第40話 :「あ~ん」大会
「はい、あ~ん」
クールな声でフォークを手にしているのは蒼衣だ。
いつも堂々として、物事に動じない様子を見せているのは大氏の影響か。フォークの先にチーズケーキが載っているのだが全く揺れていない。まさかあ~ん慣れしているなんてことはないだろうが、未成年でこれだけの強心臓は中々いないと思う。
一口でチーズケーキを口に入れると、さっきのチョコレートは違った香りが口から鼻に抜けていく。これまた無茶苦茶濃厚で、チーズそのものの美味しさが際立っている。滅多なことでは巡り会えない至高の味だ。
「どう」
「おいひい」
「へへ、これ、私が選んだの。持ってくるの大変だったんだから」
春満の補足によれば都内にあるホテル内の品物だそう。
俺はその手のものに全く興味がないから気にしたこともなかったのだが、ランチ一食以上の価格がする最高級品だそうだ。
「蒼衣ちゃん、さすがに上出来」
「褒めて頂いて有難うございます」
初々しさという点では全然ダメなのかも知れないが、こういうシーンで動じないというのは十分評価できるだろう。
社会人の眼で見れば冷静にミッションを遂行できるというのは評価すべきポイントである。
「ど、どうぞ……あ、あ、あの、あ~ん」
まったく対照的なのが重松で、スプーンの上に乗るコーヒーゼリーが揺れている。
このゼリー、何層かになっていて、層の間に目印としてごく薄いクリームの層があるという大変凝ったものだ。層ごとに固めねばならないからどれ程の手間かと思う。
ついでに言うと、スプーンのバランスを取ろうとしてカラダが揺れるたびに巨大な持ち物もブルンブルンと揺れている。この場では目のやり場に困る。何でコーヒーゼリーを選んだんだ。
「あ、ああ、あっ」
震える手からゼリーが落ちそうになるのを、俺が大きく口を開けてギリギリでそれを捉える。
なんと言えば良いのか。これまで以上に表現のしようがない食感を舌で感じる。
つるりではなく、少し硬さを感じるその食感はゼリーが主食になったのかと思うくらい存在感がある。甘味をほぼ感じず、先程のチーズケーキのように香りを楽しむタイプのようだ。
美味しいという言葉ではとても語り尽くせず、飲むコーヒーよりも香りの余韻を長く感じる。
明らかに苦みもあるのだが、それが全く気にならないくらい芳醇な香気が感覚を支配している。
「ど、どうですか」
「
「ど、どうかな」
「おいひいよ」
真っ赤な顔をして、嬉しそうに眼を細める様はまるで小動物みたいでとてもカワイイ。そして不釣り合いに大きな胸が両腕に挟まれてブルブルと揺れているのが見え、こういうロリ巨乳が好きな人間にはたまらない光景になっている。
不慣れなことをしなけりゃ良いだろうと思いながらも、眼福だと感じるのは根がスケベなのだと思ってしまう。
「後輩君、はい」
いたって事務的に聞こえる声で柔先輩がフォークを口に入れる。乗っているのは苺クリームのミルクレープ。層状のクレープの間にすりつぶした苺が入った生クリームが入っているものだ。
苺の存在感が凄い。香りとしての添え物ではなく、しっかりと酸味と甘味を主張してくる。間違いなく主役はこれで、クレープ生地もクリームも上質感はわかるが、間違いなくこのケーキでは添え物にしかならない。いったい如何なる苺を使えばこうなるのだろうと思ってしまう。
「感想は」
「美味しい」
「それだけ」
「細かく言えば苺の存在感が凄い。こういうケーキの場合苺は添え物みたいな……」
「わかったから」
意図的に感情を殺しているみたいな話し方は何を考えているか読み取れない。敢えてそうしているのだろうと言うことはわかるが、その理由は恥ずかしさだけではなさそうだ。
たぶん、先程俺と碧が二人でプリンを食べていたことを気にしているのだろう。
チラリと碧を見ればどこか落ち着きがなさそうに娘の姿を見ている。心中は察せられないが他の二人の時ほど落ち着いていられないことくらいは想像が付く。
「ゲンちゃん、いかが」
如何も何もあるか。ぶっちゃけこんなハーレム体験は初めてだし、ドキドキもしたが彼女達は恋人ではないから、どちらかと言うとケーキの味に集中できた。
言い換えればその程度の対人感情しかなく、それは単にゲームでやったことなのだ。
「まあ、俺としては貴重な体験をさせてもらったよ」
これが嘘偽りのない感想だ。
「そう、ならば締めに碧さんからもあ~んして貰えば良いんじゃない」
薄笑いを浮かべながら特大の爆弾を放り込んできた。
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