第59話 : 脂質の行く先

 病院に着いたら既に受付前のロビーに二人が待っていた。

 既に会計等は済ませたようで、柔先輩も血色が戻っている。もう大丈夫だろう。


「ゲン君、わざわざありがとう」

「後輩君、本当にお世話になりました。ありがとうございます」


 二人に深々とお辞儀をされるが、どことなくこそばゆい。


「気にしないでくれ、俺が好きでやってるんだから」

「好きで……って、どういうこと」


 脇にいる重松が俺にしか聞こえないような小声でボソリと言う。

 それ、碧を好きでと言う意味──じゃない──いや、彼女が好きだから、心配させたくないからこんなことをしているのか。


「ここだといろいろな菌が飛んでいたりするだろ。外へ出よう」


 危うくここで碧のことを意識してしまうところだった。この位ならセーフのはずだが……


「ゲン君、顔が赤いけど大丈夫。無理していない」


 ダメだったか。感情を上手く隠せないことも経営者としては失格なんだよな。


「何もないよ。夏が近いから暑さのせいだろ」

「今日は曇っているけどね」


 重松、余計なことを色々言うんじゃない。


「月ちゃんも一緒に来てくれたんだ。有難うね」

「ええ、先輩が元気になった姿を見たくて……それと、ちょっとだけドライブをしたくて」

「ドライブ?」

「栗原っちのクルマ、この前はとても気持ち良く過ごせたからまた乗りたくて。まあ、それはオマケですけど」


 それ、ただ爆睡していただけだろ。


「迷惑を掛けてごめんね」

「全然気にしていませんから。仕事は全部終わらせたので安心してください」

「本当に柔が迷惑を掛けてごめんなさい」

「お母様、ほんっとうに大丈夫ですから、それよりもちょっと疲れていません」


 言われてみれば、碧が少し憔悴しているように見える。そりゃあ子供が倒れたんだから心配だったよな。帰り道で栄養が付く物でも食べられるのならそこに寄ってもいいか。



 碧の実家に一旦戻って荷物を取ってから帰路に着いた。

 一太郎さんからナスやキュウリなどの野菜を分けて頂き、部活から来る野菜と合わせ、暫くは野菜を買わなくても大丈夫なくらいになっている。

 帰り際に手招きされたので歩み寄ったら小声で「碧を宜しくお願いします」と言われたが、その意味するところはどういうことなのか。父親公認で付き合ってもかまわないのだろうか。



「うう、食べた~」


 俺達四人は今柔先輩の快気祝いと称して自宅近くの焼き肉屋にいる。

 田舎だとロードサイドにあるのは麺類か揚げ物主体の食堂くらいなのだと良くわかった。(作者の偏見です)

 お腹が空いていたと見えて、柔先輩は上カルビを何皿も空にしている。碧が少しは遠慮しろと言っているが、俺がそんなことをしなくて良いと言えば、勢いを衰えさせず食べた結果がさっきの台詞だ。どう見ても俺や碧の倍以上は食べている。


 が、凄いのは重松だ。昼飯だって俺と同じ量を食べたはずだが──柔先輩の倍近い量を胃に収めている。それだけ食べると太るぞ(明らかにセクハラだから女子社員には言わないが、ここは同級生として言ってもかまわないだろう)──そう言いかけて、ハタと気が付いた。コイツは脂質が全部胸に行ってしまうのだろう。

 思い返せば、普段の食事だって脂っこい物を好んで食べているような気がする。

 そういう体質の奴を羨ましいと言って良いのかどうか……女体の不思議は理解できない。このことを蒼衣に言ったら殴られそうだが。


 重松を寮まで送ったら、柔先輩が助手席に乗ってきた。

 シートベルトを締める時に身体をこちらへ傾けながら囁くような小声で声を掛けられた。


「お父さんのこと、私は気にしていないよ」


 それ以上の言葉はなかった。

 碧が何を悩んでいるか少しわかる気がしたが、その原因が俺だとすれば、俺がどうすべきかの結論は出ていても、どうやってそこに至るかについての道筋が全く見えていなかった。

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