第71話 :『地球を歩くための宮殿』

 大学生の夏休みは長い。

 どの位かと言えば八月と九月は丸々休みになる。


 七月までの前期の講義は全て単位が取れた。

 試験もレポートも良く頑張ったと思う。もっとも第二外国語は前後期併せての評価だからそこだけは油断できないが、この調子なら何とかなるかも知れないと思えるくらいの手応えはある。

 勉強に関しては充実している……


「気をつけて行ってらっしゃい」


 碧に送られて柔先輩と一緒に家を出た。

 夏休みと言えばサークルの合宿。泊まりがけで皆とワイワイやるのは青春の醍醐味ではないだろうか。



 八月に入ってすぐに『栽培研究会:アグリスタイル』の合宿がある。

 二泊三日で農作業のお手伝いに行く──などと真面目なことはしないで、とある一棟貸し切りの農家民泊の宿に泊まり、そこの畑で採れた物で料理をし、加工食品(浅漬け程度の物だが)を作り、それをつまみに宴会をする。

 つまりこの間の酒以外の食材を自分達で収穫して食べようといういうことなのだ。

 エコ生活と言えばエコ生活なのだろうが……



 山あいの一軒家、見るからに旧家という感じのその家は、聞けば築百年以上で今風に言うと7LLDDKKになる。

 この地域独特の曲屋で、主人の家族と使用人達は別の部屋で団らんをし、食事を摂るという造りになっている。使用人の部屋の隣は厩だったそうだが、今はリフォームされて宴会が出来るくらいの広間になっている。

 全部で二十人くらいは余裕で泊まれるそうだ。

 昔の人は電気もガスも、もちろんテレビも冷蔵庫もないので、持てる富の全てを家に使ったのかと言うくらい贅沢な造りをしている。

 今の住宅では考えられない極太の梁や柱を見てそう思う。


「荷物は全部下ろしたよな」

「「大丈夫だよ」」


 ここまでは鉄道もバスも通じていないから、車を持っている人間が皆を乗せて来ている。

 俺も当然ワンボックス車を出して、柔先輩や蒼衣、重松などと一緒に来たのだが、何故かもう一人。


「やっほー、ゲンちゃん」


 アウトドア大好きな春満がいる。

 俺の学校に出向き、その恐るべきコミュニケーション能力を持って、部長から一部(食事だけ)参加の許可を得ている。そこまでやるかぁ。


 その上でこの家の広い庭でソロキャンプをすると言い出したのだ。もちろん先方の許可は取ってあるというか、そういうスペースも用意されている。小さなテントなら五張りくらいは余裕で張れる。

 さすがに学生と同じ扱いには出来ないので、放っておけば良い……と思っていたら、駐車場に巨大なキャンピングカーが。


「へへ、持って来ちゃった」


 モーターホームの本場、米国で手に入れたそれを俺は知っている。

『地球を歩くための宮殿』、確かそんな風に呼ばれていたと思う。超豪華な内装にどこのホテルよりもフカフカなベッドと冷凍冷蔵庫や電子レンジ、車載用としては最高級のオーディオ設備、それらを支える強力無比な電源……どこにも手抜きがない一台は東京ベイサイドのマンションと同じくらいの価格だったはずだ。製作台数が極めて限られ、日本では数台しか輸入されていないと記憶している。


 春満はマニア垂涎のこのクルマを東京から自分の運転で持ってきたのだ。

 日常の家事能力以外は超一流なので、運転も無茶苦茶上手い。格好だけで一目惚れした旧車のスーパーカーをマニュアルで運転してしまうし(クラッチペダルとパワーアシストがないステアリングが重すぎて普通の女性は運転できないが、なぜか春満は軽々と操っている)、幅二メートル、長さ七メートルを超えるこのキャンピングカーで道幅四メートルほどしかないこの山道を登ってきてしまうほどだ。


 夏にお酒を飲んだらゆっくり寝たいでしょ。とは本人の言い分だが、ここは俺達が貸し切りにしているはずで、お前がいていい場所ではない。


「あのなぁ、何でここにいるの」

「だってぇ、たまには本物のアウトドアしたいじゃない」


 だったら一人でどこにでも行け、と言いたいが、本当にソロキャンプをしたらコイツは飢え死にしている。レトルト食品とカップ麺だけの食事しかしないのなら別の話ではあるけど。



 住宅の前にある畑は五百坪位の広さだ。

 ここで多種多様な夏野菜が育てられている。キュウリ、ナス、ピーマン、ゴーヤ、枝豆やシソまであって俺達でも食べきれるかどうかというだけの量がある。収穫をする前に格安で使わせてくれているお礼の意味も込めて周辺の草むしりをした。田んぼでないだけ気が楽だし、ある程度の手入れがしてあるから一時間くらいで綺麗になってしまった。

 それから収穫をして調理の準備をする。


 参加者は全部で二十名弱、バイトや就活で参加できないメンバーが数人いるのは仕方が無いことだろう。

 三班に分かれてサラダ、天ぷら、炊き込みご飯、それと飲み物の用意をする。

 俺は先輩達と一緒にサラダを作ることになったのだが、先輩達の方が遠慮して俺に仕事をさせようとしない。


「恩人の後輩君は見ていてよ」


 このサークルには柔先輩と重松以外にも俺の会社の奨学金を受け取っている人物が数名いる。経済的に余裕がなく、野菜がタダで手に入ることを魅力に感じて入部したメンバーはそれなりにいるのだ。その為、普段はともかくこういう時に気を遣ってくれる。家事がちょっとしか出来ない俺としては嬉しいが、下級生が見ているだけというのは組織上好ましいとは思えない。


「気にしないで下さい。自分も何かするつもりで参加していますから」

「そうそう、ゲンちゃんは陰キャボッチ童貞の先輩であっても学校の後輩ですからドンドン使ってやって下さい」


 春満、うるさいぞ。お前こそ部外者なんだから黙ってろ──って、何でここにいる。食べる時だけ来る約束だった筈だぞ。

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