第49話 : 春満さんの部屋(重松の眼)

「「お邪魔します」」


 この部屋は何度訪ねても落ち着かない。春満さんという人は未だに良くわからないけど、その筆頭がこの部屋だ。私ならこんなに豪華な場所をちょっとでも汚したらマズいと思い、壁に手を触れることすらできないだろう。それをジャングルもどきにしてしまうなんて……フワフワの絨毯だって私ならつま先歩きをしていると思う。


「ささ、座って」


 そう促された先にあるダークグリーンのビーズクッションは私の身体の倍以上ある大きなものだ。ひょうたん型をしたそれにお尻を沈めればビーズが肩の方へと移動し、身体全体を大きく包み込んでくれる。身体が浮いているように感じる異世界体験だが、貧乏な私はこのクッション一つで私の一ヶ月分以上の生活費なんだろうと下世話なことを考えてしまう。

 こんなものが何個も余裕で置けるこの部屋はどれ程広いのか。


「今日は栗原のことですか」


 蒼衣っちは開口一番ちょっときつい口調で声を出した。

 栗原っちのことが好きなことでは私も彼女も同じなのだけど、私は全然届かない恋(そう呼べるのかどうかも怪しいと最近は思っている)だと思っているからかなり冷めた感じで聞いている。


「そうなのよ~、もうゲンちゃんたら、ヘタレもヘタレで見ていられないくらいなの。いい歳のおっさんがアレじゃ若い人達にも示しが付かないわ」

「そこまで言わなくても」

「ううん、若い人達には自由にものが言える環境を作らないとなんて言ってるけど、自分が一番自由にものを言えてないじゃない。あれじゃダメよ。恋愛だって今時の中学生の方がもっとしっかりしているわ」

「それは偏見です。若いから恋愛に大胆だという訳じゃ……」


 声が続かない……蒼衣っちは栗原のことが大好きなんだよね。ただ、以前春満さんから「抱かれたいと思える?」と言われたことが相当効いているんだと思う。正直私だって、今でも栗原のことを自分の身体が受け入れられるかどうかの自信はない。いくら大恩人でも彼と生まれたままの姿で抱き合うなんて想像できないのだ。

 この前春満さんからそんなことを言われた後に二人で話したんだけど、蒼衣っちだって処女だし、何となれば栗原っちが初恋の相手だとも言っていた。孤児施設に多少なりとも男の子がいた私よりも免疫力が随分低いのだろう。彼女が悪い訳でも何でもないけど、初恋レベルの好き嫌いで結婚ができないだろうことは私でもわかる。


「あの~、私達がここの呼ばれた理由は何なのでしょうか」


 とは言え、蒼衣っちがこのままじゃ可哀想だ。私はともかく出汁にされるだけじゃいたたまれない。傷つかずに済ませられることができないかと思ってしまう。


「ああ、それね」

「前に『組む』と言った話ですよね」


 蒼衣っちがどこか覚悟を含んだような口調で返事を返した。



 春満さんの話だと、栗原っちは碧さんにベタ惚れ状態なのだそうだ。その位は何となくだが私でもわかる。

 そして碧さんは恐らく前の旦那さんと柔先輩に気を遣って、栗原っちのことを意識的に愛さないようにしているとのこと。ただし、深層ではかなり好きなのだそうだ。この辺りの心理は私にはわからない。死別した人に対する気持ちがどんなものなのかを理解するだけの経験を持ち合わせていないのだ。

 その上で、キーパーソンは柔さんで、彼女が碧さんの背中を押せば万事解決となるだろうと言うことだった。そして、その協力をして欲しいというのが彼女の提案だ。


「具体的にはどうしろと」

「そこなのよね。小説なら簡単に筋書き通りの展開になるのだろうけど……そこは私にもわからないのよ」


 とにかく大事なことは柔さんが栗原っちのことを母親の結婚相手として認めさせることだと言う。

 柔さんは既にこの二人と同居しているからお互いそれなりに人となりを理解しているはずだ。だとしたら栗原っちを本物の家族として受け入れられるかどうか、その一点に尽きると思う。


「そこでね、皆に協力して欲しいのだけど」


 そう言われても出てきたのは柔さん相手に栗原っちを推すことだけ。春満さんも下手に手を出すと簡単に壊れるくらい碧さんの感情は揺れているらしい。


「歳を取ると勢いだけじゃ突っ走れないのよ。背負っている物が多くなるからあれこれ考えるようになるのよね。もっともっと時間が経って爺ちゃん婆ちゃんになれば、そんな物がなくなってずっと簡単になるんだけどね。きっと今が一番難しい年頃なのよね」


 そういうものなのか。

 隣を見れば、蒼衣っちが難しそうな顔をしていた。

 私達には理解できない世界だよね。そう思いながら、それでも何か出来ないかと考えている自分がいた

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