第28話 : 更なる爆弾

 柔先輩は今日はバイトがあるから夕食を一緒に食べないそうだ。

 ダイニングテーブルには俺を囲むように両サイドに碧と春満が向かい合って座っている。目の前にあるのは麻婆豆腐、それと湯豆腐に味噌汁、自家製の漬物といったシンプルな料理。


「美味しい、これ本当に美味しい。私が食べたどこのお店のものよりも美味しいっ」


 頬が落ちるとはこういうことなのか。口の中に食べ物がありながら話すのは行儀が悪いことの代表みたいなものだろうが、焦点が定まらない恍惚とした眼でそれを言われると、見ている方もツッコむ気がなくなる。確かにこの麻婆豆腐は美味い。

 春満は食べ歩きが趣味で、それこそ三つ星店からローカル食堂まで相当数の味を知っている。そして俺は彼女がお世辞抜きで喜ぶ様を知っているから、この味が本物だと言うことが良くわかる。


「ねえねえ、碧さん、私にあとで作り方教えてくれない。私お料理が本当に苦手で」


 苦手なんてもんじゃねえだろ。インスタントコーヒー一つ作れない奴が何が料理だよ。普段の料理はほぼ一力が作っていて、たまに俺が呼ばれるとお客ではなく厨房要員だったというのは誰もが知る話だ。もっとも春満が料理をしていたら全てがダークマター化し、家族全員栄養不良になっていたに違いないが。


「ええ、かまいませんけど。そうそう、今度お隣さんにもお料理を教えて欲しいと頼まれているのでその時一緒に来ませんか」


 こら碧、ここは俺の家だぞ、一応でいいから俺の許可を取れよ。もちろんダメ出しするから。


「まあ~、碧さんありがとう。私の予定はいつでもウエルカムよ。お仕事は自分のスケジュールで何とでもなるから大船に乗った気でいて」


 言葉の使い方がおかしいぞとツッコむ気にならない。

 俺の部屋で碧、蒼衣、春満、ひょっとしたら柔先輩まで一緒かと思うと食欲が一気に失せていく、が、料理を口にすればそれも忘れてしまう。


「わかりました。あとで連絡先を「今すぐ連絡先を交換しましょ」」


 さっとスマホを出し、俺の前で碧と連絡先を交換している。こういう厚かましさや図々しさを持たないと“大物”にはなれないのかね。彼女が一部で「IT業界の猛母」と呼ばれているのもわかる気がする。


「それにしてもどれもこれも美味しいわね」


 満面の笑みで美味しいを連発している様は見ているだけで人を幸せにできるのだろう。だから性格も行動にも難があってもこの人も周りには人が寄ってくるのかも知れない。


「ああ、もうお腹がいっぱいになってきたわ。し、あ、わ、せ~」


 麻婆豆腐をおかわりして食べていればそうなるだろ。少しは遠慮しろよ。


「ふふん、こういうお料理を食べているゲンちゃんは幸せ者よね」

「そりゃ当たり前だ。俺一人じゃこういうものは作れないし、それに俺の周りにはちゃんとした料理が作れる奴が誰もいなかったし」

「な、何よ、何も私の顔を見て話さなくたっていいじゃない」

「どこを見て話そうと俺の勝手だ。それよりも何か気まずいことでもあるのか」

「そ、それは……」


 こういう話になると立場が一気に逆転するから気持ちが良い。


「ゲン君、女性を困らせるのは紳士じゃなくてよ」

「まあ、碧さん、ありがとうね。そうよ、ゲンちゃん、貴男みたいな人間を女の敵というのよ。ね~」


 碧に向かい、首を傾けながらウインクしている様を見ていると、やっぱりコイツはコミュ力お化けだと思う。碧はこれ以上話題を振られてもと戸惑った顔だ。

 そりゃそうだ。家主である俺がいる前で常識からすると同意を求める方がどうかしている。


「こら春満、いい加減にしろ」

「あ~、春満って言ったぁ!お姉さんでしょ。お、ね、え、さ、ん」

「春満が煩いからそう呼んでるの。お姉さんと呼んで欲しければもっと俺に敬意を表しなさい」

「ぶ~、ボッチ、陰キャでコミュ障でオマケに童貞の弟君がそれを解消したら名前で呼ばせてあげるから」


 さっきから癪に障ることをばかり言うなあ。一力の嫁さんでなければ追い出してるぞ。


「ささ、碧さん片付けたら女子トークしましょ」


 そう言いながら、食器を食洗機まで運んでいく。料理はできないくせにキッチン周り片付け上手でいつも綺麗なのが一力の家だったっけ。


 テーブルが綺麗になって、三人でコーヒーを飲む。碧が淹れたレギュラーコーヒーだからちゃんとした味がする。ちなみに春満はこれですら上手に淹れられない。どういうわけか必ず粉が派手に混ざるのだ。一力家の七不思議の一つだと俺は思っている。

 そんな奴が話の冒頭から爆弾を投下してきた。


「ところで、二人はいつ籍を入れるの?」

「「はぁ?」」

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