第48話 : 三人でのランチ

「栗原っち、今日はどうかしてるよ」

「うん、心ここにあらずだね」


 蒼衣と重松の二人からそう話しかけられるが、正直頭には入ってこない。


 社会人になりたての頃、開発したプログラムにちょっとしたバグが見つかり、修正を始めると芋づる式に連鎖して、何が何だかわからなくなったことがある。

 今の心境はそれに近いもので、碧との関係をどうにかしたいと考えれば考えるほどどうすれば良いのかわからなくなっていく。思考回路が全く機能しない。誰か俺の頭の中をデバッグして欲しい。


「ねえ、こういう時はご飯を食べよ」


 重松にそう言われ、今日は碧の弁当がなかったことに気が付いた。

 最近はずっと昼食を持参していたのに……テーブルの上に置いてなかったよな、忘れた訳じゃないよな、そんなことを考えながら食堂に向かう。

 昼のピーク時だったので席が空くまで待つことを覚悟していたのだが、偶然にも重松が空いているテーブルを見つけ席を取ってくれた。


「栗原っち、先に注文してきなよ」


 そう言われて決めたのはチキンソテーのランチセットだ。重松と蒼衣は二人ともミートソースのパスタを持ってきた。

 いつもなら鶏肉を味わって食べるところだが、今日は全く味を感じないし、喉も上手く通らない気がしている。いつまでもご飯を噛んでいるから、彼女達が食べ終わっても半分近く皿に残っている。


「栗原、何か悩み事でもあるの」


 そう訊かれても目の前の二人に話すのも憚られる。

 オッサンが子供ほども歳の離れた女子大生に相談するような話でもないと思う。


「いや、まあ、俺は俺でいろいろあるのさ」

「一人で抱えるの良くないわよ」


 蒼衣は一人で悩んでいたことを俺に対して相談することで道が開けたし、重松も同じように一人で悶々としていた時に奨学金に出会ったから、俺も誰かに相談できれば良いことはわかる。展望が開けなくとも心に溜まったものを吐き出すだけで少しは楽になるものだ。


 誰に吐き出す──同世代だと俺の周りには一力か春満しかいないじゃないか。その二人の顔を思い浮かべたら、告白して奪い取ってしまえ位しか言われないだろうことが想像できてしまう。


「栗原はさ、女心を知りたいんじゃないの」


 図星のことを言われてますますショックが広がる。


「私は自分以外のことは小説でしか知らないけど、碧さんもきっと悩んでいるんだと思うよ」

「なっ……」


 誰が碧の事だなんて言った──俺ってそんなに単純な人間か。


「図星でしょ」

「栗原っち、柔先輩を通して聞いてあげるよ」


 馬鹿馬鹿、そんなことをしたら柔先輩からも嫌われかねない。とは言え、碧のことを考えたら柔先輩だって何とかしなければいけないのは事実なんだが。


「余計なことはしないでくれ」

「困っている人を助けるために相談室を開いたんでしょ。その気持ちは私達も一緒、困っている時はお互い様よ」

「うん、私も栗原っちに助けられたんだから、今度は私達がする番だよ」

「そう言われてもな……今暫くは時間が欲しい。自分なりに考えてから相談すべきことは相談する」

「一人で悩んでいるとマイナス思考のスパイラルになるよ」

「それはわかっているけどな。まあ、多少人生経験が豊富な分だけ少し自分で考えてみたいし」

「わかった。でもいつまでもそんな様子じゃ皆が心配するから、絶対に抱え込まないで。経験者の私が言うんだから間違いないわよ」


 蒼衣の眼がいつになく真剣だ。俺を見つめる様は心の奥底を見透かされているようだ。

 碧の様子にどう対応して良いかわからない。それは人生経験が豊富どころか、コンピュータの世界にどっぷり入り込み、人間を理解しようとしてこなかったツケだとも言える。

 相談室を開いたのも自分の人生に自信があった訳ではなく、その頃は誰かの何かの役に立ちたいという自己承認欲求みたいなものだったから、相談事に対する回答もコンピュータビジネスの経験からもたらされたものだった。そこに対人関係だとか恋愛感情などの視点から解決策を考えたことは皆無に近かった。



「栗原っち、相当重症だね」

「誰が見てもわかるからね」


 俺が外を見ている間に二人は何かひそひそ話をしていたが、俺の耳には届かなかった。

 こういう悩みも青春だと言って良いものなのか。閉塞感ばかりが感じられ、結局ランチは完食できなかった。

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