07話

「お待たせ」

「うん」


 姉妹なのに何故か集合場所で待ち合わせという変な行為をしていた、もちろん、私から言い出したことではないから勘違いをしないでほしい。

 あの桜を見に行った日とは違ってやたらと気合が入っている服装だ。


「今日はまずカラオケ屋さんに行こう、いっぱい歌おうっ」

「初耳、歌うのは恥ずかしい」


 あとは一回目からお金を吹き飛ばすことになるから気になるというのもあった。

 今日はまだまだ見て回るだけだからなるべく残しておきたい、家族だということもあってお金がなくなれば帰ろうかとなる可能性が高いからだ。

 

「え、紫月の歌声は可愛いよ?」

「マイナス点」

「えー!?」

「行こ」


 でも、盛り上がっているところに水を差すようなこともしたくはないから言うことを聞くことにした、相手が姉なのも影響している。

 下手くそだろうと笑ってきたりはしない、内側ではどうかなんて知らないけど抑えてくれるそんな存在だ。

 だからこそはっきり言ってくれる点が大きくなる、そのまま信じることができる。


「待つ必要がなくてよかったぁ、前に友達と行ったときは酷かったからさ」

「何人?」

「六人かな」

「誰かは歌えないまま終わりそう」


 二人でよかった、昔はお友達を連れてくる、なんて酷いことをしてくれた姉だけど成長してくれたみたいだ。

 とにかく、そこまで積極的になれないのは変わらないから姉に何度か歌ってもらうことにした、ここで無理やり歌えと言ってこないのもいいところだった。

 微妙だったのはマイクで普段よりも大きくなっているはずなのに眠たくなってきてしまうことだった、姉と二人きりで安心できるからこそだとは分かっているけどまだまだ移動するというのにこんなので大丈夫なのだろうか。


「元気ですかー!」

「ぐぇぁ……」

「あっ! ごめん!」


 ……テンションが下がると困るから頑張って歌っておいた、が、音楽を聴くことをあまりしないからガタガタだった。

 あまり好きになれないのはこういう点からもきている、多分、この先もきっと変わらないままだと思う。


「ふぅ、あっという間に時間が経過するね」

「次はどうする?」

「ゲームセンターに行こう」


 今日は色々な音を大音量で聴きたい日なのかもしれなかった。

 カラオケ屋さんの近くにあるゲームセンターに入るとお休みということもあって人が沢山いた、店内であればどんな場所だろうと爆音が聞こえてくるため会話をするのも一苦労だ。

 そのため、どうしたって距離が近くなるのも問題だった、なんか今日は気になる。


「紫月ーコインに変えてきたからコインゲームをやろー」

「うん」

「えっ?」


 活舌が悪いわけでもないのにいちいち聞き返される可能性が高いというのも……。

 今度似たような場所に行くことになった際にはノートを持って行こうと決める。


「分かった」

「あ、うん、やろう」


 行く回数は少なくてもここに来たなら絶対にコインゲームをやる、理由は妄想でもなんでもなく他のゲームよりも長く遊べるからだ。

 リズムゲームとかレースゲームとかはやってみたことがあるけど明らかに向いていなかった、UFOキャッチャーなんかはいちいち言うまでもないレベルのため、どうしたって限られてくるのもある。


「紫月」

「ひゃ」


 テンションが上がってコインを稼ぐことだけに集中していたところにこれは響く。

 しかもやってくれた姉は謝る様子もなく「うん? あ、ふふ、いきなり耳元で話されてびっくりしちゃった?」とにやにや笑っているだけ、強気に対応もできないから質が悪い。


「悪趣味、敢えて続けるのは意地が悪い」

「だってこれぐらい近づけないと聞き返されちゃうからさぁ、それに紫月だって近いよ」

「どんな感じ?」

「私はそんなことで可愛い声を出すような人間じゃないからねー」


 姉には舐められたままのうえにコインもすぐに終わってしまったからつまらない、つまらないから面白くなるように変えようとした結果が、


「おお、紫月は温かいね」


 これだった。

 歳が同じでも姉だから妹は勝てないということなのだろうか、それはまたなんとも普段のそれも合わさって不公平というかなんというか、露骨な差にテンションが下がっていく。


「ちょっと、邪魔をしないで」

「心臓も普通」

「当たり前だよ、紫月に抱き着かれても安心できるだけだよ」

「コイン貰う」

「駄目だよ」


 暇な時間ができて適当に見て回っていた、姉? ゲームに夢中だからいいだろう。

 夜に行ったことがないから分からないけどお昼ということもあって小さい子が多くて平和だった、お友達とゲームをやれて楽しそうだ。

 ふと、奏のお家でゲームをやっている私や姉を見て奏はこんな気持ちになっているのかななんて想像をしてみる、どんな顔をしているのか、どんなテンションでいるのかを客観視できているわけではないから子ども扱いをされている可能性が高かった、姉はともかく私は間違いなくそうだ。

 直前のこともあって微妙だったため、今度奏のお家に行くことになったらなにを言ってきてもゲームをやらせようと決めた。

 馬鹿にしたいわけではないものの、似たようなところを見せてほしかった。




「美味しいね」

「五月、チョコがついているから取ってあげる」

「そう? それならお願い」


 ご飯を食べたりおやつ的な物を食べたりお財布的にもお腹的にも厳しい半日だった。

 それでも流石に終わりはくる、今回はどっちも影響しているみたいだ。


「満足できた、これであとは帰るだけ」

「え、まだだよ」

「え、もうお金がないし、お腹に余裕がない」

「最後に二人きりになれる場所に行きたい」


 それで選ばれた場所は普通に遠い海辺だった。

 季節はまだ春だから人はいないけど帰るときのことを考えると何故かお腹が痛くなった、もう十八時を過ぎていて母に怒られそうなのも影響している。


「今日は付き合ってくれてありがとね」

「最後にいっぱい歩くことにならなければもっとよかった」


 連絡は歩き始める前にしておいたけど……。


「だって二人きりになりたかったんだもん、家だともしかしたらお母さんが来てしまうかもしれないでしょ?」

「お母さんが来てなにか駄目なことはある?」

「あるよ、完全に二人きりがいいの」


 ここでも部屋でも正直変わらない、いつでも誰かが来てしまう可能性がある場所だ。

 ただ、今回の場合は姉が自由にしてきているわけだから母以外は気にならないのがいい。

 でも、敢えてこんな場所で二人きりを求めるのは何故なのか、変なことをしたいということなら驚いてしまう。


「紫月」

「なんで抱きしめるの?」

「十時ぐらいからだけどずっと二人でいたのにまだ二人きりを望んだんだよ? しかも今度は他の人がいないそんな場所でさ、もう夜と言ってもいいぐらいなのにさ」

「普通は好意を持った私がすること」

「そんなのどうでもいいよ、私がしたいと思ったんだから」


 今日、特に気にせずに遊べていたのは諦めていたからだ、前日はとにかくなんでもないという風に装って終わらせるつもりだったのに全くその必要がなかったからいつも通り切り替えることが上手くできたと考えていた、抱き着けたのもそういうところからきている。

 だから安心できた~という内容でも本当はよかった、あのとき拗ねたのは面白くしたかったのに上手くできなかったからでしかない。


「ねえ紫月、私のことが好きなんだよね?」

「もう終わらせた」

「終わってないって、勝手に始めて勝手に終わらせないでよ」

「なんで五月が止める? 五月からしたらいままでの距離感が一番いいはず」

「考えている間に時間も経過したけどそうでもないんだよねぇ、簡単に言ってしまうと物足りなかったんだよね」


 先程よりも力を強めてから「奏くんにばかり頼るところもさ」と。

 悪いことではないけどそれは姉が他のお友達を優先したり運動少女だったからだ。

 あ、でも、最近までは奏も姉も変わらなかったから全てが間違っているというわけでもないのかもしれない、私は確かに奏によく助けてもらっていたから違うとも言い切れないことだった。


「はっきり言ってくれたのと、奏くんにばかり甘えているのと、押切さんの存在が最近、不安定だった理由だよ。まあ、一番は奏くんから実は紫月が好きだったということを教えられたことなんだけど……」

「私も最近まで知らなかったし、五月か他の子が好きなんだと思っていた」

「聞いてからそういえばってなったよ、奏くんは紫月とよくいたからね」


 二人の中ではこちらとばかりいたことになっているのはおかしい、とまで考えて十分、一緒にいてくれたのに物足りない感がすごかったのは自分が寂しがり屋だったからだという答えが出た。

 つまり、恥ずかしい存在だということだ、あれだけいてくれてまだ足りないとか子どもかと自分にツッコミたくなるぐらい。


「あのさ、もし私に対するそれが変わる前に告白をされていたら……」

「分からない、好きだから受け入れてお付き合いをしていたかもしれない」

「だ、だよね、セーフ……と言えるのかなこれは」

「大丈夫、だってこうなるまで奏は言ってこなかったから、だからありえない話」

「だ、大丈夫なのかなぁ……」


 先程まではなんとかなっていたのにあっという間に暗闇に染まってこれ以上、ここに残っていても意味はない状態になった。

 力で押さえられているとかではないから姉を連れて家に帰ることにする、先程と違って弱々しくて楽だった。


「私、本気で細くなるっ」

「いい、ぷにょぷにょの五月が好き」

「うわーん! 妹が酷いよぉ!」

「靴下を自分で履けているなら大丈夫」


 清潔感がないとかそういうことでもないのだから気にしなくていい。

 だというのにぶつぶつ不満を吐いていたから抱きしめていまの五月が好きだと再度言ったら今度はがちがちになってしまった。

 暗闇が苦手でもないのに怖くなってきてしまったから背負って帰ることにする。

 途中ですやすやと寝息を立て始めていつもの姉らしくてほっとしたのだった。




「そろそろ髪を切る」

「え、もったいないよ」


 なんで急に、振られたというわけでもないのにおかしな発言だ……って、私がまだはっきりと答えていないし、紫月の中では終わったことになっているからか。


「し、紫月、私は紫月のことがす、すす、好き……だよ?」


 ぬわー! な、なんなのこれっ、すっごく恥ずかしい。

 ……だというのに「ん? 別にそのことは関係ない、流石に長すぎるから切るだけ」と冷たい反応、いや、あくまで紫月はいつも通りでそれも恥ずかしくなった。

 一人だけ盛り上がっているみたいじゃんか、朝から頑張ったのにこれは酷い。


「きょ、極端に短くしたりはしないよね?」


 それよりも髪のことだ、これだけは避けてほしい。

 私達は双子で多少差はあってもお互いに長かった、だから余程の理由がない限りはこのままがよかった、だって紫月が真似をしてくれた結果だからだ。


「五月がそれなりに長いから敢えてばっさり切ってもいいかも」

「駄目ー! それは絶対に駄目だから!」

「分かった、五月が嫌ならやめる」


 ほ、朝から色々な点で心臓に悪い。

 やらなければいけないことも終えたから洗面所からリビングに移動をすると腕を組んで目を閉じているお母さんがいた、なにか悪いことをしたわけでもないのにこれも心臓が慌て始める件だ。


「お母さんどうしたの?」


 し、紫月は勇気がある……って、あれをそのまま言ってきた時点で前々からそうか。

 ちなみにお母さんが難しい顔をしていたのは「今日のご飯をどうするかで悩んでいたんだ」とご飯のせいみたいだったのではははと渇いた笑いしか出てこなかった。

 これから朝練習があるのに体力を消費しすぎだ、大丈夫なのだろうかといまから不安な気持ちになる。


「お母さんが作ってくれたご飯ならなんでもいい」

「なんでもが難しいんだよ、だけど美味しいって言ってもらえるように頑張るよ」

「頑張って、私も頑張る」


 ご飯を食べ終えたらまた洗面所に少しだけこもってから家をあとにした。

 気になった点は先程と違って眠そうな紫月になってしまったということだ、無理やり付き合わせているわけではないけど合わせてもらっていることには変わらないから、うん。


「ぽかぽかしていて眠たくなってきた」

「こ、これから学校――ぎゃっ!? なんで抱き着いてくるの!」

「五月に抱き着いたらもっと眠たくなってきた、小さい頃のお母さんみたい」

「同じ歳なんですけど! というか、危ないからちゃんと歩いて!」


 はぁ、やれやれ、やはり盛り上がっているのは私だけらしい。

 私からはともかく、紫月からべたべた触れてくることなんてなかったのにこちらが変わってからはこうなのだから困ってしまう。

 なにが困るってドキドキしてしまうということだ、もう前とは違うのだ。

 だというのに紫月はいつも通りでいられて羨ましい、ではなく、むかつく、変えたのは紫月だぞ! と文句を言いたくなってしまう。


「手を握ってて、そうすれば五月から離れない」

「……これでいいっ?」

「うん、ありがと」

「ぐはっ……」


 駄目だ、このままだと放課後まで精神力が持たない。

 そのため、前を歩いていた奏くんに任せて一人別行動を始めたのだった。




「奏、見つけた」

「係で出ていただけだけど珍しいね、どうしたの?」

「五月が相手をしてくれなくて寂しいから相手をして」


 何故か腕を組んで難しい顔をしつつのそれだから行動と内容の差に笑ってしまった。

 多分、ほとんどの紫月的には大丈夫でも一部の紫月的にはよくない行動だからだと思う。


「分かった」

「結局、今年も当たり前のように奏にお世話になっている」

「いいんだよ、ちょっと空き教室に入ろうか」


 椅子に座らせて僕は前に立つ、するとこっちの手を掴んで引っ張ってきた。


「……別に弄びたいわけじゃない」

「ああ、気にしなくていいよ」


 まさかこんなことを言われるとは思わなかった、というか馬鹿だとも言ってくれていたからもうなかったことになっていると考えていたのにこれだ。

 うん、だけどこういうところが紫月を好きになった理由でもある、だから今回だけだと内で言い訳をして頭を撫でておいた。


「ありがとう」

「……久しぶり」

「小さい頃とは違うから触れないようにしていたんだよ」

「別にいいのに、五月も奏なら許可をすると思う」

「いやいや、これぐらいにしておくよ」


 見下ろしておくのもやっぱり微妙ということで隣の椅子に座ると「教室でもこれがよかった、奏が隣にいてくれると安心できる」と。

 あれだ、こちらからすれば無表情にしか見えないのに破壊力がすごすぎる、好きになってしまったからではなかった。


「青も近かったら移動をしなくていいのが大きい」

「え、紫月は自分から来てくれないけどね」


 ほとんどではなく絶対にそうだった、ただ、それでも相手をしてくれれば構わなかったから不満を抱いたり五月の不満を聞いたことはなかった。

 最初こそは行ってあげなければならないというソレがあったのかもしれないけど、途中からは変わっていたことになる、五月も無自覚でそうだったのかもしれない。


「これからは行く、待っているだけじゃ寂しいから」

「そっか」


 じゃあある程度は待ってみることにしよう。

 結局、紫月のところには五月も勝手にやって来るからまだまだ一緒にいられるという点が僕にとってはとてもよかった。

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