第32話 : その谷間はミニ華厳の滝?

 ゴールデンウイークになると我が「栽培研究会」は作業当番がある。二人一組で除草などをするのだが、この時期は様々なものの成長が加速する時期なので、ちょっと気を抜くと野菜が草に負けてしまう。

 五月に入った直後に俺と重松がその当番になった。


 これまでもちょっとした管理はしていて、それ程草が伸びている訳でもないのだが、油断していると一週間程度で草むら化しかねないとは先輩の弁だ。

 しゃがんだ姿勢で鎌を使って土と一緒に草を刈り、刈ったものをカゴに入れながら動く。

 スクワットみたいな動きになるので、足に掛かる負担は相当なものだ。これだけで足腰が鍛えられる感じがする。一センチ程度の長さのものでも絶対に見逃さないよう真剣に作業をしているのだが──俺の横には重松がいる。コイツはまさにトランジスタグラマーそのもののカラダをしているから──前屈みになると揺れる揺れる。しかも今日は三十度近くまで気温が上がっているから、彼女が着ているジャージの首元には汗が流れていて、それが谷間に吸い込まれていく。ミニ華厳の滝かよ。


 勿論凝視している訳ではないが、チラチラ見ているだけでもスケベ親父以外の何者でもないだろう。


「栗原っち、どうかした?」


 俺の目線に気付いたのか気を利かせてそう問うてくる。

 重松はどうしても呼び捨てに抵抗があると言っていて、悩んだ挙げ句俺のことを栗原っちと呼ぶようになった。オッサン相手にそれはそれでビミョーな呼び方のような気がするが、俺がさん付けを止めるよう頼んでいるのだから受け入れている。


「いや、そこに取り残しがあるように見えたから」


 嘘だ。あ~、歳を取るとこういうことを平気で言えるようになってしまう。ハッキリと胸の汗が流れるのを見ていたと言えば心はスッキリすると言うのに。尤もそう言うと人間関係もスッキリしすぎるようになるからそこは誤魔化すのが得策だ。


「あ、ごめんなさい、教えてくれてありがとう」


 立ち上がると巨大な持ち物がブルルンと揺れた。どれだけ大きいんだよ。

 四人の子供を産んでいる春満もかなりの持ち物だが、見ていてはっきり分かるほど弾力に違いがある。若いって凄いことだと改めて思う。


「いや、俺達が残すと後の奴に悪いからな」


 うん、こういう方便の使い方。自分達よりも他者の為だという美徳感を出すなんて俺も碌なもんじゃないと思う。


「そうだよね」


 こちらを向く彼女の首からまた汗が──煩悩退散、煩悩退散──カラダが暑さ慣れしていないせいか頭もどこかおかしくなっている。



 少し早いのだが、帰り際にニンニクを何個か収穫した。部長から自宅で使って良いと許可は出ている。

 自宅に戻れば碧がいる。ゴールデンウイーク中は帰省するスタッフもいるので何日か夜勤があると言っていたが、今日はないそうだ。


「新鮮なニンニクは殆ど手に入らないから貴重なのよ」


 そう言うものの、その臭いは無茶苦茶強烈だ。一個あるだけで存在感が凄い。ドラキュラが逃げ出すのも納得できる。


「悪いけど皮を剥いてくれるかな」


 さっきまでの重松の姿が浮かび、皮を剥くという言葉で俺の下半身に目をやる。そう言えば碧と結婚するとして、俺まだ……馬鹿なことを考えてしまう。高校生かよ。


「ごめんね、ニンニクの臭いって手に残るのよ」


 職場でニンニク臭いのはさすがにマズイだろうな。そんな手で身体に触れて欲しくないと俺だって思うし。


「全然構わないよ。俺がやっとく」


 とは言ったものの、これが目に滲みて、眼を開けていられないほど痛い。いや、無茶苦茶痛い。採りたてのニンニクってこういう代物だったのか、臭いだけではなく五感に攻撃を仕掛けられているようだ。まさかニンニクが凶器だったとは。


 たかがニンニク、されどニンニクだで、俺へのダメージも半端ない代わりにそれを使って作ったペペロンチーノのパスタは間違いなく人生で一番美味かった。採り立てのニンニクの威力は凄まじく、香気も食感も熱を通したせいでビックリするほど増した甘味も言葉で表せる訳がないほどの味がした。

 一緒に食べている柔先輩も春満も、そしてなぜかそこにいる蒼衣もだらしない顔をしながら黙々とフォークを回していた。重松からは自分で調理した鰹にこのニンニクを合わせたカルパッチョもどきの写真が送られてきた。見ているだけでそりゃあ美味いだろ、とツッコみたくなる。


「こんな美味しいものがあったのね。柔ちゃん、お姉さんとしては今度また食べたいわ」

「春満……お姉様、ひと月もしないうちに全て収穫しますからその時にまた持ってきます」

「お願いね。お姉さん本当に感動したの。これゲンちゃんが皮を剥いたの。その時はまた宜しくね」


 そうじゃねえよ。自分で皮くらい剥けよと言いたかったが、恐らく春満だと歩留率は五%を切るだろう。わかっていてフードロスを出すほど俺も馬鹿じゃない。


「そう言えば蒼衣と柔先輩の当番はいつなんだ」

「私は明日から実家に帰るので、今回はありません。柔先輩、栗原、ご迷惑を掛けます」

「私は連休最終日かな。五日は予定が入っているから」


 今年のGW後半は六日まで休みがある。

 で、五日に予定があるのか。

 んっ、五日──それってたぶん奨学金受給希望者の説明会兼パーティーだよな。

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