第44話 : 好きの正体
「今でも碧ちゃんのこと好きでしょ」
そう言われてどう反応すれば良いんだ。
それが一番に考えたことだった。好きではないなどと言うことは絶対にない。この前結婚すれば良いと言われた時よりも碧を意識している。それなら好きなんだろうと言われればそのとおりだ。
が、俺の“好き”はどんな“好き”なのだろう。
そもそも碧のどこが好きなのだろう。
美女とは言えないが、俺にとっては誰よりも親しみが持てる容姿。スタイルだって抜群という訳ではない。それでも俺は色気を感じている。
家事に関してはパーフェクトだと思うし、柔先輩を見ていれば子育てもきちんと出来ている。
欠点は──ないじゃないか。
だとしたら俺は碧の全てが好きなのか。
「俺は──」
「碧ちゃんの全部が好きなんでしょ」
心を全て読まれた答えに俺は激しく動揺した。
好きとはそういうことなのか。彼女の全てを認めること、彼女の全部を受け入れることが好きの正体なのか。
でも──結婚したいほど好きなのか。そもそも俺みたいなのが結婚して良いものなのか。
「うん」
「見ていればわかるわよ。ほら」
そういって以前見せた手鏡を俺に見せる。そこに映る姿は以前にも増して赤い。碧本人がいないのにどうしてこうなる。
「ゲンちゃんは昔から単純だから」
「揶揄うのはやめてくれ」
「事実を話しただけよ」
「で、俺にどうしろと」
「それは自分で考えてよ。ただ、自分の気持ちがハッキリしないと何時までも何もできないでしょ」
確かにそうかも知れない。
が、碧に対する気持ちに気付いてしまった以上、今までと同じにできるかはわからない。
これからの俺はきっと碧の一挙手一投足、作って貰っている料理、整っている部屋の全てを今まで以上に気にしてしまうのだろう。
いや、碧の存在の残り香さえ気になるのかも知れない。
「だけど、俺にはそれがわからない」
そう、俺には全てが未知の領域だ。
元カノとは言え同居していた訳ではないし、彼女に娘がいた訳でもない。
高校時代にキスはしたものの、それ以上進める勇気も環境もなかったし、その後の経験不足から今でもそこまで出来る自信がない。とは言え、彼女のそういう姿を想像する時もある。
それになんと言っても彼女が元夫をどう思っているのか。柔先輩が俺をどう思っているのかがわからない。俺の一方的な気持ちだけで前へ進めるほど大人の恋愛が簡単でないことくらい自分でもわかる。
「それをわかるために青春したいんじゃないの」
言われてハッとした。
恋愛について俺は高校生から全く進化していない。昨今の若者事情から青春時代に彼女がいただけでも有り難いことだと思っていたが、それ以上オトナになっていない、ただの拗れたオッサンだということがわかってしまった。
「そっか、そうだよな」
「ふふ、心配しなくていいわ。私も付いているんだし」
それが一番心配なんだがな。
「とにかく、ゲンちゃんは自分の気持ちに向き合ってみることよ。恋の悩みは若者の特権と思えば立派に青春できてるじゃない」
そう言われると返す言葉がない。
とにかく俺だけが好きだというだけじゃ現状は何も変わらない。
「そうそう、この写真をあなたにあげるわ。これをヒントに考えてね。夫婦の先輩として協力できることはするから、遠慮無しに相談してね」
出されたスマホに写るのは真っ赤な顔をした俺と碧の写真だ。
俺にプリンを食べさせているその様は、あらためて見れば高校生どうしの初々しいカップルのようだ。お互い二十年以上前にタイムスリップしたような妙な感覚を覚える。
お互い顔が赤いと言うことは碧も俺のことを意識していてくれるのだろうか。
この日、柔先輩が帰ってきたことにも気付かず、俺は自分の部屋でこれからのことについてずっと自問自答していた。
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