第38話 : 女子会(春満の眼)

 時は「向学の集い」後の女子会をしようと喫茶店を目指して歩いているところまで遡る。



 ピロン。


 私のスマホに連絡が入る。蒼衣ちゃんからだ。

 彼女がもう少しで駅に着くという。できれば帰宅前に会って話がしたいと書かれていた。普段からそこそこ顔を合わせているのだから自宅で話したってかまわないと思っていたが、そうでないとなると何らかの事情があるのだろう。


 ほぼ満席の喫茶店はゆっくり話すには明らかに不向きなので、皆で私の家に行こうと決め、ついでに蒼衣ちゃんと合流しようということになった。


 改札から出てきた彼女はアルミ製のキャリーを引き、後ろに男性を従えている。あれは確か……蒼衣コーポレーションの社長だ。


「春満さん、先輩、月、お待たせしました」

「「「お帰りなさい」」」


 とは言ったものの、皆声が小さい。彼女の後ろに立つ男性を誰もが警戒している。

 麻のジャケットを羽織った足下は見る人が見ればわかるとんでもなく高級な靴だ。

 本人は気付いていないだろうけど、只者ではないオーラが撒き散らされているから周囲の人達がチラチラとこちらを見て通り過ぎていく。カリスマとはこういう人のことを言うのだろうし、その毒気に当てられた柔ちゃんと月ちゃんは萎縮しきっている。


「はじめまして、ではない方もいらっしゃいますね。美櫻の父です。よろしくお願いします」

「「「よ、よろしくお願いします」」」


 これだけのオーラを持った人に頭を下げられる機会なんてそうそうないから、私だって緊張してしまう。


「立ち話でも何ですからまずは私の家に行きませんか」


 お仕事の話ではなさそうだけど、もしそうならばゲンちゃんと話す前にいろいろとハッキリさせておきたい。


「いえ、今は急にこちらに来ることになったので時間がありません。細かいことは美櫻に話させますので」

「でも」

「そうですね。美櫻の恩人であるゲンダームさんにお礼を言いに来たとだけ申しておきます」


 流石に駅の目の前にあるだけあって、それだけの会話をしたらマンションに着いてしまった。このままゲンちゃんに会わせて良いものかどうかわからないけど、美櫻ちゃんの話も出ているから恐らくは本当だろう。ゲンちゃんだってここでビジネスのことで丸め込まれるほど子供じゃないだろうし。


 ゲンちゃんの家に入れば、目の前にプリンがズラリとある。見た感じは手作り感が満載。恋人どうしで彼女が彼氏に作ってあげるもののようなカワイイものだ。

 私達が帰ってくることを伝えていないので、恐らく二人でこれだけの量を食べようとしたのだろう。察するに私達にも用意したものを食べてしまおうと言うことだろう。その心まではわからないけど、二人だけの秘密を持とうなんて随分関係が進んでいるみたいだ。


 私の見た感じだと、ゲンちゃんは恋愛とまでは意識していないだろう。碧ちゃんは少しそういう意識がありそうだけど、恐らくは亡くなった旦那と柔ちゃんが足枷になっている。旦那さんのことは碧ちゃん自身で乗り越える壁だけど、柔ちゃんの心を動かすお手伝いくらいは私でもできるだろう。幸い月ちゃんと蒼衣ちゃんもゲンちゃんに恩義を感じているみたいだから協力は頼めるだろう。

 蒼衣ちゃんに関しては自身の恋愛対象だという可能性もあるけど、恐らくはお父さんとの軋轢を避ける方向に動くだろう。そこは可哀想だけど利用させてもらおう。


 さて、取り敢えずは今だ。


 ゲンちゃんがいなくなり、完全な女子会となった。考えてみれば女性だけがこう揃うのは初めてかも知れない。

 蒼衣ちゃんが買ってきたケーキと手作りプリン、それに碧ちゃんが淹れてくれた紅茶が前に並ぶと我慢ができなくなる。


「いただきましょ!」


 わざわざ東京から持ってきたとおぼしきケーキはさすがに美味しかった。

 あまりに濃厚な味なので好みは分かれるだろうけど、私には紅茶のお供(どちらかというとこちらが主役と言えるくらい香り高い。これは私が持ってきた物だ)に相応しいものだと思う。

 そして碧ちゃんのプリンも決して負けていないのが素晴らしい。

 硬さはドンピシャだ、控えめの甘味なのに口の中でクリームの香りと絶妙なバランスで玉子の風味が広がっていく。高級洋菓子店並みのものが作れるって……


「碧ちゃん、これ、とんでもなく美味しい」


 そう言うと、彼女は「ありがとうございます」と言って顔を赤らめた。そう言えば家に戻ってきた時もそんな風な顔をしていた気がするけど……さては自身の気持ちを進める気になったのだろうか。


「こういう美味しいものを食べると幸せになれるもんね。気心許せる人が傍にいれば尚更ね」

「お姉さん、それはどういう」


 あらあら、こんな反応するなんて柔ちゃんも意識しているのね。ふふ、可愛いところがあるわね。


「言葉どおりよ。貴女方はゲンちゃんと一緒に住んでいるんだもん。隠し事ばかりじゃいられないでしょ。それ以上のことはないわ」


 そう、一緒に住むなんてとんでもないアドバンテージなんだからね。

 蒼衣ちゃん以外は今日の交流会でゲンちゃんが彼女達の恩人であることはわかったはず。だとしたらそれを上手く使ってゲンちゃんのイメージを上げていけば良い。時間はまだまだあるしね。


 そんなことを思っていたら大氏がやって来た。

 この短時間できちんとした仕事の話はできないだろうから、彼の言っていること(蒼衣ちゃんの恩人)は本当なのだろう。


 ならば話は早そうだ。

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