第43話 : 俺の子供(?)

 ゴールデンウイークが開けたら何もかも忙しくなった。

 学校はと言えば、講義が佳境に入りつつあり、第二外国語なんかハッキリ言って着いていけない。この歳で新しい言葉を学ぶのがこれ程難しいと思わなかった。

 日本語が世界一習得が難しい言語だと言われているけど、他の言語だって無茶苦茶難しいだろと言いたい。予習復習なしにこんなの理解できる訳がないから家でも教科書を開いている。

 真面目に勉強をするのなら大学生活で遊んでいる暇はほぼないと思ってしまう。


 それでも青春を楽しみたい俺としてはサークルにも顔を出している。

 どんなに忙しい時でも休養は必要だと部下に言ってきたしね……

 枝豆やインゲン、オクラなどの夏野菜の種まきなどがあり、雑草もそこそこ生えているからそれらの除草もしている。こちらはこちらでそこそこ忙しい。

 そしてエンドウ豆の収穫が始まっている。昨年の冬に先輩達が播いたものだ。


 エンドウ豆は毎日収獲ができるので、それを当番で行い、収穫物は各自持ち帰って良いことになっている。ただし、収穫量が多い日は一部をこども食堂へ届けることもある。そのあたりは部長が判断してくれる。


「後輩君、今日は大収穫じゃないか」


 そう、今日は俺と柔先輩が収穫当番なのだ。気まずい時があっても翌日になると彼女は普通に接してくれている。俺が知らないところで碧が何かを言ってくれているのだと思う。娘みたいな女性に気を遣わせて申し訳ない。


 手許には小ぶりなエコバッグ二つに溢れんばかりのエンドウ豆が詰め込まれている。

 これは俺達二人で食べて良いものなのだが、世帯としては今のところ一緒だから当然食べきれる量ではない。フードロスなどという言葉が頭に浮かんでくる。


「とりあえず食べきれる量だけ残してこども食堂に行こうか」


 俺がそう提案すると柔先輩は頷き、部長に許可を得て学校近くにあるこども食堂へ品物を届けた。

 そこのスタッフに大感激されたはいいのだが、俺が彼女の父親だと勘違いされ、若いお父さんねとかこんな娘さんがいて羨ましいとかあれこれ揶揄われたのにはまいった。

 俺みたいなのが父親だと言われたんじゃ申し訳ないだろうと思い、そこからマンションに向かう途中で一言伝えておかねばと思って口を開いた。


「あの、柔先輩」

「後輩君、どうしたの」

「さっきのこども食堂のスタッフの話だけど、俺が行って迷惑だったかな」

「え、どこが」

「いや、先輩が俺の子供だって思われて」


 そう言ったら彼女の足が止まり、とても複雑な顔をして俺を見てくる。

 感情が全く読み取れず、その眼が若干泳いでいるように見えた。


「仕方ないでしょ、それだけ歳が離れているんだから」

「そりゃそうだけど」

「私、そんなことを気にする人間に見える」

「それは人それぞれだろ。気にする人もいるだろうし」

「私は気にしない。後輩君が父親かどうかなんて私自身が知っていれば良いだけの話でしょ。私の父ですというIDカードをぶら下げてる訳じゃないんだから」

「そう言われれば」

「それと……」

「どうした」

「お母さんが……ううん、何でもない」


 碧について何か言いたげだったが、言葉を交わしているうちに自宅まで着いてしまった。


「ただいま」


 今日は碧がいない。日数を減らしたとは言え介護職の彼女には夜勤がある。明日の朝十時過ぎでないと戻ってこない。


「私もバイトだから」

「こんな時間からか」

「今日はそう言うシフトなの。十時半までには帰ってくるわ」


 そう言って、自分の部屋に入ってしまった。

 仕方なくエンドウの加工がしやすいようにヘタだけを取っておき、野菜庫に入れておく。

 それとほぼ時を同じくして、彼女は出て行ってしまった。


 午後七時になって、碧が作っておいた肉じゃがを温めて食べる。

 碧は同じ肉じゃがでも具材や調味料を毎回微妙に変えていて、飽きないように工夫をしているのがわかる。今日は使っているジャガイモが違っている。新じゃがだろうか、かなり柔らかく、口の中で噛まずに溶けるようだ。それでも食卓の上ではきちんと形が残っているのが凄いと思う。


 ピロンとメッセージの着信があり、見れば春満からだった。


『今からお邪魔してもいいかしら』


 誰もいない部屋で、これから仕事関連のメールのチェックでもしようと思っていたのだが。


『仕事を終わらせたらかまわない』

『じゃ十分後』


 終わる訳ないだろ。


『最低三十分後だ』

『間を取って十五分後。これ、決まりね』


 あ~あ、こうなるとアイツのペースだ。ここで文章を打つ時間すら惜しいから、スマホを片付けPCを起動させる。幸い重要な話はなかった。


「お待たせ~」


 いや、別にお前のこと待ってないから。


「あ~ら美味しそうな肉じゃがだこと」


 そう言いながら彼女は俺の目の前にあった牛肉を手づかみで口に放り込んだ。お行儀悪いぞ。


ほふほふそうそうふぇんひゃんゲンちゃんもろりひゃんのころらふぇろみどりちゃんのことだけど

「こら、ちゃんと噛み終えてから話せ」


「ああ、ごめん。美味しすぎて味わって食べたから」

「で、なんだ」

「ゲンちゃんて、今でも碧ちゃんのこと好きでしょ」


 いきなりなんちゅうことを言ってくるんだ。

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