第2話 : 合格 そして入学式の準備

「合格、か。嬉しいものだな」


 スマートホンの画面には「入学を許可する」と太字で表示されていた。

 思い立ってから実に三年を要していた。十八歳の頭脳が如何に凄いものかと思い知らされること二度、三度目の正直での吉報を受け、顔がにやけているのが自分でもわかる。

 英語と小論文のみの試験でも二十年以上ぶりに受ける本格的なテストは大変だった。大きな苦労があるほど報われた時は嬉しいと頭で理解していても実感する機会はそうそうない。

 その昔、初めて世に出したプログラムが世間に評価された時のような達成感があった。


「さて、入学となれば色々と揃えないとな」


 洋服に拘ったことなど一度もないが、今回は恐らく人生最後の入学式だろうから少しはキチンとした格好をしようと向かった先はスーツの量販店だ。

 

「入学式に着ていく服が欲しいのですが」

「合格おめでとうございます。お子様の入学式でしたらこちらのような物がよろしいかと」


 店員が勧めてきたのは明るい茶のヘリンボーン生地のスリーピース。明らかに大学の新入生が着るような物ではないし、だいたい俺には子供がいない。結婚だってしていない。何なら子作りの行為をしたことすら……情けない。

 俺の子供が小学校にでも入学するのだと思っているのだろう。


「あの、俺、いや私自身が入学するんですが」

「へっ!」


 あのね、そこまで驚かなくても良いじゃないか。そりゃあこんな歳で大学へ入るなんて人は少ないのはわかるけどね。

 でも、俺だってちゃんとした大人だし、お金だってちゃんと払えるんだから。

 そう言う態度をしたら俺だって悲しくなるし、だいたいこの会社からすればそれなりの個人株主なんだけど。


「そ、そうでしたか。それは大変失礼致しました」

「で、そう言う場面で使えるものはどこに」


 最初に案内されたのはリクルートスーツのコーナーだが……

 支払う時になって、持ってきた株主優待券を見るなり、こちらへと案内されたのだ。


「この券をこちらのスーツで使うには勿体なさ過ぎます」


 特選オーダーメードのコーナーに置かれたテーブルには珈琲が置かれ、店長の名札を付けた人物が恭しく頭を下げている。


「大株主様とは存ぜず、数々のご無礼、失礼致しました。本日は当店の調査でございましょうか。不備があれば何なりと申しつけください。対応策を本社に提出し、最大限の改善を致します」


 別に俺は覆面調査に来たわけではないのだが……完全に勘違いされている。

 俺が持ってきた株主優待券は金色の縁取りがされていて、右肩に『指定株主様専用券』と書かれている。そう言えば大口株主に出す券は一般用と違うと聞いたことがあるようなないような。


「いや、そういうことではなく、純粋に客として来たのですけど」


 店長はとても安堵した表情を浮かべ、服地が並んだ棚からベルギー製の生地を持ち出した。

 普通のスーツの金額なんて知らないが、先程の吊るしのものの優に十倍はする。


「こちらの券を使えば全て無料になります。是非ご利用下さい」


 正直、スーツは冠婚葬祭に使う一着しか持っていなかったし、それも二十歳の頃に買った物だから全然価値がわからなかった。高価な物だと大型テレビより高いなんて思いも寄らなかった。


「そうですか」


 面倒になって適当に生地を選び、言われるがまま採寸を終え、十日後に仮縫い、その後十日で完成と言われ、入学式までは余裕があるので、謝意を言い店を後にした。

 服を買う時は通販専門で、今までディスプレイ越しに買うことが殆どだったから発見だらけの有意義な時間を過ごした後に不動産屋で物件を契約し、メモしておいた小物の家具を買い求め、暫くの住まいであるホテルに投宿した。


 学生生活もこんな発見ばかりなのだろうか。

 入学式は一ヶ月後だ。その時が楽しみで仕方がない。

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