06話
春休みになって一人でいる時間が増えてからやっと落ち着けた。
少し時間をくれないかと頼んできた姉だけどきっと変わらない、だからこのままでいい。
そもそも、関係が変わったところで、という話だ、姉に誰か特別ができるまでこの距離感のままでいられればいいのだ。
「紫月、桜でも見に行かない?」
「うん」
桜か、少し離れた場所に奇麗に見えるところがあるからそこに行くのだろう。
着替える必要もないからそのまま出る、姉の方も特に変えたりはしなかった。
当たり前だ、デートでもないのだからわざわざ変えたりはしない。
「あれは……梅だね」
「似ている、最悪、あれでもいい」
一番求められる四月にはもう散ってしまっている可能性が高いのも大きい。
まあ、桜も桜で見られるために存在しているわけではないため、これも人間側の勝手な思考だけど。
「えぇ、桜を見ようよぉ」
「正直に言うと好きじゃないから」
「うわ、言い切りましたよこの子……」
姉に吐くべきではなかった、あのまま隠し続けておけばよかった。
色々なことに意識がいかないのは、冷めてしまっていることも全て自滅、まだまだ学生でいる時間は長いのにこれでいいのだろうか。
今回のこれだって断って部屋にこもっておくべきだったのかもしれない、一応、やることはあったわけだからそれでもよかったのになにをしているのかと自分に呆れる。
「ほらほら、なにか美味しいお菓子でも買ってあげるからもうちょっとテンションを上げてくださいな」
「いい、大丈夫、付いて行くから」
「一緒にいる身としてはもうちょっとね……」
そんな会話をしている内に目的の場所に着いて二人で座った。
ベンチなんかはないから地面に直接だけど構わない、多分どこもそう変わらない。
春特有の温い風が葉を揺らす、僕――私はなんとなくそれを目で追っていた。
「ねえ紫月、二年生になったらしたいことってある?」
「特にない、修学旅行も楽しみじゃない」
「奏くんと別れたら一人だもんね、私もその可能性があるのがなんとも……」
「でも、それでいい」
二人が来てくれているからなんとかなっているという状態から脱したかった。
社会人になったらみんな一緒の会社に、なんてのはありえないのだから慣れておかなければならないのだ。
「ちなみに私はね、二年生の間に細くなりたいかな」
「いまのままでも問題ない」
特に不満もないのであれば尚更そういうことになる。
「そうやって自分にも言い聞かせてきたけどさ、やっぱりちゃんと管理できていた方がいいからさ」
「誰かに悪く言われたの? それなら教えて、私が怒りに行く」
「違うよ、今回はちょっと変えてみようかなと私が考えただけだよ」
姉がそう決めたのであればこれ以上は言えないか。
なんにも役に立てないどころか積極的に迷惑をかけていることが気になる。
でも、姉が自分から離れようとするまでは拒絶したりはしない、せめて構ってちゃんにならないようにしなければならなかった。
「一緒にいる紫月としても細い方がいいでしょ?」
「別に、だけど五月がそうするって決めたなら応援をする」
「はは、ありがとう」
「全然桜を見ていない」
「え、見てるよ、紫月と話しながらね」
そのタイミングで姉のスマホが鳴る、奏か、他のお友達か。
電話をしている最中、なんとなく木に近づいて触れてみた、なにも分からなかった。
だけど存在している木の全てが私よりもどっしりとしているのは分かっている。
「紫月ー奏くんも来るってーあ、忘れていたけど押切さんもねー」
「うん」
姉の横に戻ってから体感的に十分ぐらいが経過した頃、確かに二人はやって来た。
別になにか親しい感じでもなかった、どちらも私達を探していただけらしい。
奏はともかく押切の方は来ていなかったのにどうしたのだろうか。
「もう紫月ちゃんとずっといるのぉ……」
「なんか友達と喧嘩しちゃったんだって」
「来ていなかったのはそういうこと?」
お友達と喧嘩したからとこっちは繋がっていないけどそれぐらいしか考えられない。
「ううん、暴走しちゃいそうだったからだよ、で、久しぶりに紫月ちゃんを見たら抑えられなくなっちゃってね……」
「いつでも来ればいい」
「ありがとぉ」
まだまだ隠しているところが多いだけなのかもしれないけど姉とよく似ている、だからこそ落ち着くのかもしれない。
それでも重ねたりはしない、姉は無理だからと押切を求めたりはしない。
そもそも求めたところでという話だった、やはり同性同士ということで無理なのだ。
「はは、女の子ってすごいね、すぐに仲良くなれるもんね」
「「大抵は表面上だけだよ」」
「あ、あんまりそういうリアルな話は聞きたくないかなぁ」
そう、ほとんどはそんなものだ。
あ、こちらは他の子のことをよく知っているわけではないからあくまで自分目線での発言だった。
「なんで……」
奏だけではなく押切とも同じクラスになってしまった、五月も隣のクラスになってしまったからいきなり崩れたことになる。
わがままばかりを言う私を悪い扱いして遠ざけてくれればよかったのに、受験や就職とは関係がない二年生だからこそ離れておくべきだったのだ、結局最後には求めるとしてもだ。
「ちょ、一緒のクラスになれたんだからさ」
「奏に甘えたくなかった、これだとまた同じような結果になってしまう」
「頼ってもらえるのなら嬉しいけどね」
「奏が甘いのも悪い、なんで五月を特別扱いできないの?」
「露骨に差を作ったりはしないよ、僕がそうされたくないからね」
どれだけ喚いてもこれが変わったりはしない、教師を恨んでも知らないわと言われる件、こうなったらとことん教室で大人しくしておくことにしよう。
まあ、いつだってこっちに来てしまうというわけではないからその点はこれまでと変わらないのだ。
「紫月――」
「紫月ちゃんと一緒のクラスになれてよかったぁ!」
「うん、私もそう思っている」
奏や姉と比べたらそうだった、押切と一緒にいようと一切問題ない。
何故ならまだ甘えられる関係ではないからだ、仲良くなればそうする私も出てくるかもしれないけど少なくともいまはそうではないから少し間違いだった。
「きゃー!? りょ、両想い!?」
「そうかも、なんて」
「ふっ、よろしく頼むよ」
「うん、よろしく」
頑張って意識を向けないようにしているだけでここには奏も姉もいる、だから押切に落ち着かれては困るのだ、なにか言葉を吐くことでもっとテンションを上げてもらいたい。
「なにこの露骨な差は……」
「奏くんなんてまだいいでしょ、私なんて一人だけ別のクラスなんだよ?」
「正直、いまのを見ていたらあんまり僕も変わらないよ」
「紫月はちょっと適当なところもあるからね」
「それは五月」
あ……い、いや、それでも適当は言いすぎだろう。
こっちだってやらかしたことを反省したりしつつも考えて頑張っているのだ、真っすぐに否定をされたら気になるというものだ。
「あ、言ったなー?」
「じ、事実だから仕方がない、奏は――あれ?」
「紫月なんて知らない、だって酷いからね」
「ひ、一人だと――って、あくまでいつも通りだった」
こちらを顔をぎゅっと抱きしめてきているだけだった。
ちなみにこの姉、細くなる! とか言っておきながら前よりもお菓子を食べる量が増えたのが最近のことだ。
やはり誰かから悪く言われてこんのくそ! となっただけなのかもしれない、美味しいと嬉しそうに食べる姉が好きだから現状維持でよかった。
「ばか紫月っ、もう知らないんだからっ」
「まあまあ、五月は落ち着いて」
「でも、むかつかない?」
「さっきはあんなことを言ったけどむかつかないよ」
「後出しでそれはずるい、いまは奏くんにむかついているかも」
なんとも忙しい、ただ、いい方に働けば感情的なところは悪くない、少なくとも水を差すような存在よりも遥かにいい。
「うぅ、部活がなければ紫月ちゃんとお出かけするのになぁ」
「そういえば押切も部活があった」
来られなかったのはそういう理由からでもあったか、自由だから特になにかを言ったりはしていなかったけど自由に言っていなくてよかった件だった。
午前と放課後までは授業、放課後からは結構遅い時間まで部活動、となれば休み時間なんかに休んでおかないと潰れてしまうわけだ、だから押切は正しい選択をしたことになる。
「うん、今日はお休みだから来られているだけだよ、だから青って呼んで!」
「繋がっていないけど、青」
「きゃー! これだけで頑張れるよー!」
「来たところで悪いけど帰ろ、奏のお家で話せばいい」
「僕はいいよ」「私も!」
少し納得のできないといったような顔をしていた姉の手を掴んで歩き始めた。
大丈夫、移動してからでも十分だ、まだ時間はあるから急ぐ必要もない。
それにすぐに授業が始まるから休めるときに休んでおいた方がいい、私とのそれは後回しでよかった。
家族だから、姉だからという理由で無理やり優先しようとする必要はない。
「ちょっと待ってっ、紫月ストップ!」
「止まると二人と離れる」
誘ったのに行く気がないのかなどと判断をされたら嫌だった。
それこそ家に着いてからでいい、少なくとも私は姉に付き合った。
「それよりもだよ、なんでお姉ちゃんには酷いの?」
「早く追いたいだけ」
「本当にそれだけ……?」
「隠しても意味がない、五月に対して隠したりはしない、証拠はこの前の私」
「それは確かにそうだけど……って、うーん?」
引っ張って止めてくれたから今度もこちらが引っ張って連れて行くことにした。
先程と違ってなにかを言ってくることはなかったからスムーズに奏のお家まで行くことができた、上がってからもテンションが戻らなかったことが気になることではあるけど。
でも、今回もゲームがそれもなんとかしてくれた、奏や青と楽しそうにやっていて緩くて安心できる時間となった。
「入るよ」
その日の夜、五月が部屋にやって来た。
寝ようとしていたところだったからもう暗いけど入ってきたということは話したいことがあるということだろう。
「今日は一緒に寝たいの」
「うん」
「入らせてもらうね」
夜だからということではなくてまだ引きずったままなのかもしれない、こちらを見るその顔は少し不安そうな感じだ。
だからなんとなく頭を撫でてみた、そうしたら……余計に酷くなった。
「五月は誤解をしているだけ、五月にだけ冷たくしたりはしない」
「……そこが気になっていたけどいま来た理由はそれじゃないよ」
「じゃあなに?」
「……押切さんと仲良くしているのが嫌なの」
「青――」
口を手で押さえられて物理的に黙らされた。
名前で呼んでいることを気にしているということならそれは変だ、だって奏のことも名前で呼んでいるからだ、他のことで気にしているということなら……正直に吐いてもらうしかない。
「あっ、ごめん……」
「ふぅ、私はどうすればいい?」
この流れで聞くのは意地悪かもしれないけどあくまで想像の域を出ないからはっきりしてもらうしかなかった、青といることが気になるなら多少は考えて行動をする。
「……紫月が変える必要はないよ」
「ほんとに?」
「うん、悪いのは私だもん……」
これではなにも変わらない、聞いたばかりに進めなくなるのは微妙だった。
でも、本人がこう言っているのだからと片付けるしかない。
そして黙っている間に眠気がやってきて気が付いたら朝だった。
寝返りを打っていて姉とは反対方向を向いていたから向きを変えてみると、
「あれ」
そこには誰もいなかった。
まあ、どうしたって自分の部屋の方が寝やすいだろうから仕方がない、特に拘ることもなく一階に移動する。
「五月?」
お布団があるということは昨日はここで寝たのかもしれない。
「おはよう」
「うん、おはよ」
普通に返事をしてくれたうえにへにゃっとした笑みを浮かべてくれて一安心だ。
私とのこと以外にも色々あるのだろう、単純に新鮮さを求めてこうした可能性もある。
無限に生きられるというわけではないのだからやれることはやれる内にやっておいた方がいいというだ。
「今日も一緒に登校しよ、ちょっと紫月からしたら早いけどさ」
「元々そのつもりだった、顔を洗ったりしてくる」
とはいえ、不安定になってしまったのは私が原因だろうから楽観視もできない。
今度はあの桜を見に行った日とは違う種類の後悔をした。
「紫月、髪を梳いてあげる」
「ありがと、あと、ごめん」
謝ることも自己満足、結局これも自分勝手に告白的なことをするのと変わらない行為だ。
引っかかってしまうから自分のためになんとかしたいだけ、相手のことを一切考えていないと言われても仕方がないこと。
「はは、なんで急に?」
「ちょっと自意識過剰かもしれないけど私のせいで不安定」
「ああ、確かに最近のこれは紫月のせいだね、だけど悪いことでもないんだよ」
違うと嘘を言ってきたりしないことが姉の好きなところだった。
なんでも味方をしてくれようとしなくていい、奏だって同じで駄目なことは駄目だとはっきり言うことが関係の長期化に繋がっていると思う。
「部活で怪我をしてほしくないから終わりでいい」
「待った、紫月が気にしなければならないのはちょっとぼさぼさになったこの髪だよ」
「髪なんかよりも五月のこと」
「いいからいいから、ついでに勝手に結っちゃうね」
鏡があるから顔を見られてしまうというのが微妙だった、つまりまた見ていたくない状態になってしまったことになる。
救いだったのはすぐに終わったこと、ご飯の時間なんかにはご飯に集中していればいいから気にならない、登校時間も何気に同じだ。
校門のところで姉と別れて校舎へと歩いている最中、なんとなく誰もいないグラウンドを見たら先程よりはマシになった。
「あ、おはよう紫月」
「おはよ、だけどなんでこんなに早い?」
「静かな教室が好きだからだよ、紫月は五月と――そっか」
「まだなにも言っていない。でも、迷惑をかけたくないから終わりでいいと言ったのに聞いてくれなかった」
「ちゃんと気持ちを伝えると変わることもあるということだよね」
いや、気持ちを伝えたわけではない、ただ上手く切り替えられなかったのだと吐くことになっただけだった。
「不安?」
「怪我をしてほしくない」
それだけが全てだ、元気でいてくれるのであれば私のことなんてどうでもいい。
「大丈夫だよ、紫月が上手くできるように五月なら切り替えられるよ」
「私も見ておくけど――なに? あ、奏も五月を見ていてほしい」
「それ、なんで変えたの? 五月に関しては見ておくけどそれが気になるよ」
「特に理由はない」
「そうなんだね、僕はてっきり五月に恋をしたからだと思ったんだけど」
仮にこれが恋だとしても意識をしてどこかを変えようとしたりはしない、そもそも、変わろうと考えたくせに努力すらしなかったわけだからそこだけ頑張っても自分に呆れてしまうだけだ。
また、気に入られようと努力をできるのはいいことだけど私からすればそれは装っているだけのようにも見えてしまうのもそこに繋がっている、でも、自然体でいることで気にしてもらえると考えるのも危険だという難しさがある。
「どうであれ、五月が受け入れてくれるといいね」
「奏は?」
「僕? なにもないよと言いたいところだけど残念ながらあるんだよね」
「喋ったりしないから教えてほしい」
こういう状態になったからこそいるなら教えてくれる気がした。
これまでずっと躱されていて思い出してむかついたというのもある、一人だけなにも吐かないというのはおかしい。
「紫月だよ」
「え、なんで」
上手くできない方に構いたくなる存在というのは結構いる、お友達ではなくても生きているだけで見ることになる。
だけど自分がその立場になると微妙な気分になる、あとはなんで私なのかという呆れの気持ちもあるかもしれない。
「基本的に紫月のところに行っていたと思うけど」
「確かに気にしてくれていたけどあくまでメインは五月だった」
「紫月が黙ってしまうからだよ」
「奏はばか、別に五月じゃなくてもいいからもっと違う子を好きになるべきだった」
チョコを貰ったり告白をされたりしていなかっただけで異性といることは多かった、なのになにもなかったのはやはり奏に原因があったということになる。
ただ、それこそ私がもっと早く姉に対する気持ちに気が付いていたら彼の時間を無駄にしなくて済んだのかもしれないからこれも私のせいになるの……?
「馬鹿とは酷いなぁ、それに岩崎姉妹以外なら彼氏がいるあの子としか――あ、最近は押切さんもいるけど関わりがないから無理だよ」
「ごめん、ばかは言いすぎだった、ありがと」
「はは、うん、紫月らしいよ」
私らしいと言われても困るけど。
「さあ、五月を振り向かせるための作戦会議をしようか」
「眠たくなってきたから放課後にお願い」
「えぇ」
事実、そうなってしまったのだから仕方がない。
夜から朝までゆっくり寝たのにこういうところはまだまだ子どもだった。
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