第50話 : 碧の実家へ行く
五月も終わり近い日曜日、俺は車の運転席に座っていた。
「流石はゲンちゃん、車選びのセンスは最高ね」
隣に座ってはしゃいでいるのは春満で、後席には二列目に碧親子、三列目に蒼衣と重松がいる。
この車は入学する時に買った大きめのワンボックスカーで、即納できる車が欲しかったからディーラーにあった中古車を買い取ってきたのだ。色は若い子でもあまり乗らないだろう派手めのグリーン。六人乗りで後席は全員がキャプテンシート仕様となっている。
中央に大画面のナビを取り付けてあり、後席にはそれぞれが映像を見られるようモニターが各シートの後ろに付いている。もちろん皆独立したコンテンツが見られる。
なぜこのクルマを買ったかというと単純に仲間どうしでの移動に使いたかったのだ。自分の中では学生生活には皆でドライブするというのが付きものだと思っていたのだが、昨今はそういうこともないらしく、大人数を乗せての移動は今回が初めてとなる。
ちなみにこの中で運転免許を持っているのは俺と春満、それと蒼衣の三人だけだ。蒼衣は完全なペーパードライバーなので、実質運転者は二人だからいつでも交代できるようにという訳で春満が助手席に座っている。
「それにしても随分お金掛けたわね」
モニターもそうだが、荷物室には冷蔵庫を置き、ヘッドレストにはビーズ仕様のクッションを宛がっている。オプション諸々で軽自動車一台なら十分買えてしまう。
カー用品店で「本当にここまでしていいのか」とは聞かれたが、皆が楽しく移動できれば俺としては高くないものだと思っている。
目指す場所はここから一時間程度離れた場所にある。
「凄く快適ね。寝ちゃいそうだわ」
春満は欠伸をしているが、ミラー越しに見える碧親子は幾分緊張しているように見える。
向かう先は碧の実家だ。一年以上前に柔先輩の大学入学が決まった報告をしに来たとき以来だという。
未だに他人行儀を続けている碧だが、打開策は思い浮かばない。ただ、徐々にではあるが昔に戻っている感じはある。柔先輩がいる前ではそれが顕著だ。娘の教育上、夫婦喧嘩みたいな態度は好ましくないと思っているのかも知れない。いずれにせよ俺の部屋を出て行く選択肢はまだ消えていないようだから、そこは慎重に見極めたいと思っている。
山々に囲まれた盆地に田んぼが広がるという典型的な里山の風景の中に彼女の家はあった。高校生の頃に一度訪れたことはあるのだが、記憶にあるその場所は随分寂れているようだった。
「いらっしゃい」
出迎えてくれたのは齢七十は過ぎているだろう男性で、どことなく目尻のあたりに碧の面影がある。腰が少し曲がっているようで、この仕事は大変な労働なのだと改めて思う。
「今日は宜しくお願いします」
「こちらこそ。さ、碧、まずは皆さんにお茶でも」
「いえ、今日は客で来たのではありませんから、早速仕事に取りかかりたいと思います」
「お父さん、今日はしっかり働いて帰るから心配無用よ」
碧の父親、
碧の母は病弱で柔先輩が産まれる直前に亡くなったとのこと。彼女は祖母の顔を知らないそうだ。父親だけでなく祖母もそうなのかと思うと心が痛んだ。
今日の仕事は田んぼの草取りだ。
現代は優れた除草剤があるので手で草を取ることは殆どないのだが、今年に限り献上品としてここの米を使うかも知れないので完全無農薬で栽培して欲しいと役所から頼まれたのだという。そのため手で除草をせねばならず、俺達が助っ人としてここにやって来たのだ。因みにこの地域の米は『碧の里で作られた絶品米』という商品名でふるさと納税の返礼品に使われていたりするのだとか。
「さあて、やりますか」
指定された田んぼは他の場所から少し離れ、隔離されたような環境にある。まさに自然の中にある「ポツンと一枚田んぼ」だ。
胸までカバーしているゴムの長靴一体型サロペットを着て、これまたアームカバー付きのゴム手袋を嵌めたら作業開始。
全部で五百坪あるという田んぼはさほど広く見えない。これを七人がかりで対応するのなら簡単だと思っていたのだが……
「後輩君……た、助けて」
「わかった。少し待っていろ……あ、足が」
どうしてこうなっている。
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