08話

「やっと来た」

「えっ、なんで紫月が……」

「暇だから待っていた、一緒に帰ろ」


 完全下校時刻が十九時だからまだいいけどもう夜だ。

 でも、暗闇に染まっていようが五月がいてくれれば関係ない、心細くなったりはしない。

 こういうときぐらいは一人でいたいのかもしれないものの、少しでも一緒にいたいという気持ちが強かったから諦めてもらうしかなかった。


「そういえば告白をされた」

「え」


 部活用のバッグを落として「あ、落としちゃった」と呟いてから拾う姉。


「えっと……誰に?」


 まさかここで知らないふりをされるとは思っていなかったから少し固まってしまったことになる、なかったことにしたいということなら……悲しいけど仕方がない。


「五月」

「って、私かーい!」

「今朝、好きだって言ってくれた」

「ま、まあ、その通りだから、女の子として紫月が好きだから」

「私も五月がそういう意味で好き」


 今更ながらに心臓が慌て始めた、いい返事を聞けてもすぐには落ち着かない。

 帰宅したらそのまま母にも言うつもりだから一旦、どこかで休憩をしたかった。


「フライドポテトが食べたい」

「え、細くなるために食事制限を――」

「大丈夫、半分こしよ」


 ご飯前だから半分ぐらいが丁度いい、姉もポテトを食べられるわけだからいいだろう。

 ささっと買って戻ってきた、いやだってと渋る姉の口に無理やり突っ込んでおく。

 これでもう大丈夫だ、姉がお風呂に入っている間に言うつもりでいるから多少は間ができるけど問題ない。

 堂々とできなければ嫌だから頑張るのだ、そしてそのときはすぐにやってきた。


「お母さん、ちょっと話がある」


 食後はいつもテレビを見て過ごすから邪魔をするのも申し訳ないけど言わせてもらう。


「いつも五月ちゃんと一緒に入るのに珍しいね、どうしたの?」

「その五月だけど、五月のことが好きになった」


「えー!」などと五月みたいな反応になりそうだと考えていた自分、でも、


「うん、知っているよ」


 結果はこれで逆に心配になった。


「多分、勘違いをしている、私は女の子として五月が好き」


 重ねなければならないほどこちらの心臓に負担がかかるからなるべくなしにしてもらいたいところだ。

 ただ、やるぞ言うぞと実行する前の私よりも遥かに楽になったから先程よりは落ち着いて対応をすることができる。


「五月ちゃんがどう選択をするのかは分からなかったけど、紫月ちゃんが五月ちゃんのことを好きでいたのは知っているよ?」

「じ、自覚をしたのは最近」

「え、そうなの? 奏くんが優しくしてくれてもずっと五月ちゃんにべったりだったからてっきり前々からそうなんだと思っていたけど」

「そんなに分かりやすかった……」


 それなら奏が告白をできなくてもなにもおかしな話ではない。

 なにがどうなってもここに繋がっていたのかもしれないけど朝よりも奏に対する申し訳ない気持ちが大きくなった、これはまたなんらかの形でやりたいことをやってもらうことでなんとかしようと決める。


「悪いことじゃないよ、だからこそ五月ちゃんも動けたんじゃないかな?」

「そうだといいけど」


 というか、どうして姉は受け入れてくれたのだろうか、仮に同性も大丈夫という存在だったとしてもそれこそ同性の魅力的なお友達が多かったから気になる。


「ただいまー」

「おかえり」


 終わったからこちらもお風呂に入って部屋に戻ろう。

 幸い、着替えは母が部屋に持って行く前だったからここにある。


「よいしょっと、お母さんぎゅー」

「紫月ちゃんが妬いちゃうよ?」

「それなら大丈夫、紫月は大人だからね」


 ちゃんと言っておいてよかった。

 まあ、洗面所に移動をして全て脱いだタイミングで扉を開けられて困ったけど。


「紫月、お母さんに教えたんだね」

「うん」

「ありがとう、ちょっと怖かったから助かったよ」


 それよりもだ、敢えてこのタイミングでなくてもいいと思う、私も私で気にせずにお風呂場に入ってしまえばよかったのにタイミングを逃して動けなくなってしまった。

 でも、いつまでもこの状態で固まっているわけにもいかない、風邪を引いてしまったら大変になるのは自分だから前に進めなければならない。


「なんで来た?」

「妬いてくれなくて寂しかった」

「別に気にならない、しかもお母さんが相手なのに妬くわけがない」

「ちぇ、つまらないの」


 母が止めてくるかもしれないというそれは確かにあった、だけど姉がこうなるという想像は全くしていなかったから……。

 それでも、とりあえずはお風呂に入って戻ってきた、部屋で付き合えば機嫌もなんとかなるだろうか。


「今日も紫月の部屋で寝るっ」

「うん」

「あと、抱きしめたい」

「分かった」


 元々、ベッドに寝転んでいた姉の横に寝転がるとぎゅっと頭を抱きしめてきた。

 今日はいつも通りではないらしく、少し速い姉の鼓動が聞こえる。


「電気を消すね」

「うん」


 電気を消したことで真っ暗になってからは分かりやすく変わっていく、自分からしておきながらこんなのでいいのだろうかという疑問、既にドキドキしていたのに敢えて他のところに意識をやれないようにするのはMだからだろうか。


「心臓を落ち着かせた方がいい」

「無理だよ……」

「少し離して、じゃあこうして逆にすれば落ち着く?」

「……逆効果にしかならないよ」


 難しい、だけど姉だからなんとかなっていることだ。

 相手が違ったら私がこうなっていた可能性が高かった、それはなんとなくよくない。

 切り替えが上手くできなくて不安定だった私だけど本来、こういうことでは冷静に対応できる人間だからだ。


「五月、む、なんで目を逸らす? こっちを見て」

「意地悪……」

「意地悪じゃない、ただ顔を見て話したかっただけ」


 寝る気もなく目を開けたままならすぐに慣れる、だからどんな顔をしているのかもすぐに分かる、ただ、何故姉がこんな顔をするのかという話になる。

 姉の中では私が勝手に始めたことになっているのにまるで自分がきっかけだったみたいなそれ、この短期間で忘れてしまったということなら心配になってしまうというわけだ。


「私が求めて五月が受け入れてくれた、だから五月は堂々としていればいい」

「わ、分かったから、とりあえずいまは触れないで」

「ん、じゃあ反対を向いて寝る」


 近くにいてくれれば十分だからこのまま寝ることになってもよかったというか、姉は明日も早い時間に出なければならないそうした方がよかった。


「いやそうじゃなくてっ、物理的に触れないでということじゃなくてさっ」

「五月は難しい」


 そこからも違うと言ったりしていいと言ったり忙しかった。

 結局、夜更かし気味になってしまったのは残念だった。




「紫月ちゃんぎゅ――いや待て、今日は汗臭いかもしれないから駄目だぞ青っ」


 青の場合は難しいではなく忙しいだった、だけど共通している点もある、それはどちらも一人でテンションを上げるのが得意だということだった。


「気にしなくていい、普通にいい匂い」

「それは汗拭きシートのおかげだよ」

「やりたいならすればいい」

「うっ、試されているよー!」


 これは……五月とお付き合いを始めたということを知っているからだろうかとまで考えたものの結局、元々、抱きしめてくるようなことをしてきていなかったことを思い出した。

 まあ、みんなが姉みたいにするというわけではないから違和感はない。


「こら紫月、簡単に『やりたいならすればいい』とか言わないの」

「五月はしてほしくない?」

「そ、それはまあ……私のなんだからそうでしょ」

「だって」


 抱きしめたりしてくることはなくても奏になら許せることでも同性の青には許せないということがあるのだろう。

 私が求めて五月が受け入れたという形は変わらないから言うことを聞くしかない、五月が嫌なら受け入れるのをやめるだけだ。


「さ、最初からやるつもりはないよ、岩崎さんと喧嘩になっても嫌だからね」

「今更聞くけど青って五月のことが好きだった?」

「え? いや? 全くそんなことはない――痛い痛い痛いっ、なんでつねるのっ」

「はっ!? ごめんごめん、気づいたらつまんでいたよ」


 気が付いていなかっただけでやはり姉の中にも少しぐらいはあったのかもしれなかった、となると、益々勝てた理由が分からなくなる。

 単純に関われた時間の長さだということならそれは寂しい。


「こんな感じだから岩崎さんはありえないね、紫月ちゃんがフリーだったら狙っていたかもしれないけどさ――あ、ちょーっと冷えてきたからもう席に戻るよ」

「なにあれ、もう梅雨になるぐらいなのに冷えるとか嘘つきでさ」

「「五月が悪い」」

「うぇっ、そ、奏くんまでなに紫月の真似をしているのっ」


 奏は笑ったまま「いちいち余計なことを言うからだよ」と、これが姉と変わらないと言った点だ。

 もちろん、笑みを浮かべながら正しいことを言われたら、


「むかつくっ」


 こうなるか、もしくはどうしようもなくなる、どうしたって負けることは必至だからだ。


「もう奏くんなんて知らない、紫月と話させてあげないんだから」

「五月に嫌われることになっても紫月とはいたいかな」

「はあ!?」

「はは、冗談だよ、僕は岩崎姉妹といたいんだ」

「そんな冗談ありえないからっ」


 この関係に変わってから新たに出てきた問題は奏にまで敵視するときもあるということだと言える。

 私がなんとかできるなら二人に頼ってばかりの毎日ではなかったわけで、コントロールなんてできるわけがない。

 なので、こちらにできることはやばいことにならないように願っておくことだけだった。


「落ち着いて」

「いーやーだー! 奏くんが悪いんだから!」


 まあ、この繰り返しだから私達にとってはあくまでいつも通りでしかなかった。

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