第6話 : 新入部員歓迎会
『栽培研究会:アグリスタイル』
緑の背景に白文字で堂々とそう書かれている。その下には黄色いカボチャの絵。
これだけで何をするサークルかハッキリわかってしまう。
「新入部員を連れてきました」
矢口の言葉に、ひょっとして嵌められたのではないかと疑問が湧く。
考えてみれば数百人はいる学生の中から知り合いどうしとは言え、これだけの人数が揃うのはできすぎている気がする。
「ちょっと待って、俺、確かに歓迎会に出るとは返事をしたけど」
「はいはい、君の名前は栗原玄一君でしょ。ここに名前を入れておいたから、あとは自分で書いて頂戴」
出されたのは入部届だ。
「それって強引すぎません」
入る気持ちはあったにしても、これは少しやり過ぎだろう。社会人ならコンプライス案件だ。
だが──
「一緒にやりましょ」
隣にいる重松が上目遣いで俺を見てくる。
我が子に懇願されているようで、心が動いてしまう。
「ダメ、ですか?」
指を胸元で組み、大きな胸に載せるようにしている姿は庇護欲をそそり、
「アタシからもお願いする」
蒼衣のような女性に頭を下げられ、周りの視線を一手に浴びてしまう。
経営者であればこんな状況でもヘタな契約は絶対に結ばない自信がある。だから今まで会社が生き残ってきたのだ。
が、ここはそういう場所ではない。
「わかりました。入部します」
「おお、その答えを待ってたんだ。こちらこそよろしく」
俺が年上だからだろうか、部長とおぼしき貫禄を感じさせる人物がやってきて、挨拶をする。
この辺りはビジネスの常識をきちんと弁えているようで好感が持てた。
「早速で悪いけど、今日が歓迎会の日でね。大丈夫かな」
ああ、だからこんな手を使ったのか。ちゃんと返信はしたんだがね。
後から俺はタダ酒を飲みたかっただけだなんてイチャモンを言われると迷惑だろうし、ドタキャンされれば無駄な金が掛かる訳だから。
酒は強い方だと思うけど、自分から飲みたいとは思わない。ただ、経営者なんて立場だと参加しなくてはならないパーティーなんかがあるわけで、渋々だが年に1~2回はそういう席に出ていた。
そんな集まりに呼ばれないからといって文句を言ったことは一度もないのだが、中には主催者に愚痴を言う奴を何人か見てきた。
そういう事態を避けたいことは俺でも理解する……けど、美人局に遭ったようにスッキリしないことも確かだ。そこは後できちんと言っておいた方が良いだろう。
まだ学生なんだから、あまり汚いやり方は覚えて欲しくない。
「で、出席扱いで良いだろうか」
「それで結構です」
「新入生の活躍を祝してかんぱ~い」
乾杯の音頭を取ったのは副部長の矢口だ。
ここにいる新入生は三人だけ。俺と重松と蒼衣、以上だ。
その上の学年はそれぞれ7、8名いるようだが、今年は随分少ないみたいだからそんなこともあって人数確保に躍起になっていたのだろう。
だからと言って俺にしたことを認めるわけにはいかないと思うけど。
「栗原さん、宜しくね」
「あの、さん付けはやめてもらえますか。俺、皆と同じ一年生ですから」
「だって同い年じゃないでしょ。それはできませんよ」
「そういうことならこのサークルにいられません」
これを何回話しただろうか。
オッサンにとっては凄く居心地が悪い。
この場に来て良かったのだろうかと後悔している……対人関係に関する限り、働いていた時の方がずっと気楽だった。普通は逆なのだろうが、今の俺にとって気を遣われるのは苦痛でしかない。
とは言え、ここは酒席だ。おいおい変えていってもらうしかないのだろう。
こういう扱いはある程度想定済みなので、しばらくの我慢は仕方がないと思うしかない。
「それでは本日はこれにて解散します。お疲れ様でした」
三三七拍子の後に俺達は解放された……はずだった。
「ウィ~もう飲めない」
矢口が畳で横になっている。
聞けば彼女は今日がお酒デビューだったのだという。偶然にも今日が二十歳の誕生日だという話だ。
昔からこういう時は俺が潰れた奴を送って行っていた。社長になっても小さな会社だから暫くはこういことをしていたと思い出す。
結構酒が強いことと、絶対に
いや、ナニかをする時は送り狼じゃなくて堂々としたいだけだからね。俺だって男だと言うことをもう少し認めても良いんじゃないかと思うけど……まあいい、今は目の前の彼女だ。
「俺が送りますよ」
新入生に送らせるのはどうのこうのと言っているが、こういう時は頼って欲しい。
まあ、オッサンが若い子を介抱しているのはあまりいい構図ではないけど。
「お願いしても良いですか」
部長からそう言われ、もちろんだと返す。因みにタクシーを既に手配してあり、数分後にはここに来る予定だ。
「失礼します」と言い残し、彼女をリヤシートに寝かせて出発する。絶対に吐かせるわけにはいかないので、運転手さんに途中で止めて貰う場合があることを伝え、外の景色が流れていくのを眺めていた。夜になると真っ暗なのは昔から変わらないと思う。
「ほら、降りて」
矢口は寝てしまっている。現代はカーナビがあれば住所を入力するだけで目的の場所を教えてくれるから助かる。これがなければ俺は途方に暮れていた。
引きずり出すように下ろして、肩で彼女を支える。随分華奢な体だ。ちゃんとものを食べているのだろうか。
かなり古い木造アパートだ。二階の一番外れが彼女の部屋だという。
母親が居るはずだと呂律が回らないながらそう教えてくれていた。インターホンを鳴らすと、返事があり、鍵を開ける音がした。これで役を終え、待たせているタクシーへ戻れば良い。そう思っていたのだが。
「はい!──柔、あなた何やってんの!──って、え、えっ、ゲン君?」
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