第14話 : 同居の提案

 俺が住むマンションはセキュリティチェックが非常に厳しく、コンシェルジュが常駐し、住人以外は簡単にエントランスにすら入れない。

 俺と一緒の碧は問題ないとしても、柔先輩はそうもいかないから、彼女との待ち合わせ場所はここのすぐ傍にあるファミレスにした。


「お母さん!」


 店に入ってくるなり柔先輩は母親の胸に飛び込んでいった。

 ソファに座る母に抱きつきながらワンワン泣いている様は明らかに異様だが、幸い客が少ない時間帯のようで視線が刺さることもない。


「そろそろいいかな」


 柔先輩の泣き声が小さくなったのを見計らい、彼女に声を掛けた。


「えっ、後輩君、なんで?」


 俺の存在感はそんなに薄いのかねぇ、最初からずっといたんだが。


「あの、矢口先輩、実はですね──」


 隠していても話が続かないので、俺は碧と並んで座り、対面に柔先輩を座らせてこれまでのことを話した。

 碧とは同じ高校の同級生で、一時付き合っていたこと、俺が上京して自然消滅したこと、そして彼女とは清い関係でいたことなどを正直に伝えた。


「お、お母さんと後輩君が」


 にわかには信じられないという顔をしているが、それは当たり前だろう。

 何せ自分の母親の元カレがこの人だと教えられる子供など殆どいないのだろうから。


「それを踏まえて提案がある」


 これから暫くの間、俺の部屋に住めば良いこと、生活に関する費用は全て俺が払うこと、その間に今後の対応を考えておくことを説明した。


「そんな甘えたことはできない」

「ならばこれからの住まいをどうする。とりあえずどこから学校に通うかだ」

「それは……誰かのアパー……」


 話の途中で母親の居場所がないことを知ったのだろう。それ以上の言葉は出なかった。



 店を出たらその足で駅前のショッピングモールに行った。店舗数で二十に満たないところだが、服や衛生用品など最低限の物は揃っている。

 とりあえず三、四日分の品物を手に入れ、そこの目の前にある俺のマンションに向かった。


「えっ、ここって」

「心配するな、俺の住まいだ」


 コンシェルジュに同居人が増えることを告げ、手続きと合鍵の用意を頼み、上層階専用のエレベーターに乗り込めば二人とも全然落ち着きがない。

 最上階のエレベーターホールから外を見ると、眼下に先程までの自分達の住まいが見えたのだろう。再びグスグスと泣き始めた。


「こっちだ」


 そんな姿を蒼衣にでも見られたら何事かと思われる。

 やましいことは何もしていないのだが、それでも気まずく感じるだろうから、部屋まで彼女達を招き入れた。


「「……」」


 二人とも玄関に無言のまま立っている。

 来客用のスリッパを並べて用意してあるのだが、身体は完全に固まっている。


「どうした、さあ、中に入って」

「いや、でも、こんな場所に……」

「遠慮は要らない」

「だって……」

「暫くはここが碧達の住まいだ。さあさあ中へ」


 リビングにあるソファに座るように促すが、二人とも立ったままだ。


「座ってよ」

「いや、それは……」

「気にしないで」

「このソファ、汚したら高いんでしょ」

「ここに居る時はお金のことは気にしないでくれ」

「そう言われても」


 そりゃ安物ではない──元々付いてきた物だけど──はずだ。が、使ってこその家具だし、そもそも汚れれば綺麗にすれば良いだけの話だ。最後は張り替えだってできるものだからかまわず使って欲しい。


「ともかく立っていられるままだと話がしづらい」


 躊躇う二人を座らせて、このマンションの生活ルールとこの部屋の説明をする。

 最後に隣の部屋に蒼衣が住んでいることを説明しておく。無用な誤解を避けるためで、万が一にも彼女と特別な関係があるなどと思われたくないのだ。


 碧からはこれまでの生活状況を聞いておく。

 彼女の今の仕事は介護関係だそうで、生活費を稼ぐために夜勤を多く入れているという。そのため昼間、特に午後は家に居ることが多いそうだ。

 その上で、休日はコンビニでアルバイトをしているとも言う。それだけ働けばやつれもする。同情されたくないと言われると困るが、暫くの間は生活面のことは俺が賄っていこうと考えた。


 柔先輩の学費は奨学金で事足りるのだそうだ。

 この県に住む高校生限定で給付型のものがあるとのこと。どこかのIT企業がメセナ活動として行っていると碧は言うが、それは俺の会社がやっているものだろう。

 数年前に俺が大学を目指し始めた頃にその奨学金を作ったのだ。

 もちろん税金対策や宣伝広告の意味もある。しかし、受験を決意した頃に碧のことを思い出し、経済的理由で進学できない人間を一人でも減らしたいと思い、奨学金のための基金を立ち上げたのだ。

 それを自分の元カノの娘が使っていることに対し、少し誇らしい感情を覚えた。

 その基金の代表が現社長である一力だとは言わないでおいた。

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