第46話 : 他人行儀
朝の食事をきちんと摂ることはやはり身体に良いのだろう。
通学前に読むメールもすんなり頭に入ってくる。少し前ならどうせ出社するまで頭が回らないのだからと先送りしていたことなのだが。
仮定でしかないが、碧を連れて東京に行っていれば自分の人生がどう違っていたのかと何度も考えている。仕事に完全集中できていればもっと凄いツールができていたとか、あるいは柔先輩のような子供ができればそっちに重きを置いて、今ほどの会社にはなっていなかっただろうかとか。
それもこれも碧家族と一緒に暮らすようになったからだ。
「今日は家に居ます。何かやっておくことがあったら申しつけて下さい」
ここ数日どこか碧が他人行儀だ。いや、他人なのは確かだけど、どこかに棘があるように感じる。俺、何か気に障ることやったっけ。
「何もないよ。休日くらいはゆっくりしていてくれ」
「居候の身分でそうはいきません」
「そうか……でも本当に何もないんだ。嘘は言っていない」
ふう、どこでどうしたのか。不機嫌と言うよりも壁を作られている気がする。
思い当たる節はないんだよな。まあ、そのうちに元に戻るだろう。
そんな風に考えながら冷蔵庫に目をやると……
「これ……」
冷蔵庫には碧の介護施設でのシフト表が貼ってある。二週間単位のものだが、昨日更新していたものには夜勤が三日入っていた。再会した頃は週四、五日だったものを火事の時に緊急事態だから夜勤をなくし、最近ではその頃の半分以下に抑えていたのに。
夜勤が悪い訳じゃないんだが、以前のやつれた姿を知っているとどうしても気になってしまう。
「碧、無理してないか」
「大丈夫です。私達はいつまでもゲン君の世話になる続ける訳にもいかないでしょうから」
「まさか、ここを出て行くつもりなのか」
「いつかはそうなるでしょう。ゲン君に頼りっきりではいけないし、私達は家族でもないし」
確かに家族ではない。が、これは少なからずショックな言葉だ。
碧との同居は愛情から始まったものではないことは事実だとしても、今は特に俺の心情が違っている。高校時代よりも遙かに強い愛情を感じているのは春満に言われて自覚してる。
昔は碧とPCを天秤に掛けて後者を取った俺だが、今なら間違いなく彼女を取るし、今からこの部屋を出て行くと言われれば全力で止めたい。とは言え……
「そう言われればそのとおりだけどな」
本物の家族になりたい言うタイミングが今かどうかというと、こんな雰囲気で言うことではないだろうと思う。だからこれ以上は言えない。
でも、この淀んだ空気が続くとしたら俺が気持ちを伝える機会が来るのだろうか。
そんなことを考えながら聴いていた講義は全く頭に入ってこなかった。
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