03話
「五月がいなくて残念だったね」
「去年もそうだったからなんにも変わらない、クリスマスに一緒に過ごせただけで満足している」
「僕は今年こそはって考えていたんだけどなぁ、友達が多いとこういうときには大変だ」
ちなみにこれは二度目だ、一度目は家から離れるときだった。
奏にとって五月の存在が初めて絶対に必要となった日となる、一月から十二月最終日の今日までこんなことはなかったのにどうしたのだろうか、そして本命がいないにも関わらず出てきた理由は? 別にこれはこちらがわがままを言った結果ではない。
毎年、誘ってくるから参加しているだけで行くことになってもそのまま朝まで寝ることになっても構わなかった、だから特に不満があるわけではないけど引っかかるのだ。
「四月になったら僕らももう二年生だ、あんまりゆっくりもしていられないんだよ」
「ゆっくりでいい、焦ると駄目になる」
「でも、五月は普段、部活動があるし……」
「奏らしくない、深呼吸でもして落ち着いた方がいい」
「……いつも一緒にいられる紫月には僕の気持ちなんか分からないよ」
家でということならその通り、だけど学校では姉が来たときぐらいしか一緒にいられていないからよく分からなかった。
こちらも奏もそう変わらない、だけどそんな言葉が口から出てきてしまうのは要は意識をしているかどうか、というところか。
「ごめん、やっぱり帰るよ」
「分かった」
どうせ出てきているのであれば年が変わるまで待とうと決めた。
近くに設置してあった自動販売機で温かい飲み物を買ってちびちびと飲んで過ごす、なるほど、コーヒーもたまには悪くない。
あくまでいつも通り、僕らしく時間つぶしをしていたときのこと、やたらと大きい足音が聞こえてきて流石に怖くなった。
「紫月っ」
「わぷっ、お友達は?」
これだ、これが姉の好きなところであり嫌なところでもある。
約束をしているのであれば最後まで付き合ってあげてほしかった、なにより中途半端なことばかりをしているとお友達が側から消えかねない。
ふと、こうしてすっぽかしたりしていたわけでもなかったのにどうして自分の側からお友達が消えてしまったのかという考えが出てきてしまったものの、いまは関係ないということですぐに捨てた。
そうでなくても奏関連のことで絡まれていたりしているわけだから気を付けてほしい、外にいるのは僕がそうしようと選択をした結果なのだから気にする必要はないのだ。
「そんなことより紫月だよっ」
「しー怒られちゃう」
「ふぅ、そうだね、落ち着くよ」
姉はこちらを離してから「奏くんから連絡がきてね、そのままにしておくことは無理だったんだよ」と教えてくれた。
「今日は余裕がなかった」
「珍しいね、紫月がいるときなら頑張って合わせようとするのが奏くんなのに」
「五月とどうしても一緒に過ごしたかったみたい」
今更はっとなっても遅い、もう少しぐらい合わせておけば少なくとも急に帰るなんてことにはなっていなかったと思う。
大晦日に一緒に過ごすことは無理でも明日から頑張ろうとなれたかもしれない、これは分かりやすい僕のミスだ。
「その割には一度も誘ってきていなかったけどね、ま、当日になって友達と過ごしてくると言った私も悪いんだけど」
「悪くなんかはない、誰と過ごそうがそんなのは五月の自由」
「はは、紫月は優しいね」
そのまま黙ってしまったからコーヒーを飲むことで意識を違うところにやっていた。
それでもあっという間に終わりがくるということで空き缶を捨てて姉の手を掴んで歩き出した。
新しい年を迎えるだけならなにも外にいる必要はない、帰っている途中で迎えてそのままおやすみという流れが一番だろう。
「あ、過ぎてた」
「今年もよろしく」
「うん、よろしく……っと、ちょっと奏くんのところに行ってくるね」
「分かった、気を付けて」
「はは、大丈夫だよ、終わったら紫月の部屋に行くからそのつもりでいてね」
頷くと手を振ってから姉は走っていった、僕の方は家の鍵を開けて部屋に向かう。
そのまま寝ようとしてコーヒーのことを思い出して洗面所に移動したら、
「紫月か」
「お父さん?」
何故かこんな時間にお風呂に入っていて驚いた。
「今日は飲み過ぎて吐いてな……」
「珍しい、嫌なことでもあったの?」
食事と入浴が終わったらすぐに部屋に戻ったから外に出るまでの間の父がどうしていたのかをこの目で見てはいない、出ることになったときに珍しくリビングの電気が点いているとは気にししつつも顔を見せなかった結果がこれだ。
「違う、ただ調子に乗って普段よりも飲んでいたらやらかしただけだ」
「ふふ、お父さんでも浮かれてしまうときがある」
「そういう点は奏と変わらないからな、もうおっさんなのにそれじゃあ駄目だけどさ」
お、今日は表情が柔らかいし、よく喋ってくれる、普段は基本的に母任せの人で働くことに集中しているから新鮮だった。
「奏は今日、駄目だった、五月がいないことをやたらと気にしていた」
「そうか、でも、よく我慢をした方だ」
「やっぱりそういうこと?」
「去年だって無理だったのに今年、あ、去年だけは拘ったのならそういうことだろ」
今度分からないことがあったら父にも聞いてもらおうと決める、それこそ自分一人で考えるよりも母とお付き合いから結婚となった父の方が分かっているからだ。
ただ、そのためには遅い時間まで起きていなければならない、休日はもちろんあるけど休んでもらいたいからそういうことになる。
「奏は途中で帰った」
「それは紫月がいつも通りに返しすぎてしまったからじゃないか?」
「焦ると駄目になると言ったら僕の気持ちなんか分からないって」
「はは、正しいからこそ苦しくなるときもあるからな」
とりあえず奏のことよりも歯を磨いていつでも戻れるようにした。
「それで五月がいないのは奏のところに行ったからか?」
「うん」
「もし五月が来ていなかったら紫月はどうした?」
「普通に帰って寝るだけ、コーヒーを買って飲んだからここに歯を磨きにきただけだよ」
「はは、そうか」
もう寝るということだったから挨拶をして別れた。
結局、朝になっても五月が部屋に来ることはなかった。
「五月、帰ってきた?」
「まだだよ、でも、『奏くんの家に泊まるね!』というメッセージが真夜中にきていたからその点は安心できるけどね」
「仲のいい男の子のお家でお泊まり、これはもう決まったようなもの」
やっとか、これで余計なことを言いたくなる機会も減って無駄に嫌われる可能性も低くなるわけだ。
関係ないのにこれほど嬉しいことはなかった、部屋に行くと言っていたのにすっぽかした点はちょっとあれだけどそこも姉らしい。
「あらやだ、紫月ちゃんってそういう妄想もするのね」
「する、五月と奏の関係なら尚更のこと」
「でも、そういうのではないんじゃないかなぁってお母さんは考えちゃうの」
「お父さんはそういうものだって言っていた」
「みんながみんな、恋に生きるわけじゃないからね。お父さんなんて学生時代はほんの些細なことで『俺に気があるんじゃないか!?』なんて盛り上がっていて困ったよ」
それならいまの真顔が多い状態は無理やり抑え込もうとした結果なのだろうか? もう少しぐらいは出してほしいところだ。
家族にぐらいはいいだろう、そのことでちくりと言葉で刺すのは母しかいない。
「ただいまー」
「いますぐに分かる、五月と奏は変わったということを」
「ふふ、紫月ちゃんが珍しくハイテンションだ」
姉は逃げ隠れたりもせずに堂々とリビングに入ってきた、それからソファにどかっと座って「疲れたー」と口にする。
立っていた僕に手招きをして座るように誘ってきた、大人しく言うことを聞いたらぎゅっと抱きしめられて困惑する。
「もうね、奏くんの相手をするのは当分の間はいいかな」
「おめでと」
「ん? ああ、そういうのじゃないよ、気になるなら行ってきたらいいよ」
そこでも堂々と、ということか、なら行って確認をしてこよう。
「うわ、五月の言う通りだった……」
「おめでと」
「違うよ、泊まることになったことを言っているんだろうけどずっと話を聞いてもらっていたんだ、僕は付き合ってくれた紫月に八つ当たりをしてしまう最低人間だとね……」
「五月も奏も素直じゃない、別に隠さなくてもいい」
「本当のことだよ、とりあえず紫月達の家に行こうか」
元々、お正月ということもあって長くいるつもりはなかったからありがたい。
僕が来たことによってまた自然と姉といられるということでテンションが上がっているに違いない、分かりやすく役立てたということだ。
邪魔をするのも違うからすぐに部屋に戻った、夜更かしをしていたのもあって少し眠たいことも影響している。
「紫月ちゃん、お母さんの相手をしてください」
「一緒にお昼寝をしよ」
「まだ朝だけどいいかもね――ん? 寂しいんだね」
「なんの話か分からない」
こればかりは本当によく分からなかった、あのとき姉にしたみたいに抱きしめたわけでもないのに唐突にこれだからだ。
「紫月っ、なんで奏くんを連れてきたのっ」
「わっ、びっくりした……」
「なんでお母さんが紫月のベッドで寝ているの? じゃなくて、奏くんを連れてきたのならちゃんと相手をしなさいっ」
「だって、残念だけどお昼寝は無理みたいだね」
「なんで素直になれないんだろう」
仕方がない、関係が変わったばかりで落ち着かないのだと片付ける。
一階に戻るとやたらと弱った奏と父がいた、父の方は気にした様子もなく「おはよう」と挨拶をしてくれたから返しておいた。
「五月と奏が騒がしくしてごめん」
「これぐらい元気でいてくれた方がいい、もっとも、奏の方はやたらと弱っているけど」
「多分、積極的な五月に負けたんだと思う」
欲に負けてしまうぐらいには奏が魅力的だったということだ。
「五月はそういうタイプだからな、母さんの分身みたいなものだ」
「お母さんも積極的だった?」
「……思い出すだけで震えてくるよ」
こんな顔をするのも珍しい。
初日として悪くない流れだった。
「ねえ紫月、明日からまた部活が始まるから休みの内に遊びに行こうよ――って、なにその顔はっ」
「なんであれから奏と過ごしていない?」
「だからそれは紫月の勘違いだってっ」
いいか、他に約束があったのにすっぽかしてこちらに来ているわけではないのだから。
特に必要もないけど着替える、それからお財布なんかを持って家をあとにした。
「はい、手を握っててあげまちゅからね~」
「なんかハイテンション」
こうして手を繋いで歩くのは久しぶりで少し緊張している自分がいる、あとは他の子にもしているだろうからそのことが気になる。
積極的に奏とくっつけようとしている自分が言うのもおかしい、けど、それとこれとは別と叫ぶ自分もいるのだ。
「ま、紫月が付き合ってくれて嬉しいのはあるよ」
「よく分からない、僕だったら毎回断らずに付き合っている」
「まあまあ、素直に受け取りなさいな」
ふぅ、奏ではない子でもいいからいきなりやって来て姉を連れ去ってくれないだろうか。
こういうところだ、こういうところが昔と違うから素直に楽しめないでいる。
「お、たい焼きだって、買って食べようか」
「半分ずつがいい、すぐにお腹いっぱいになったら五月といられているのにもったいない」
「ふふ、嬉しいことを言ってくれるね、よし、ここは私がお金を出そう」
この場合は受け取ってくれないから帰ったら部屋にお金を置こうと決めた。
流石にその状態から叩き返してくるような姉ではない、だから気にせずに受け取って食べることができる。
「はい、半分どうぞ」
「ありがと」
「あむっ、んーあんこが甘くて美味しいっ――ん? そんなにじっと見てどうしたの?」
「なんでもない、五月が言うように美味しい」
「今日はお姉ちゃんって呼んでほしいなぁ」
お姉ちゃんだろうと五月だろうと姉は姉だ、でも、そうしてほしいということなら特に拘りもないから変えればいい。
食べ終えたらまた歩き始めた、目的地なんかはないから姉が気になったところにどんどん寄って行く。
すごかった点は割といいぐらいの時間が経過しても姉のテンションがそのままだったことだ、多分、奏でもできないことだと思う。
「あ、岩崎さんだ」
「うわ――あ、こほんこほん、こんなたまたまがあるんだね」
この子が奏とのことで突っかかってきた子だろう、ただ、姉も姉で分かりやすく態度に出してしまっていそうだった。
完璧に抑え込むことは僕でもできないからあまり偉そうには言えないけど、相手によって分かりやすく変えるのも危険だけどタイプによって変えた方がいいこともある。
仲がいい相手なら多少は本当のところを出しても平和なままだとしてもそうでもないなら頑張るしかない。
「いま露骨に嫌そうな顔をしたよね?」
「していないよ、それで今日はなんの用?」
「今日は田藤君といないんだね」
「うん、妹とデート、だからね」
「ああ、そういえば双子だとかそんなことも……」
じろっと見られて少し固まる。
「って、岩崎さんと違って可愛いっ」
「はあ!?」
「名前はっ?」
「し、紫月、紫に月」
これは……素直になれていないだけ? それとも、知らなかっただけだろうか。
そして可愛くないと言われたようなものだから仕方がないかもしれないけど姉は冷静に対応できていない、感情的になってしまったら疲れてしまう。
「そうなんだっ、私は――あ、なんで邪魔をするのっ」
「聞いていなかった? デート中なの、邪魔をしないでくれる?」
ただ、ここに奏がいたらもっと面倒くさいことになっていたはずだから今回はこれでいいのかもしれない、何故ならいきなり変わりすぎても絡んでくる人間というのはいるからだ。
「はぁ、見た目も性格もよくないなんてね……」
「こら、五月のことを悪く言わないで」
とかなんとか考えつつ、いまの発言を聞かなかったままにしておくことはできなかった。
子どもだ、それこそこちらの方が敵を作ってしまう可能性の方が高い、お友達が残ってくれなかったのもこういうところからきているのかもしれないという考えになる。
「わっ、ご、ごめんなさい」
「わ、分かってくれればいい」
「ふふ、お姉ちゃんが好きなんだね?」
「うん、大好き」
「「ぐはあっ!?」」
完全に子ども扱いをされていることが分かって一人歩くことにした。
途中、たこ焼き屋さんがあったから一つ買って食べ、
「あむ、んーたこ焼きも美味しいっ」
総合的に見れば落ち着きがない姉を睨む。
「はい、お金ならちゃんと払うから」
「お金の問題じゃない」
熱々だし、爪楊枝は先端が尖っているため先程みたいな食べ方をしたら危ない。
ふざけたばかりに怪我をして後悔するのは姉だ、気を付けてもらいたい。
それに最初から独り占めをしようだなんて考えていなかった、何故なら一人で歩き出してもあくまで姉が来てくれる前提で動いていたからだ。
「じゃあなにが理由で私は睨まれたの?」
「別に、半分あげる」
「つ、繋がっていないけどあ、ありがとう」
正直、たい焼きとたこ焼き三つで十分なのもあった、それなりに値段がするから食べてくれるというのならありがたい。
「あの子は?」
「もう帰ったよ、学校が始まったら紫月のところに行くって言っていたけど断ってきた」
「僕なら大丈夫、多分、根は悪い子じゃない」
五月という共通のお友達がいてくれればずっと離れずにいてくれるかもしれない。
なにも二十四時間一緒にいたいとは考えていないし、学校のときだって毎時間一緒んいいたいわけではない、たまにだけでもいいからお喋りをすることができればそれでいいのだ。
という考えでいたのに残ってもらえなかったということはまた考えるだけで終わっていたということなのだろうか? 無自覚に求めすぎてしまっていたのであればそれはもう反省するしかない。
「それは私も分かっているけど余計な一言が多いんだよねあの子」
「それは五月も同じ」
「えぇ……」
偉そうに上から物を言うのはここまでにして空容器を捨ててから姉に意識を向けた。
「三人で仲良くなりたい」
「うっ、紫月にそう言われたら……」
「どうしようもなくなったら五月に頼むからそのつもりでいてほしい」
さ、まだまだ見て回ろう。
少なくとも午前中は全部、姉とお出かけする時間にしたかった。
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