第61話 : 四十路の体力測定

 梅雨明けが近くなると、豪雨の日が増えるのは本州以南だと仕方がないのだろう。今日は大雨警報が出ている。

 それでも講義があるので傘を差しながら学校までの道を歩く。


 柔先輩から「お父さんみたい」と呼ばれたのはあの時一回限りで、その後はいたって平常運転だ。

 今日は教養課程の「体育」がある。雨だから休講にして欲しいが、その案内はスマホに入ってきていないから体育館で何かをするのだろう。大きめのトートバッグに着替えを詰め込んであるので、傘と併せて動くのに結構邪魔だ。


 体育館で基礎トレーニングをするのだとの案内が流れてきた。そこに向かうと結構な人数の学生がいて、何でも複数の体育の講義受講者が一堂に介して体力測定をするのだとか。出来ることが無くなるとこんなことをさせられるんだよなと知らない奴が言っていたから、そう言うものなのだろうと納得してジャージに着替える。


 初見の奴から「先生」と呼ばれる。もちろんそんな自覚はないが、入学したての頃に周囲から向けられた反応のせいか振り向いてしまう自分がいた。


「用意する道具などがあればお教え下さい」


 礼儀正しいなあ。如何にも体育会系という体つきをしているし。これでITの素養がそこそこあればウチの会社で雇いたいなどと不埒なことを考えてしまうほどきちんとした学生だ。


「あ、いや、僕もこの事業を受けている学生でして」

「それは失礼しました」


 九十度のお辞儀をして立ち去っていく彼。

 社長だったら名前くらいは聞いて名刺でも渡していただろうかと思ってしまう。

 ここはそこそこの規模の大学だから卒業までこういうことは起こるんだろうな。


「あれ、栗原」


 体育は学部ごとにコマが振り分けられ、俺が在籍している教育学部だと学籍番号(奇偶数)で二つに分けられて受講することになっている。その時に他の学部や学科の学生と交わることはないのだが、今回は例外として様々な学生と一緒にやるみたいだから──普段は一緒にならない蒼衣がショートパンツ姿でいる。


「一緒とは珍しいな」

「蒼衣ちゃん!栗原っち!」


 後ろから重松が声を掛けてきた。相変わらず元気の塊みたいだ。

 彼女の格好は上下黒のジャージ姿。暑くないのかとツッコみたくなるが、身長で選んだであろうそれは当然身幅も細い訳で、ボディラインがはっきり分かる……と言うよりも生地が伸びきっていて、動いたら胸元でチャックが壊れるんじゃないだろうか。


「へへ、今日は一緒だね」


 そう言いながら今は一緒に広い体育館の中でランニングをしている。

 右隣に蒼衣、左に重松を侍らせて両手に花ではあるのだが、この中で明らかに浮いていることは自覚している。

 何となれば俺は水色のジャージの上下、蒼衣は薄いピンクのTシャツにレモンイエローの短パンでここにいる誰よりも露出度が高い。そして重松は走るたびにバインバインと大きく揺れている。それ、肩が痛くないのか。


 四十三歳のオッサンと飛び切り目立つ二人の組み合わせは注目度が凄い。

 視線を感じつつ三人一組で反復横跳びや垂直ジャンプ、前屈の柔軟度などを測っていく。

 蒼衣はムチャクチャ成績が良く、重松もなかなかだ。大きな胸の塊がよく邪魔にならないものだと感心してしまう。

 本物の先生から二十歳の平均値はこれくらいだと教えられるが当然大きく届かない。前屈なんてマイナス二十センチ以上あるから話にならない。もちろん四十歳の平均値は話してくれないから、自分の立ち位置が全くわからない。


「「お疲れ様」」


 二人に声を掛けられるが、本当に疲労困憊している。普段やっている球技なんかなら適当に誤魔化せるのだが、今日はそう行かなかったから全身から汗が噴き出している。最後の最後に十分間走なんかさせるかぁ。


 目の前の女子大生二人も汗だくで、重松はジャージを脱いでTシャツ一枚。少し広めの首元からムチャクチャ深い谷間に一筋の水脈が流れ込んでいくのが見える。ゴールデンウイークに見た「ミニ華厳の滝」の再現だ。

 肩で息をするたびに上下に揺れるから、何かの生き物が水を飲んでいるようだ。

 蒼衣は蒼衣で、Tシャツの薄いピンク色が彼女の地肌と混ざり合い、色っぽいサーモンピンクに見える。巨乳派でなければ、こっちの方が色気を感じるかもと思ってしまう。


 その後、お互い次の講義があるので急いで着替えるために更衣室へ向かった。


「あのロリ巨乳凄かったよな」

「見た見た。でも隣のピンクシャツもエロかったじゃん」

「あ~、あの胸に顔をダイブさせたい」


 そんな会話が出るほど目立ってたのか。


「あのオッサン学生が羨ましい……って、まさかパパ活か」


 一人がそんなことを言う。俺が言われるのは構わないが、彼女達に悪評が立つのは許しがたい。


「俺に何か用事でも」


 聞こえよがしに斜め後ろから声を掛けたら、バツが悪そうに出て行った。

 彼女達へも誤解が及ばないよう、俺も注意しなければと思うのだった。

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