第12話 : お嬢様の過去(蒼衣の眼)

「へへ、全て予定どおり」


 私はキングサイズのベッドでカラダをくねらせる。

 端から見ればとても気持ち悪く見えるだろう。私だって絶対にアブナイ人物だと思うはずだ。


 蒼衣コーポーレーションと言えば今や知らない者がないほどの有名企業だ。M&Aで急成長中で、農林水産業から不動産、運輸、建設、エネルギー、医療や教育まで多くの分野の会社を保有する巨大複合企業体の頂点に立つホールディングカンパニー。私の両親はそんな会社を経営している。

 このマンションも不動産事業の一環として父に頼んで買って貰った。

 名目は地方に支社を作ると言うことで会社の名義にしてある。生活費は運営費と言うことで全て会社持ちだから私はここの管理者という立場で住むことになっている。


 今から五年前、私は完全に病んでいた。

 両親の会社が急成長を始めた頃で、名家のお嬢様方が多く通う学校では「成金」「成り上がり者」「下級国民のくせに」など聞こえよがしに言われていたものだ。

 プライドの高い彼女達は徒党を組み、私の数少ない友人達を自分達のグループに引き剥がし、結果私は孤立した。


 女子、特に自分が優位と思って疑わない人達のイジメは陰湿で強烈だ。

 友達がいないのは辛いがまあ許せる。わざと給食をこぼされて制服をダメにされたり、偽の告白メールを大量に送ってきたりと色々とやられ、学校を辞めようかどうしようか真剣に悩んでいた。

 優秀な家庭教師が二人付いていてくれたお蔭で成績は常に最上位付近だったから、このまま辞めてしまっても高卒認定を取り、大抵の大学なら合格できると思っていた。


 それがますます気に入らなかったようで、定期テストの時にカンニング疑惑をかけられた。

 勿論そんなことはしていない。が、ねつ造された証拠が提出されると、私の成績は全て取り消しになってしまった。


 そしてお決まりのように不登校になった。


 そんな時、ふと見つけたのが『ゲンダームの相談室』というHPだった。

 相談に対する回答リストが面白くて、つい自分の心境を書き綴って送っていた。

 その回答は今でもプリントアウトして手許に置いてある。辛い時にはこれを見ながら自分を奮い立たせているのだ。


『「君が嫌いな奴らを幸せにしないこと」だよ。その為には圧倒的な力を持とう。勉強でも運動でも趣味でもいい。ある分野での最上位の力は生きていく財産になる。嫌いな奴らが絶対に着いてこられない自分だけの世界を作れば良いだけの話だ。マウントが取れない世界では相手は絶望するしかないからね。正直、学歴がなくても社長になれるし、オタクを極めれば唯一無二の存在として最後は商売になる。俺もそう言う意味では極めてきたから君にも絶対にできるはずだ。極めよう、極めよう、そして最後に輝こう』


 この言葉を肝に銘じて、私は一人勉強に没頭した。

 教室に居られないから保健室登校にして貰い、図書室の隅に隔離された自習スペースを作って貰い人目に付かないようにしながら、ひたすら勉強をした。

 定期テストの時だけクラスに行き、成績は不動の学年一位。模試ではあらゆる大学のA判定を勝ち取った。


 併せてゲンダームが誰であるかを調べ続けていた。『ゲンダームの相談室』は私が回答を貰ってから程なくして閉じてしまったのだが、URLを参考に色々追っていった。

 最後に行き詰まった時、両親の会社傘下のIT企業の方に頼んで、ついに正体を掴んだ。


『天才プログラマー栗原玄一』


 その正体は私の父親より十歳以上若いエンジニアだった。

 彼の開発したプログラミング支援ツールは今や世界中で使われ、その利益だけで都心にそこそこの自社ビルを構えるほどになっている。

 M&Aではなく、技術を極めて成長していった企業というのに惹かれ、彼にますます興味を持った。


 そんな彼が仕事を辞め、学生になるという情報が入ってきた。

 今や栗原ウォッチャと化した私は彼と同じ大学に進学することを決心する。

 既に日本の最高学府へ合格していた私だが、彼の学校の後期試験にギリギリのタイミングで願書を出し、当然のごとく合格し、入学手続きを行った。。

 ゲンダームが娘を救ったと理解してくれている両親はゲンダームオタクと化した娘の言うことを素直に聞いてくれた。


 どうしても彼の近くにいたかった私は入学式から彼を探した。学生の席に座るオッサンなんてほぼいないからすぐにわかった。

 ただ、座る席は離れていた。彼は教育学部だったのに対し、私は経済学部だった。入学した学校まではわかっても学部までは知る術がなかったのだ。経営者だから経済学部を選ぶだろうという予想が外れ、私は遠くで見つめるしかなかった。だからサークル活動だけはどうしても一緒になりたかった。


 栗原の行動様式はある程度調べてある。

 彼は対人関係が苦手だ。サークルに入らないという選択肢もあるが、彼は押しに弱いだろうからどこかのサークルに入ることになるだろう。後を着けていれば良いだけの話だ。幸い目に付く容姿だから見失うこともない。


『栽培研究会』で彼は立ち止まった。やり取りはわからないけどあの様子だとたぶん押し切られて入部してしまうのだろう。

 大学のサークルは一人でいくつも入部できるから、彼が興味を持った場所に片っ端から入っていれば良い。下手な鉄砲も数打ちゃ当たる作戦で行こうと思っていたのだけど、結局あそこしか興味がなさそうだったので、先に入部して彼が話していた先輩と一緒に最後の一押しをすることにした。


 そして部員の名簿から住まいを割り出し、幸いにも隣部屋が空いていたので手に入れたのだ。

 今日は家具の搬入日。今までのホテルからお引っ越しの日。記念すべきお隣さん生活最初の日。

 これからが私のターン。『ゲンダーム攻略』を極める。そうすれば未来は開ける。

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