第68話 : 碧の覚悟(春満の眼)
これだけ言えばゲンちゃんだって覚悟はできると思うけど、何たって陰キャボッチ童貞だからね。カップルは二人いてこそのカップルだから、あと一人が動いてくれれば良いのだけど。
「碧ちゃん、失礼して良いかしら」
あらあら、碧ちゃんは随分お悩みのようね。
碧ちゃんの愛は重たいのよね。私が元旦那だったら「お前は誰のための人生を送っているんだ」と声を掛けているでしょう。それ位今の彼女は亡き人への愛に縛られている。
もちろんそれは人それぞれの考え方だ。けど勿体ない。いや、勿体なさ過ぎる。
人生は誰のためにあるのだろう。
色々意見はあるだろうが、基本は間違いなく自分のためだ。今のままだと碧ちゃんもゲンちゃんもずっと幸せになれない。モヤモヤした物を抱えながら一生過ごすことになるだろう。誰がそんなことを望んでいるのだろう。
くどいようだけども最後の後押しはしておきたい。これでダメならそれはそれで彼女の人生の選択だと思うしかないだろう。
「ゲンちゃんから話は聞いているみたいだけど」
「はい」
「重なる話になるかも知れないけど、私は当事者だからもう一度話しておくわ。もしゲンちゃんの話と齟齬があったら教えてね」
私の話とゲンちゃんの話でずれた点はないそうだ。そうなればあとは決断力の有無だけのはず。
「一つ訊いて良いですか」
「何でも答えるわよ。これだけ大事な話だもの簡単に結論は出ないでしょ」
「ゲン君が学校を卒業したらゲン君も春満さんもここに留まるのですか」
う~ん、そこが難しいのよね。
ゲンちゃんがどうしたいのかは正直分からない。彼の東京のマンションは今のところ賃貸物件として貸している筈だけど、あそこに戻るのかどうかは聞いたことがない……私はゲンちゃんが卒業したら東京に戻るつもりだ。その時は碧ちゃんの判断で私から離れても構わないとは思っている。それこそ自分の幸せが最優先だ。
「私、皆さんからこんなに良くして貰って……さっきゲンちゃんにも『このまま一緒に住んで欲しい』と言われたんです」
えっ、ゲンちゃんがプロポーズしたの?あれだけヘタレだったのに。
「でも、私は居候の立場です。ゲンちゃんにお金の負担ばかりでなく、柔まで一緒にいることで部屋のスペースも取っている。迷惑ばかり掛けていては……それと」
「どうかしたの」
「私は夫を今でも愛していますから、いつまでも他の男性と一つ屋根の下というのは」
それこそが本音でしょ。でもその呪縛、プロポーズされた今なら崩せそうね。
「前にも言ったけど、その話、前の旦那さんが聞いたら喜ぶかしら」
「それは……」
「それと、今の気持ちを引きずってこれから何十年も生きていくの?私なら辛すぎるわ」
「……」
「もう分かっているでしょうけど、今の段階で仕事の話は方便よ。この時点で仕事自体は殆ど無いから。いずれきちんとした監査法人を立ち上げても良いし、東京からスタッフを呼んで旦那の会社の支社なり支店なりを本式に作る気はあるから、その時はしっかり働いて欲しいけど」
「それって、同情ですか」
「違うわ。二人を応援したいの。貴女とゲンちゃんに幸せになって貰いたいの。碧ちゃんの気持ちは勿論理解できるけど、それが自分の幸せに繋がるかどうかとは違うと思うわ」
「……」
「二人一緒にいる形はいろいろよ。妻という立場に拘るならゲンちゃんと籍を入れない選択肢だってあるでしょ。夫婦であることがケジメではないわ。旦那さん、それとゲンちゃんに対するケジメは貴女が幸せになることよ」
ここまで言えば……言い過ぎに注意しないと追い込んでしまう。
「わかりました……わかり、ました」
雰囲気が、変わった?
「私は今でも凌雅さんのことを愛しています。愛しているからこそ彼を裏切れないとずっと思っていました。だからゲン君と一緒になってはいけないと」
凌雅さんは確か前の旦那さんよね。
「でも碧さんの話でわかったことがあります。私はゲン君が私達親子の生殺与奪を握っていると思っていました。それは経済的な面ではそうです。でも、心の面では今でも凌雅さんが私の生殺与奪を握っているのだと理解しました。そして同時にそれがゲン君のことも苦しめていると。凌雅さんが生きていたらゲン君をライバル視して負けじと私達を愛してくれたことでしょう。でもそれができない今、あの人が見たい景色は私がイジイジしているものではないと思います」
「私もそう思うわ」
「だから私はゲン君と一緒に暮らします。夫婦になるかどうかは追々考えるとして、今はゲン君と同じ部屋にいることが私にも心地よいですし」
「うん、柔ちゃんが受け入れてくれればそれが最善の選択肢だと私も思うわ」
ここまで来たわね。そうよ、形式なんて愛情の前では小さな物なのよ。
「あとは二人で話し合って。仕事の話は急ぐ訳ではないわ。でも碧ちゃんを雇いたい話は本気だから考えておいてね」
まあ、相思相愛だから結論は見えているけどね。
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