第3話 : 俺は父兄じゃない
「いよいよか」
真新しいYシャツにネクタイ、まっさらのスーツ、磨かれた靴にビジネス仕様のリュックで学校に向かう。
目の前の桜はもう散ってしまっているけど、頭の中では満開の花盛りだ。
失った青春が手に入る……
筈だったのだが、いきなり出鼻をくじかれた。
「ご父兄の席はあちらです」
受付で言われた一言にえらくショックを受けた。
年齢もそうだが、確かに俺の姿はどこかおかしい。
リクルートスーツとしては明らかに上等すぎる生地。一目でオーダーメイドだとわかる白チェックが織り込まれたシャツ。そして桜の柄が編み込んであるネクタイ。
学生が着るには明らかに分不相応だ。だが、俺はこの学校の入学許可証を持っている。
リュックから取り出すと明らかに驚いた様子で、学生とおぼしき係の人間が学生席へ誘導してくれる。
何処を見てもこの場所には親子ほど歳の違う人間しかいないけど、青春を取り戻したい自分としてはこうでないといけないと思った。
退屈な式典が終わり、キャンパスを見るべく歩き始めたら新歓行事をしているサークルが沢山ある。若い子達がパンフレットを配り、声を掛けてくれる。
時折訪ねた繁華街でプロのお姉さん方に声を掛けられることは何度かあったが、こういう場所で四方八方から勧誘されるのは初めての経験だ。
何のサークルに入ろうと決めている訳ではないので、あちこちを覗いてみるが、どう見ても父兄にしか見えないのだろう。入部を勧めてくるところは全くない。
憧れの場所にいるのに憧れた経験ができないというのは何とも寂しいものだ。
自分の描いていたキャンパスライフはできないのかも……そう思い始めた頃、目の前に大根やネギをズラリと並べたちょっと異様な雰囲気のブースから声が掛かった。
「そこの君!うちのサークルへ来ない?」
まさか俺に声を掛けているなどと思っていないので、全く反応しないでいたら、
「顔ぐらい見せなさいよ!」
怒られるように甲高い声が響いた。
何事かと思って顔を向けると、怒り顔の女性がこっちを指さしている。
「先輩がせっかく声を掛けてるんだからちゃんと話を聞きなさい」
勧誘をするならもう少し優しくした方が良いだろうと思いながらも、ここで初めて新入生扱いされたので興味が湧き、足を向けた。
「あの……こんにちは」
初対面、親子ほど年が離れている、ここでは彼女が先輩……こういう時にどういう接し方をして良いかわからない。青春をしたいなら軽いノリで「ちわ~っす」なんていう反応もアリなのだろうが、さすがに理性が邪魔をする。
父兄がサークルの品定めをするような態度しか取れない自分が情けない。
年齢と共に失った物の大きさを実感させられる。
「「「こんにちは!」」」
こちらのボソッとした挨拶に返ってきたのは張りのある声でのハモりだ。
響き方がまるで違う。うちの新入社員よりも若々しい。
「ここは一体何をする……」
俺の言葉が終わる前に、沢山の野菜と米──ダイコン、ネギ、ニンジン、ホウレンソウなど──が入ったレジ袋が渡された。
「私達はこういう物を作るサークルなんだよ」
袋の中に入っているリーフレットには『栽培研究会:アグリスタイル』なる名前が記されていた。
「どうして俺のことを勧誘したんですか」
「それは顔がジャガイモに見えたからさ」
初対面の人間に言う言葉じゃないが、対等に見てくれていることが少し嬉しい。
「はは、冗談だよ。細かいことはこのHPを見て欲しい」
リーフレットの裏側には巨大なQRコードが印刷されていた。
「それと、もし興味があるなら連絡用に私を登録しておいて欲しい。副部長をやっている
そう言って、スマホを見せられた。随分使い込んだかなり旧型の物だ。
現役女子大生を初めて登録する緊張感を悟られないように、努めてゆっくりと画面をタップした。
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