春満は美容院で髪をアップに纏め、グレーのパンツスーツにクリーム色のブラウス姿でキメている。
普段のだらしなさとの乖離が凄い。どこからどう見てもデキるオンナだ。
「行くわよ」
「おう」
カツカツとヒールで歩く様は、秘書を従えた社長のような貫禄がある。
面接前に事務局から面接者の一覧と個別の申請書を渡されていて、二人で事前に質問を打ち合わせし、ある程度の採択の可否を判断しておく。
もちろんこの段階で決定まではせず、面接でそこを補って最終決定をするのだ。
今年は十六名の希望があり、採択は十名の予定だ。ただし、そこから漏れても全額給付ではなく、一部給付という救済策も用意している。努力を促す意味もあるから、これは今日の段階では面接者には伝えない。
面接は学生四人に対して俺達が二人で面接(そうは言ってもグループ討論なのだが)を行う。学生一人に対して二人で行うと時間がかかりすぎるし、グループ討論で人となりが分かる部分もあるというのが、会社の採用面接を行ってきた春満の意見だった。それを採用し、今日に至っている。
面接会場となる小会議室で待っているとコンコンとドアがノックされる。
「どうぞ」
入室を許可すれば、男性二名、女性二名が入ってくる。高校三年生だけあって初々しい感じがする。蒼衣も重松も昨年はこんな感じだったのかと思うと、蒼衣はこの一年で大人びているし、重松は体が進化しても雰囲気は全然変わらないのだと知った。男子が周りの大学生達と大して変わらないかと思えるのに女子は随分差があるものだ。
お互いに自己紹介して面接が始まる。志望動機や将来の構想など一通りの話を聞いた後、グループ討論に移る。
よく言われるようにしっかりしているのは女子で、男子の方が幾分緩いように感じる。もっとも個人の話だけで決めるつもりはない。
「私達も入って討論を行います」
課題は事前に伝えてある。総時間は二十分で、自分の意見だけでなく、他人の話をどう引き出して、結論まで導いていくかが問われる。
課題は『悔いのない大学生活を送るために自分ができること』というもので、これは俺自身に対する問いでもあると言えるから、真剣に討議に参加する。
流石に皆真面目に議論しているが、男性の一人が非常に巧みなリードをしている。彼は採択する候補の人物ではなかったのだが、リーダーとしての資質がずば抜けており、ウチの会社で採用したいくらいの存在感を示したので、本採択の候補に格上げした。一方でもう一人の男性は生徒会の役員をしていたという実績があるにもかかわらず、議論の進め方も課題のあぶり出し方も他者よりもかなり劣った。事前審査も不採択だったから結論は出ている。女性二人は採択するだけの能力はあるのだが、一人はこの地域では中堅の建設会社の社長令嬢だから、優先順位としては下位になる。あとで家庭の事情を詳しく調べる予定だ。
「お疲れ様でした」
今回の結果を幾つかのエレメントに分け、それぞれのスコアを出して集計する。その後、評価外の項目について特筆すべき事項があればそれを加味して総合評価を出すというやり方で最終的な採択の可否を判定している。
俺も春満も大体似たような評価になるのは、同じ会社で長く一緒にいたせいかと思ってしまう。この辺りは改善事項になるのか、民間の奨学金制度として一つの個性としてしまって良いかどうかは難しい判断だろう。自分としては無理に改善しなくて良いと思っているが。
このグループ討論を四セットこなして、その後、採択する十人を絞り込んだ。
どこのグループにもリーダーとなる人物がいて、特に最終グループに参加した女子はプロのMCかと思わせるくらい巧みなリードをしていて、春満でさえ「卒業後に雇いたい」と真顔で言っていた位だから能力は推して知るべしだ。また、非採択となった人達も総じてしっかりしていて、一対一の面接なら採択していてもおかしくない人物ばかりだった。俺が高校三年生の時にこういう対応が出来ていたかどうか考えると恥ずかしい限りだ。
「ふう、疲れたな」
「本当にね。でも今時の高校生は優秀なのね。ビックリしたわ」
「柔先輩や重松もこういう場所だとそんなふうに出来るんだろうな。俺よりもうんと凄いよ」
「そうね。あの人達の面接の資料をあとで見せてもらいたいくらいね」
そんな会話の後、事務局へ結果を報告してこの日の仕事は終わった。
誰かの人生を決めるかも知れない判断は大変重いと理解したし、一方で学びたい人を支援することは必要なことだとも強く感じた。
今は仕事らしい仕事をしていないけど、夢のある若者を支える仕事をしてみたい……卒業後の進路について初めて具体的に考えた日になった。
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