第34話 : 気遣いは不要で
人前で話すことが苦手だと知っているくせに、春満はわざとこういうことをしている。
にやけた顔を意図的にわかるようにこちらに向けているのが憎たらしい。碧にこれから春満の分の飯は作ってはダメだと言ってやろうか。
春満がパーティーなんだからちゃんとした服を着てこいと言っていた意味が今ならわかる。最初から俺のことを揶揄うつもりでいたのだ。
「え~、皆様におかれましては──あの、本日はお日柄も宜しく──ええっと、私も念願叶って皆さんと一緒に学生生活を送れることになり……」
もうメチャクチャだと自分でもわかる。
壇上で皆からの視線を浴びて話すなんて、ひょっとしたら人生初かも知れない。こういうことを全て一力に丸投げしてきたツケで、頭が真っ白になっている。
格好いいことを話そうなんてするからダメなんだとわかっていても、一応は主催者だという自負があるから変な真似はできない。二十歳の学生なら失敗しても許されるが、この歳だと学生という身分であってもそうもいかないというプレッシャーが半端じゃない。
並んでいる丸テーブルの上にある料理を見たら、こんなことで時間を潰しているのが申し訳なくなってきた。面倒だ、終わらせてしまえ。
「皆様の将来が実り豊かなものであるよう、一緒に頑張っていきましょう」
まあ、挨拶なんてまともに聞いている奴なんてほぼいないのだろうから、これで構わないだろう。春満、サッサと終わらせろ。
「はぁい、栗原様、有難うございました。それではせっかくですので引く続いて栗原様より再度交流パーティーの乾杯の音頭をお願いいたします」
えっ、そんなことまでやるのか。コイツめ、こっちにウインクしている場合じゃないだろ。グラスを持ってこっちに来るな。
「ゲンちゃん、覚悟が大事よ」
ふざけるな、俺はこういうことがダメなんだよ……あ~あ、みんなが手にグラスを持って待ち構えている。
「それでは、かんぱ~い」
最低限の声出しで、パーティーが再開した。
俺は隅の方で寿司でもつまもうと思っていたのだが、残念ながらその目論見はもろくも崩れた。俺の周りに挨拶をしに来る学生が列を成している。そんなことしなくて良いのに。
「この基金のお蔭で大学へ通う夢を実現できました。有難うございます」
「頂きました恩は一生忘れません。感謝申し上げます」
昨今の学生は礼儀正しいな、春満、お前少しは見習え。
チラリと見ればアイツの所にも挨拶に来る学生はいるが、本人は悠々とオードブルを食べている。絶対に家に帰ったら今日のアイツの飯は無しだ。
「あ、あの~、栗原──っち──あ、栗原様」
「おお、重松、今日はお疲れ。来てくれてありがとう。それとその呼び方、どうした」
「い、いや、恩人をそんな気安く呼べる訳ないじゃないですか」
「恩人──そんなに畏まられると俺が付き合えなくなる」
「そういうつもりじゃ、って、そうなのですか」
「敬語はやめてくれ。これは俺からのお願いだ」
「そう言われても」
「そこは守って欲しい」
「あっ、はい、わかり──わかった」
ほら見ろ、いつもと違って緊張しまくっている。こういう人付き合いがしたくて学生になった訳じゃない。
「あの~、栗原さん」
柔先輩だってこんな風になっている。春満のことをやっぱり出禁にしてやろうか。
「住まわせて貰っているだけでなく、学費でもお世話になっていたなんて存じませんでした。無礼をお許し下さい」
「無礼だと思ったことは一度もないよ。それより、重松にも言ったが言葉遣いは元のままにしてくれ」
「そんなことはで……」
「できないと言わないでくれ。そんな風にして欲しくてここにいる訳じゃない。春満に騙されたんだ」
「あ~ら、ゲンちゃん、人聞きが悪いこと言うわね」
やって来たのは悪の大魔王か疫病神の筆頭か。ニコニコているだけに余計腹が立つ。
「春満、お前よくも」
「おほほ、どうせいつかわかることでしょ。人様に顔向けできないようなことしてる訳じゃないし、堂々としていればいいのよ。それだけのことでしょ」
「お前のせいで、俺の計画が台無しだぞ」
「そんなことないわよ。ねえ、重松さんに柔さん」
顔は笑っているが、もの凄く圧のある瞳で二人を見ると
「「は、はい。そうです!」」
怯えているのか僅かに震える声で綺麗にハモった。
「だ、そうよ。二人とも今までどおりにしてくれるわよ。ねぇ」
両睨みとはこのことだろう。俺達全員に有無は言わせないという、王様と平民のような雰囲気でものを言う。縦社会でも中々感じられないだろうプレッシャーだ。
「「そ、そういたします」」
「私に対しても、そんな敬語使っちゃダメよぅ」
「「は、はい」」
「よろしい。それとゲンちゃん、間違っても私の食事がないなんてことはしないでね。いや、しないわよね」
ふざけるなと言いたいが、とりあえず場は収まったのか。
マッチポンプをした人間に言われるのは釈然としないが、これ以上ここで話しているのもよろしくないだろう。
「わかった。今日だけは飯を食べさせてやる」
「だけ?」
「当たり前だ。嫌なら……」
「宴たけなわでございますが、そろそろお時間がまいりました」
ああ、春満とくだらないやり取りをしているうちに時間が来てしまった。
俺、食べたかった寿司と唐揚げをまだ食べていないんだが──見れば、殆ど食べ尽くされている──食い物の恨み、覚えてろ。
春満が、手に持った皿の上にある大トロとイクラの軍艦巻きを平らげている。それ、俺の好物だってお前知ってるだろ。
ふう、なんで俺が殆ど何も口にできずにいなきゃいけないんだ。
そう思っていたら腹がグゥ~と大きな音を出した。情けない。
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