05話
「お、お邪魔します」
「そんなに緊張しなくて大丈夫、ただ奏のお家というだけ」
「そ、そうだけど男の子の家に上がる機会はほとんどないから……」
その点はこちらと同じらしい、全く知らないから意外と言うこともできない。
「お菓子とか飲み物とか用意するね」
「うん。押切、ここに座って」
「わ、分かった」
「落ち着いて、そんな感じじゃ疲れるだけ」
「すぅ……ふぅ、うん、大丈夫」
久しぶりに上がらせてもらったけどリビングは全く変わっていなかった。
ここに来る度に感じることはテレビが大きい、リビングが自分の家よりも広いというその二つのことだ。
「どうぞ」
「ありがと」「ありがとう」
「さ、ゲームをやろうか」
ゲームで勝ちたいというそれもなんとなく消えていたからとりあえずは見ておくことにした、なにかをやらせることで押切の緊張状態をなんとかしたいのもある。
あくまで現時点では装っているだけでしかないからという考えからそうしたものの、いい方に働いていてすぐに楽しそうに奏とゲームをやり始めた。
やはり押切の中に奏に対する気持ちはないのかもしれない、だから姉にもし本当に絡んだとしたら単純に構ってほしかっただけというそれが一番強いのかも。
姉が誰を好きになるのかで話は変わってくる、押切が、ということになれば応援するけど残念ながらそういう話をしてくれることはないのだ。
「紫月交代、押切さんが強くて敵わないんだ」
「分かった」
「ふふ、私の家にもこのゲームがあって結構やっているからね、あんまりやっていなさそうな紫月ちゃんには負けないよ?」
正直、ゲームなんかよりも恋をしてほしい。
そういうのもあって熱が入っていなかった、当然、そんな状態なら経験値が高いらしい押切には負けるというわけだ。
本気でやっていないから悔しいという気持ちも出てこない、まあ、本気でやっていても同じかもしれないけど。
「ふふん、誰も私には勝てないんだよ」
「負けでいいから恋をしてほしい」
「こい……? え、なにそれ」
「あ、そういうやつ」
なら姉に対するそれもただお友達になりたいだけか、当たり前か。
「意識をしなくても誰でもできるならここまで苦労していないんだよおお!」
「う、うるさい……」
興味があるという点は普通にいいことだった、恋をすることだけが全てというわけではないとしてもだ。
一ヶ月とかでなんとかしてほしいという考え方でいるわけではない、関われている間に変わってくれればそれでよかった。
考えるだけ、言うだけ、その繰り返しの僕にはできなくてもきっと他者ならできる、何度も見てきたからこれはただの妄想、願望とはならない。
「紫月ちゃんのせいだから! というかさあ、そう言う紫月ちゃんはどうなの!?」
「恋をしたことはないけどよく想像や妄想をする」
「結局、同じってことか――あ、岩崎さんは?」
「五月もここにいる奏もみんな同じ」
だからこそ自分が他者によって変わってしまったら驚くだろうな、と。
でも、影響を受けやすい人間ではあるからそうなってもなにもおかしなこととはならないのが僕ということになる。
「え、意外だね、田藤君だったら求める子も多そうなのに」
「なにもないんだ、でも、岩崎姉妹と友達でいられているからそれで十分かな」
「なるほど、じゃあその岩崎姉妹のせいだね」
せい、そう言い切られたのも不思議だったし、奏が「やっぱりそうかな?」と聞き返したこともよく分からなかった。
例えば奏のことが好きなら僕達のことを気にせずにアピールをすればいい、僕達を振り向かせたいわけではないのだからそういうことになる。
なのに余計なことで時間を使って文句を言われても困るというやつだ、ちなみに一度だけ姉関連のことで経験があった。
妹だからなのに一緒にいられてずるいとか、優先されていてむかつくだとか、こちらにも自由に言ってくる人間というのは過去にはいたのだ。
ちなみに妹だから家族だからと言い続けたことでいつの間にか消えた、ただ、自力でなんとかできたとは考えていない。
姉が急にいまみたいな感じになったわけではないし、裏で動いてくれたのだと片付けた形になる。
「そうだよ、だって特定の男の子の近くにいつも同じ女の子がいたら気になるもん」
「そういえば奏といるあの女の子は?」
「あの子には彼氏がいるよ」
「なのに奏といていいの?」
「友達としてだからね」
お友達として近づくのもあの子と僕達だけ、これは奏に問題があると思う。
無自覚か意識してか異性を拒絶している、そうでもなければもう少しぐらいは興味を持たれてもいいはずだ。
「私、田藤君は岩崎さんが好きだという噂を聞いたことがあるよ」
「そんなのどこから出てくるんだ……いや、五月はいい子だけど五月が僕をそういう目で見ないよ」
「みんな妄想が得意」
「な、なるべく自分関連のことでしてほしいかなぁ」
とはいえ、自分が特定の誰かと上手くやっているところをそうするというのも微妙だ、多分、ここはみんな、あ、ナルシストの人以外は僕と変わらない。
だからそれも難しい話だと言えた。
「はい、少し甘さ控えめの物にしておいたよ」
「ありがと、はい、半分あげる」
「はは、紫月らしいや、ありがとう」
少し苦めな感じが逆に落ち着く、甘くなければ嫌だなどという拘りもないから丁度いい。
「今日は冒険を進める、このまま解散は寂しいから」
「分かった」
なんて言いつつ、別に彼のお家に上がっていたわけではなかったからこれもおかしい。
普段なら挨拶をして別れているところで彼がお返しをしてきたというだけなのに変な考えが出てきてしまったことになる、だから少し上がらせてもらったときに恥ずかしかった。
とはいえ、この前の押切と同じでゲームをやってしまえばなんとかなるもので、気づけば十九時近くまで熱中してしまったという……。
「ごめん……」
「気にしなくていいよ、二十時ぐらいまで両親も帰ってこないから紫月がいてくれてよかったよ」
「でも、奏のなのにゲームができなくて退屈だったはず」
熱中していたということは全く彼に意識を向けていなかったのと同じわけで、普通、一人黙っていることになったら退屈だと感じるだろう、それかもしくは別の場所に行きたいなどと考えるはずだ。
「いや、全くそんなことはなかったよ? ほら、僕らは会話をしていなくても気になったりしないでしょ?」
「だけどこのままじゃ嫌だ、これから付き合うから奏のしたいことを言って」
それなりに時間が経過してお小遣いなんかも貰ったからお金を使うことでも構わない。
こちらばかりがわがままを言っていることになるからたまには彼にもそうしてもらう、そうでもなければ自業自得とはいえ、少し不公平だ。
前と同じでなんらかのことで勝ちたいというのはあった、あまりないのだとしてもなにかで勝っていたら頼ってもらえるかもしれないからだ。
「別にいいけどこのままだと我慢ができないということなら泊まってほしいかな」
「分かった、それならご飯を食べてお風呂に入ってくる」
「うん、行ってらっしゃい」
「やっぱり奏も来て、ここに戻ってきたときにご飯を作ってあげるから」
「はは、分かった」
ご飯を食べている最中はともかく、お風呂に入っているときに後悔をした。
ご飯を上手に作れる自信がない、自信があるのならもっとお手伝いをしている。
「し、紫月? まだ戻らないの?」
「ま、まだ早い、まだ二十一時」
「お、お腹が空いちゃったなぁ……」
「うっ、わ、分かった」
こういうときこそスマホを使おう、そして変なアレンジをしないことが大切だということを知っている。
それでも不安だったから目玉焼きを作ることにした、焦がした経験があるけどこれなら大丈夫だ。
「で、できた」
「うん、ありがとう」
「今日はこれで我慢をして、次はもっと料理らしい料理を作る」
「十分だよ。いただきます」
恥ずかしさよりも大丈夫なのかという不安が勝って彼の食事中は廊下にいた、何故か姉がいたから一人で待っているよりはマシだった。
押切のときにも動く、彼のときにも動く、自惚れでもなんでもなくどちらも僕が関わったときにそれだから初めてイケない妄想をした。
「紫月ーお、いたいた、美味しかったよ、作ってくれてありがとう」
「ちなみに五月はいつから?」
その話を続けてほしくはないから遮るとまではいかなくても強制的に変えた、それと出しておいて矛盾しているけど姉から意識を逸らしたいのもあった。
だって自分のことだから妄想をして楽しい、だけでは終わらないからだ。
続けても虚しくなるだけだというのも大きい、女同士とかではなくて家族だということがいいことであり悪いことでもある。
「紫月が一生懸命作ってくれていたときに来たんだ、五月も泊まるんだって」
「テストでお勉強をしたときよりも集中していたかもしれない」
「そうだね、喋りかけても反応してくれなかったからね」
「そこの部屋で三人で寝よう」
なんか姉が急によく分からないことを言い始めた、やはり自惚れだった。
姉の中では彼の存在が大きくてついに踏み込もうとしているのかもしれない。
「布団は二組しかないんだよね……と思ったけどそれで十分だね」
「そうだよ、私は紫月と寝るからいいの」
「お風呂に入ってくるから先に行っててよ」
畳にお布団を敷いて寝ることを考えると旅館などに来た気分になる――という現実逃避をして複雑な内側から目を逸らす。
切り替えが上手いはずの自分でも今回は同じようにはできなかった、これが自滅というやつだ。
「よっこいしょ……っと、紫月、どこがいい?」
「どこでもいい」
「じゃあ入口近くのここかな、どばーっと敷いて、そこに寝転ぶ! どーん!」
姉は自滅なんかしないだろうからハイテンションでもなにもおかしくはない、だけどいまはこのテンションの差に付いていけない。
「なんで来たの?」
「紫月から泊まるって話を聞いていてもたってもいられなくてね、遅れた理由はお菓子を食べてきたからだけど」
確かに帰ったときにソファに座ってむしゃむしゃお菓子を食べていた、好きなお菓子だから仕方がないという見方もできる、でも、そこは繋がっていない。
……駄目だ、今日は帰った方がいいのかもしれない、このまま姉と過ごし続けても今回ばかりは悪い方に傾くだけだ。
原因は全て自分にあるから気にする必要はない、姉はただ仲がいい奏のお家にお泊まりをするというだけだ。
「お菓子の方が勝ったということは本当は僕はどうでもいい、今日はもう帰るから奏――」
「なわけないじゃん、そうでなくても最近は押切さんや奏くんとばかりいて気になっていたんだからさ」
怒ったような顔で見られたり少し呆れたような顔で見られたことは何度もある、だけど今回のこれはそのどれとも違っていた。
意識をしていなくても固まってしまうぐらいの迫力……というか、見ていたくないのにそのまま目を逸らすことができないでいる状態だ。
「な、なんでそこで怖い顔をする?」
「紫月が酷いことを言うからだよ、はい、ここに寝転んで」
とはいえ、意識をちゃんとやれば動くというもので横に寝転ぶことになった。
「奏くんにも押切さんにもあげないから、もちろん他の子にもね」
答える前に「えーっと、話は終わった?」と奏が入ってきたことで空気が変わった、姉は一切動じることもなく「終わったよ」と返す。
そこからは三人で集まったときの緩い時間となった。
だけど先程の姉の顔のせいでいつも通りにはできなかった。
「避けられている」
「だね、いつもの紫月らしくないよ」
どういう顔をしていたのかは分からないけど私が紫月に少し怒る……ようなことをしたからか。
でも、あれは紫月も悪い、どうでもいいわけがない。
「紫月、帰ろうとしていたよね、あの時点でなにかがあったということだよね」
「奏くんが離れてから急にだからやっぱり私に原因があるよね」
「うん、五月だね」
あのタイミングで入ってこられたのも聞いていたからか、紫月を助けたくて入ってきたに違いない。
これだと私が悪者みたいで少しあれだ、もやもやするから動こう。
「ちょっと紫月のところに行ってくる」
「分かった」
奏くんや紫月の教室からそう離れていない場所にいてくれて助かった、逃げようとしたからがしっと腕を掴む羽目になったけどね。
「避けられたくない」
「……そういうのじゃない」
「嘘つき」
「す、少なくとも五月のせいじゃない」
「それも嘘だよね? ほら、そこに座って話そう」
過去に喧嘩をした後と同じように行動をしておいてそういうのじゃないなどと言われても信じられない、疑うようで悪いけど腕はまだ掴んだままだった。
すぐに話そうとしない紫月にそれで? と聞く、でも、これで答えてくれるのであればこうなってはいないということで答えることはしなかった。
「私はこのままじゃ嫌だよ」
「大丈夫、すぐに落ち着く」
「なんでさっきから嘘ばかりつくの? いつもの紫月ならすぐに切り替えられるはずなのに全くできていないじゃん」
じっと見ることで他者から言葉を引き出すことは昔から奏くんや紫月にしてきた、だから今回も我慢をせずに見ていたら「そう言われても困る、だって初めてのことだから」と言われて困った。
それこそこれこそ初めてのことだからだ、つまりなにも解決、とはなっていないのだ。
「同性だから、家族だから意味がない」
「ん……? それって私のこと?」
えぇ、頷かれてしまったけどどうすれば……。
仲良くする意味がない……というわけでもないだろう、となると……。
「えっと……つまり?」
「いつもの悪い癖が出ただけ、だけど今回はすぐに切り替えることができないでいる」
「悪い癖というのは紫月で言うと想像及び妄想行為ということだよね?」
「うん」
最近は減っていたけど前はよく話してくれていたから分かっている。
だからそのことで引っかかる意味が分からなかった、今回に限って違う理由を分かりやすく吐いてもらいたい。
「分かった、奏くんと私とかじゃなくて紫月と私でやらかしてしまったということ?」
「……意地が悪い」
「やっと当たったよ」
仲がいい相手がそう多くないのだから別におかしなこととはならない――とか考えている場合じゃないよね。
だって家族だから意味がないと片付けようとして失敗をしてしまったということだし、少し前までとは違うということだ。
多分、取られたくないとか言った私も悪い、分かりやすく拒絶をされていたら紫月だって避けることはなかった……こともないよね、え、これはなにを選んでも失敗をしていた件かもしれない。
「な、なに? 紫月はお姉ちゃんに興味があるの?」
「奏のところに行ってくる」
「わあ! 待って待って!」
こう……急に変わられても付いていけないというやつなのだ。
だけど止めたことを後悔はしていない、ここで止めていなかったらいままで通りでいられなかったと思う。
あくまで表面上は片付けたかのように見える紫月と付き合うことになっていた。
「紫月」
「うん」
「ちょっと時間をくれる?」
「うん、大丈夫」
「ありがとう、じゃあこの話はとりあえず終わらせて違う話をしようか」
そういえばあれから押切さんが来ていないのは何故だろうか、紫月のところにもそうだからむくむくと気になり始めた――とまでなって私も結構切り替えるのが上手だななどと自画自賛をする。
「紫月、押切さんとはどうなの?」
「押切とはあんまり変わっていない」
「仲良くしたい?」
「うん、優しいから」
む、なんか先程のことを聞いた後に仲良くしたいと言われるともやっとするぞ……。
誰でも簡単に気に入るわけではないことは分かっている、でも、割とすぐに信用して付いて行ってしまう子だから心配になるのだ、というかなんならもう遊んでいるわけだしね……。
「お、お姉ちゃんに任せなさい」
「押切が自分で来たときだけでいい、五月と二人きりでいられるなら尚更」
「う゛」
待って待って、いま押せ押せモードはやめてもらいたい。
でも、紫月の表情を見てそれもないと分かった、しかも一旦、やめにしてくれているからあくまでいつも通りでいるだけだ。
あれ、だけど最近はと逃避しようとする自分もいるけど意味がない。
「あ、あのさ、もしかして最近まで隠していた……だけ?」
「ううん、奏とのそれを我慢して言っていなかっただけ、今回は全く別」
「そ、そうなのね~」
「ここまで気になるとは思わなかった、だけど勝手に自滅した僕が悪いから気にしないで、はっきり言ってくれればいい」
「わ、分がっだ」
これは戻した私が悪い。
まだ時間はいっぱいあるからいっぱい悩むことにしよう。
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