第39話 : セクハラ案件

「はい、あ~んしなさい」


 春満のヤツ、何をしたいんだ。


「なんだよ」

「お姉さんが食べさせてあげるのよ。嬉しがるもんじゃないの」

「それは二十歳の頃の話だ。今なら介護にしか見えない」

「そんなことないわよ。ねぇ碧さん。私達はまだまだ若いもんね」

「え、ええ、そうですね」


 大氏が帰ったらどこを間違ったのか、俺も女子会に呼ばれ、これまた紅茶を飲んで酔ったとしか思えない春満に絡まれている。

 この人は呼び方以外でたまにそういうお姉さんごっこを仕掛けてくる時はあるが、ここでそんなことをされるのは想定外だった。


「ほら、口に入れて」


 お前なぁ、男女逆だったら間違いなくセクハラ案件だ。ちなみにウチの会社でこんなことを強要したら即アウトで休職させている。


「ほら、手が重いの」


 会社でやってみろ。衆人の前で叱ってやるからな。

 仕方なく、口を大きく開けるとそこにどろりとしたチョコレートの塊が入れられる。俺でもわかる極めて純度の高いものだ。

 苦みが強いが、それを超えて豊潤と言うよりも強烈な香りが鼻に抜ける。苦みが香りで押さえ込まれている感じで、あまり気にならない。オトナだけに許される高級な味だ。


「どう」

「凄いな」


 ここまで来ると美味しいとか不味いとかそんな言葉は出ない。

 正確に言えば感動したが一番近い言葉かも知れないが、それではあまりに薄っぺらい気もする。俺の語彙ではそれを説明できないから凄いという言葉で誤魔化してしまう。

 それからもう一口、さっきよりも大きなものを口に入れてくる。


「私の愛情込みだから美味しさ倍増よ」

「春満さんは旦那さんがいらっしゃいますよね」

「そうだけど、今はこの人が旦那とペットを兼ねてるの」

ふふぁへるらふざけるなられふぁふぇっとら誰がペットだ

「食べながら声を出さない。お行儀悪いわよ」


 この一言で一同から笑いが漏れ、ここで俺の負けが確定した。まあ、勝つ可能性はいつも限りなくゼロに近いのだが。


「さて皆さん、ここで未来に向けたお勉強をしましょう」


 訳のわからないことを春満が言い出した。一体何をさせようというのだ。


「これからゲンちゃん相手にあ~ん大会をします。全員でゲンちゃんにあ~んをしてあげましょう。皆さんの将来の佳き人のためにここで練習をしてみましょう」


 こら、何言ってんだ。俺があ~んの練習台だと。


「あ、やります」


 間髪入れずに声を出したのは蒼衣だ。大氏の話から彼女が俺に悪い感情を持っていないことはわかる。だからと言ってそこで手を上げなくてもいい。


「わ、私も」


 重松もそこに加わる。彼女が俺に恩義を感じてそう言うことをするというのなら、それは間違いだと言いたいが、春満がいる前でそんなことは言えない。


「柔ちゃんはどう」


 こら、余計なことを訊くな。母親がいる前でそんなことをする娘がいるはずないだろう。だいたい、お前の娘が目の前でそんなことをしたら怒らないか──って、今と同じことを昔させられたような記憶がある。あの時は息子の初彼女の練習だと言われたような。


「私は……」

「お遊びよ、お遊び」


 俺は遊び道具か。



 文句はあるが、こうして女子大生三人による俺へのあ~ん大会が始まった。

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