第26話 : ダメ女?切れ者女?

「何から話そっか」


 姉さんこと春満がマシンガントークを始めた。

 かいつまんで言うと、会社は会計書類のチェック以外は全て仕事を部下に任せてきたのだそうだ。その上でそのチェックをするための別会社をこの場所に子会社として作り、このマンションがオフィスとなっているとのこと。書類のチェックなぞオンラインで大丈夫だと言っているものの、オフィスを私物化して良いのか……


 四人の子供のうち三人は大学生で海外に留学していることは知っている。末っ子は今月末、つまり数日後にカナダへ留学するため日本を離れるのだとか。日本の大学に進まないとなれば何時留学しても大丈夫らしい。今更母親がいても仕方が無いと言われればその通りなのだが、どこか釈然としない。


 そして驚くべきはその行動は全て俺の面倒を見たいが為だという。

 ハッキリ言って、春満に何か面倒を見て貰った記憶は殆どない。何となれば一力の家族達とやったバーベキューの食材を仕入れてきたくらいだろうか。その時は準備も片付けも俺がやった記憶がある。

 因みにそこで春満が作った焼きそばは麺が真っ黒だった(元々の麺がそんな色をしていないことは確認してある)。あれを食べて美味しいと言っていた一力の家族はどこかおかしいと思う。


「だってぇ、お姉さん、心配なんだもん」


 だもん、じゃねえよ。俺の身体の方が遙かに心配だ。

 青春を取り返すどころか、ボロボロにされて廃棄される可能性すらある。だからと言って今更お引き取り願うのは──無理なんだろうな。


「あの~、春……いや、お姉さん」

「春満って言おうとしたね」

「いや、それは何かの聞き間違い「の訳ないでしょ!」」


 それから俺のことを如何に心配しているか蕩々と語り始めた。

 食べ物に始まって、洗濯は掃除はどうするのかとか、悪い女に騙されないかとか、学校で怪しいサークルに嵌まらないかとか、それはそれは箸の上げ下げまで心配しているのだと語られてもなぁ。


 そして、最後に「今から碧ちゃんに挨拶に行こ」とのたまう。


「お姉さんは弟のことは全て知ってなきゃいけないのよ。わかる?」


 全然わかる訳ねえよ。この夫婦の情報収集能力は常人のそれではないから、あらゆるSNSをかなりの過去からチェックしたりしたのだろう。ストーカーかよ。


「碧はお隣さんじゃないぞ」

「まあ、名前を呼び捨てなんて!え、ひょっとして彼女、それとも許嫁、お姉さんそんなこと聞いてないわよ……」


 それからひとしきり碧について妄想し、俺の将来を勝手に語り終えた時は春満の部屋に入ってから優に一時間は経っていた。言葉を発した時間比で言えば俺:春満=0.2:9.8位の割合だ。さすがに聞いているのも疲れた。


「もう帰るから。それと俺と碧は元カレと元カノだけの関係だから、そこはハッキリしておいてくれ」

「はいはい……って、私も一緒に行くんだから」


 どうせ今日来なくても明日には同じことを繰り返すのだろう。碧や柔先輩に免疫を着けるなら早いほうが良いのかも知れない。しつこい女は嫌われるぞと思いながら「わかった」と言えば、満面の笑みを浮かべて抱きついてくる。四人の母親だけあって豊満な物が俺の胸でギュッと潰れるのがわかる。旦那でない男にそんなことをしている場合か。


「くっつかないでよ」

「逃げられたら困るもん」


 その語尾が上がった「もん」は何だ。甘ったるい声を出したって俺は何も感じないぞ。


「ほらほら、手を離さないと靴が履けない」

「だってぇ」

「だっても明後日もないだろ。一力が見たら俺が殴られるからやめてくれ」

「いつも見せてるから大丈夫」


 そう、この人は旦那に対して俺とくっついているところを見せたがる。嫉妬心を燃え上がらせるとベッドで激しくしてくれるのなどと恥ずかしげもなく言っているのだ。俺は当て馬かと言いたいが、実際その程度の役回りしか与えられていないはずだった。だから一力がいない所でこんなことをされるとどう対応して良いかわからず戸惑ってしまう。


「ともかく離れてくれ。これじゃ何もできない」

「もお~」

「くっつかないで、ほら、離れて」

「ちぇ~」


 幼児退行した春満を離して自分の部屋に向かう、十数メートルの距離が長く見える。

 早足で歩き、カードキーを取り出そうとポケットに手を入れたらガシッと腕を掴まれる。


「もぉ、逃げちゃらめぇ」


 完全に三歳児だ。誰がどう見ても怪しい人物にしか見えないだろう。


「わかったから、これじゃ家には入れない」

「うへへ」


 ニタリと笑いながら掴んでいる手の力を緩めてくる。それでも解放してくれる訳ではない。これがIT界で評判の切れ者オンナだとわかる奴はどこぞの小学生名探偵くらいだろう。その位のダメ女だ。



 そして──


「ゲン君、お帰りなさい」


 彼女に一番会わせたくない女性が俺を待っていた。

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