04話
「
「岩崎紫月」
「田藤奏です」
「「「よろしく」」」
姉がいないのはたまたまだ、敢えて変な選択をしたというわけではない。
ただ、冬休みのときと違って一つ気になることがある、それはこうして奏がここにいるということだった。
五月の特別になってもらいたいのにここが繋がってしまったら困るのだ。
でも、遠ざけようとするのもおかしいし、奏のことも考えてあげなければならない、つまり邪魔はできないというやつだった。
「ね、紫月ちゃんって名前で呼んでもいい?」
「呼び捨てでいい」
「いや、紫月ちゃんにするよ」
少し予想外だったのは奏に話しかけようとする彼女がいなかったということだ。
奏から話しかけられれば反応をしているけどその形は最後まで変わらなかった。
絡まれたというのは姉の早とちり、ただの誤解というやつなのだろうか。
「静かだね」
「うん」
押切が帰ってからも僕らは教室に残り続けていた。
横の席に座った奏はたまにこうして呟いては僕の意識を持っていく、できればぼそっと本当のところを吐いてもらえないだろうかと期待をしている自分もいる。
姉が奏のことを好きでいるのであればそこが繋がるのが一番だ、でも、そうでもないなら奏のことも応援をしたい。
押切でもいいし、他の子でもいい、大人の人でもよかった。
「この前はごめん、紫月が悪いわけでもないのに帰っちゃって」
「またその話? 初日に謝ってくれた」
「そうだけど……それぐらいのことをしちゃったからさ」
「大袈裟、このまま残っていると同じことばかりを言われそうだから帰ろ」
「はは、分かった」
帰り道も静かだった。
珍しく車も走っていない、通行人もいない、ここだけで見れば建物などがあるのに僕と奏しかいない世界みたいだ。
でも、鳥が飛んできたことによってそんなことはないと分かる、いつまでも車がこないというわけではないから疑似二人きりの世界はすぐに終わった。
なんとなくちらりと奏の方を見てみると前だけを見つめていてこちらもそちらに意識が向く、なんてことはないいつも通りの見慣れた道だ。
「押切さんのことだけどさ、多分、紫月と仲良くしたいんじゃないかなって」
「なんだ、やたらと黙っているから押切のことが気になっているのかと思った」
言うかまだ黙っているべきかを悩んでいる――ようには見えなかったけど。
五月と並んで歩いているときはずっとお喋りをしているから中々に新鮮ではあった、だけどそれだけ五月とは違うということもよく分かった。
まあ、最初からそうだから今更、こんなことを考える方がおかしいのかもしれない。
自分を下げるつもりは微塵もないけど僕はあくまでおまけだった。
「はは、それはまたすごい考え方だね。なんだろうね、喋っておいて言うのもなんだけど今日は静かにしていたい気分だったんだ」
「会話がなくても気まずくはない」
「そうだね、紫月とだってずっといるからね」
ずっと一緒にいられたと言えるのだろうか、だって五月がいたからでしかない、彼がいてくれるようにとなにか努力をできたというわけでもないから。
「五月もそうだけどずっと変わらないよね、そこが岩崎姉妹といて安心できる点だよ」
「あ、そういえば忘れていた」
変わろうと決めたのに忘れてしまっていた、それでもなんとかなっているのはやはり彼や五月が努力をしてくれているからだ。
「なにを?」
「こっちの話、奏はなにか言いたいこととかないの?」
「言いたいことか」
「五月に言えないことなら内緒にしておく、五月に言えることならちゃんと伝える」
「それならこれからも一緒にいてほしい」
またなんとも彼らしい内容というか。
頷いたら「ありがとう」と、今回は見ていなかったからそう言ったときにどんな顔をしていたのかは分からなかった。
距離があるわけではないから彼のお家に着いて別れの挨拶をする、そこから先も特に変わらなかった。
家に着いたら制服から着替えるために部屋に移動、今日はすぐにリビングに行きたい気分にならなくてベッドに寝転んだ。
「紫月ちゃん」
「うん」
「せめて顔を見せてからにしてくれないとお母さん寂しいよ」
「なんかこうしたい気分だった」
母はそのままベッドの端に座った、こちらは寝転んだままだ。
お喋りをしたくない気分とかではなかった、だからこうなっても嫌ではない。
「奏でも五月でもどっちでもいいけど誰が好きなのかが気になる」
「もし分かったらどうするの?」
「応援をする、僕は五月の相手は奏がいいと思っているけど自由だから」
「そっか、いるのかどうかは分からないけど教えてもらえるといいね」
「うん」
僕には言えないけど母や父には言えることもあるということで色々と知っているのだとしても吐いてくれることはない、簡単に大事な話をぺらぺらと喋ってしまうような存在ではなかった。
だからこのことで母は味方になってはくれない、しつこく本人達に聞くのも逆効果、すぐに解決するようなことではないのが気になるところだった。
「もうすぐにバレンタインデー、ですね?」
「奏は確定として五月は他の子にもあげるの?」
「うーん……押切さんにぐらいかなぁ」
「ふふ」
「なんか急に求めてきてね」
奏とだけと考えていたけどそういう形もあるのか。
視野を狭めてしまうのはもったいない、もっと柔らかく対応できるようになりたい。
「紫月も押切さんに作ってあげたらどう?」
「いらないと思う、求められていないのがその証拠」
「そっか、まあ、そこは自由だからね」
奏の方を見てみるといつもの女の子が側にいる、きっとあの子もなんらかの形でチョコを渡すことだろう。
唐突だけど口に出したりしなければすぐに他者で想像してしまうことも悪いことばかりではなかった、一人で退屈な時間が多いのにここまで問題なく過ごせたのはそこからきていると思う。
まあ、単純に敵対的な存在がいないからだという見方もできるけど。
「押切?」
「しー! 岩崎さんにばれたくないんだよっ」
お昼休みによく分からないことが起きた。
素直になれないことが百パーセント悪というわけではないものの、あまりに重なるとどうしようもなくなるからやめた方がいい。
チョコをちょうだいと頼めるぐらいなのだからこんなことをする必要はない、仮に僕がそこにいてもわざわざ探したりはしない。
「ふぅ、ここなら大丈夫だよね」
「なにが? 紫月になにか悪さをしたら許さないからね?」
はずだったのに、こちらも変なことになった……とは違うのかも。
彼女が気にしているのではなくて姉の方が気にしているのかもしれなかった、その相手が僕とこそこそ行動をしようとするからつい付いてきてしまったのかもしれない。
悪いことをしていないのであれば相手が誰であれ、積極的な姉を見られるということなら理想の状態と言える。
「ぎゃあ!?」
「ふふ、私に気づかれずに行動できると思っている方がおかしいのよ。それで? 押切さんはなんのために紫月を連れて行ったの?」
「あ……ああ……」
「おーい?」
どちらも積極的に動けるタイプというのも面白いけど、片方が攻め攻めなタイプの方が面白いのかもしれない。
奏と姉は正にそれだ、もちろん攻めるのは姉の方だ。
「……紫月ちゃんからもチョコを貰いたかったからだよ」
「紫月ちゃん、ねえ、それとそれを言うだけなら教室でいいでしょ?」
「邪魔をされると思った……」
「邪魔なんかしないよ、なーんだ、そんなことかー」
どういう想像をして付いてきたのかは分からない、けどなにかがあってくれたらと期待をする自分と、平和に終わってよかったと安心した自分がいた。
他者がそこに加わるだけで二人だけならなんとかなっていたのに致命傷に、なんてことになってしまう可能性もあるからだ。
「押切、僕は市販のチョコをそのまま渡すだけ、それでもいいなら」
「うん、それで十分だよ」
「分かった」
なるほどという気持ちになった。
意識をしていていたわけではない、作れないから買って渡していただけだけどそういうところからも差ができていたということだ。
チョコをあげることが全てではなくてもいいイベントだからこそ普段よりも影響を受けるわけで、姉は昔から頑張っていたことになるから当然なのだ。
「じゃ、紫月は返してもらうからね」
「うん、紫月ちゃんありがとう」
「うん、また用があったら誘って」
「分かった」
こちらの手を握って歩き出した姉は教室までは戻らずに中途半端なところで足を止めた。
こちらの手を離すと腕を組んでこちらを少し怒ったような顔で見てきた、理由を聞きたいから黙って待つ。
「どういうつもりなんだろうね」
「僕とも関わることで五月と安定して一緒にいられるようにしたいのかも」
「まあ、別にそれはいいけどさ、なんで急に紫月に……ってなるのか分からないんだよ」
「これまで知らなかったからだと思う、でも、どうせすぐに終わるから大丈夫」
僕的には関係が長くなることを期待しているけど、期待をしたからといって続くというわけではないことを分かっている。
多くを望むことはせずに想像、妄想でもして過ごしているぐらいが丁度いい、それでたまに来てくれた姉や奏といられればそれでいい――という答えをこの前出した気がするけど変わっていないということだ。
「お、終わる……とは?」
「長続きしたことがないから、一ヶ月も持つか分からない」
「そっか、ただ、今回は私の勘だけどそうはならないと思う」
「五月は信じる」
時間も時間だから別れて教室に戻った。
この教室に奏がいなかった場合を想像してみたけど、いまだけは特に変わらなかった。
「はい」
「ありがとうっ」
これで今日、やらなければならないことは終わった、あとは放課後まで授業を受けたり休んだりして過ごすだけだ。
またちらりと見てみると奏がどこかに行こうとしているところだった、もしかしたら約束をしている相手がいるのかもしれない。
「や、こっちを見てどうしたの?」
「なんだ、他の子と約束をしていると思ったのに」
「ないよ、だけど早く紫月や五月がくれたチョコを食べたいかな」
「ここで固まっている押切からは貰わなかったの?」
「え? うん、僕なんてそんなものだよ」
彼は頬を掻きつつ「僕にくれるのは岩崎姉妹ぐらいだよ」と、これも分かりやすい僕の失敗だった。
仮に渡す気だった場合はやりにくくしてしまったことになる、とはいえ、表で謝ると余計に面倒くさいことになるかもしれないから内でだけ謝っておく、ごめん押切。
「ちょっと歩かない?」
「分かった」
最近はこういうことも増えた、みんな廊下が好きになったらしい。
教室と比べれば人もいなくて冷える場所だけど静かだからいいのかもしれない、言いたいことがちゃんと伝わらないなんてこともないだろう。
「今日の放課後、僕の家に来てよ」
「うん」
「ゲームをやろうよゲーム、最近は紫月、来ていなかったからさ」
「うん」
ゲームか、色々あって忘れていたけど冒険途中だったデータのことを思い出した。
でも、彼から誘われなければお家に上がることなんてしていなかったから仕方がない面もある、彼からしても勘違いをしてほいほいお家に来るような人間ではなくてよかったことだろう。
「ちょ、なんでそんなに適当な感じ……」
「え? 別に嫌じゃないからうんと答えているだけだけど、僕は――」
「そ、それ、私も参加していい?」
「押切? 奏、どうする?」
え、なんでこんな微妙な空気になってしまっているのだろうか。
ついつい余計なことを言ってしまう僕であっても基本はこれだ、無理なら無理、大丈夫ならうんと答えているというだけのこと、ずっと前から一緒にいる彼はそれを分かっているはずなのによく分からない反応だ。
分からないことがどんどん出てくるというのは退屈にならなくていいけど、相手が押切の場合とかよりも困ってしまう。
「ふぅ、大丈夫だよ、三人でできるゲームもあるからみんなで遊ぼう」
「ありがとう、紫月ちゃんもよろしくね」
「うん」
押切はそれで戻っていった、普通はこれで終わるはずなのだ。
変な空気にしてくれた奏を見る、すると少しだけ情けなくも見える顔で「さ、さっきのは紫月にも原因があるんだよ?」と人のせいにしてくれた。
「断ったわけでもないのにあんな反応をする必要はない、この前といい奏はおかしい」
「うっ、真っすぐに言うなぁ」
「しかも今回は僕なんだからいつも通りでいい」
「それはそうだけど……」
「大丈夫、お休みのときに五月なら付き合ってくれる」
今日遊ぶことで誘えそうだったらその日に遊ぼうと決めた。
家で母とお喋りをするとか部屋のお掃除をするのも悪くはないけど、お友達と遊べた方が学生らしい気がするからそうする。
だからといって色々と勘違いをして調子に乗らないようにしなければならないことには変わらない、押切がちゃんと止めてくれるとありがたかった。
「それってもちろん、紫月も付き合ってくれるんだよね?」
「ん? なにかおかしい、五月とお出かけがしたいんじゃないの?」
僕とだけで問題ないなら先程あんな反応をする必要はないからこれはおかしなことを聞いてしまったことになる。
「五月とどこかに遊びに行きたいという気持ちはあるよ? でも、三人がいいんだ」
「五月がいいって言えば大丈夫」
「そっか、なんかいまからわくわくしてきたよ」
「僕のターン?」
「え?」
ここで真顔で聞き返されるのは大ダメージだ、奏は酷い、なんていうのは冗談で結局、どちらかを優先しすぎない前のままの形に拘っているというだけだ。
こんなことを言っておいてあれだけど自分のことですぐに勘違いをしたりするような人間ではなくてよかった、すぐに勘違いをする人間ならここまで生きてこられなかったと思う。
「いや、なんでもない、五月に言っておくから安心して」
「よろしくね、放課後もさ」
「さっきと違って楽しそう」
「それはそうだよ、あと、紫月の言う通りだったからね」
彼はうんうんと一人で頷いて「ちゃんと断ってくれる子だから紫月はあれでいいんだ」と呟くようにして吐いた。
「奏」
「なに?」
「ゲームでは負けない」
「はは、僕だって簡単に負けるつもりはないよ」
「だからゲームで勝たれても困る、奏はなにも分かっていない」
そういうところでぐらいはライバルでいたかった、意識を向けてほしかった。
双子、あくまで五月のおまけ、本当のことだけどなにもないまま終わらせたくはない。
でも、ここでゲームで、となるところが本当に僕らしかった。
「押切のことを忘れて熱中しすぎてしまうかもしれないからそのときは奏が止めて」
「了解、僕も気を付けないと」
「あと、別になにもないだろうけどリビングの方がいい」
「最初からそのつもりだよ? 部屋にテレビはあるけど持っていくのは面倒くさいしね」
「うん、それがいい」
部屋に入れるのは親しい相手だけに限定した方がいい……というのは少しあれで、やはり僕の中では姉を~という考えが強く存在しているからだった。
そういうつもりはなくても部活がある姉からすればこそこそしているようなもの、どれぐらい影響を受けるのかが分からないから難しい。
なにもないなら集中力の低下から怪我になんてこともないからいいけど、逆にあった場合は怖いから。
「奏――ぶぇ」
「紫月ぎゅー! うん、やっぱり一日に三回はこれをしないとね!」
全く気が付かなかった、押切が去る前からいたのだろうか。
隠すつもりなんて全くないから気になるなら普通に話しかけてきてほしい、だって信じてもらえていないようで気になる。
姉が相手なら彼の場合や押切の場合とは変わってきてしまう、考えるだけの人間だから尚更そういうことになる。
「もしかして少し前からいた? 奏は知っていた?」
「うん、柱の陰に隠れていたけど来ないから言わなかったんだ」
「……意地が悪い」
「ごめん、だけど悪いことをしようとしているわけじゃないから許してよ」
メリットもないからそれはそうだろうけどやられた側としては……。
「もう、押切さんも奏くんも積極的に紫月を連れ出すから困るよ」
「最近はよく来るようになったね」
「え、これまでもそうだったでしょ」
「少し違った、紫月のところによく行くようになったね」
「だから、それも同じだって」
順番がどうであれ、そこまで放置をされていなかったこともまた事実だ。
「ところで紫月、来年は手作りをしてもらうからね」
「無理」
「手伝うから頑張ろうよー」
無理なものは無理だ、そしてやる前から諦めてしまっているわけではない。
過去に挑戦をして美味しくない物を作ってしまってからやる必要はないと諦めた、市販の物が既に美味しいから求められたらそれをあげればいいと片付けた。
これも相手が姉なら尚更のことだ、だから頼まれても変わらない点だと言えた。
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