02話
「クリスマス」
「うん、さっきも聞いたし、いまお買い物をしようとしているところだからね」
「奏は僕達と過ごすことになっていいの? いつものあの子とはなにもないの?」
「はは、クリスマスに過ごすような仲じゃないよ、それにそれは逆に聞きたいことだよ」
彼は少し前で足を止めてから「岩崎姉妹は僕でよかったの?」と言ってきた。
先に誘ったのは姉だけど僕も最初から誘うつもりだった、ずっと昔から一緒に過ごしているのだから僕達姉妹にとっては当たり前のことだ。
「お母さんもお父さんもいないけどいっぱい食べる」
「そっか、デートかー」
「デート? 異性と一緒にいることがそれに該当するなら僕達もそうなってしまう」
姉がいない理由は普段よりは少ないとはいえ、部活があるからだ。
だからそんなときにこんなことを言うのは少しあれだけど、なんでもデートと捉えるのはよくないと思う、ただ仲良く食事をするというだけのことだ。
「僕と紫月の場合は違うかな、だって友達としては好きでも特別な意味で好きというわけではないでしょ?」
「うん」
「そこがあの二人とは違うよ」
でも、彼の中ではもうそう決まっているらしく、変わったりはしなかった。
言い争いになっても馬鹿らしいからこれ以上は押し付けないようにする、スーパーに着いたというのもあった。
「クリスマスプレ――ん? なんでいまびくっとなったの?」
「……実は用意できていない、お金がなかった」
姉と甘い物を食べに行ったり、一人でいるときについついお菓子を買ったりした結果、百円くらいしか残っていない。
それでも百円で買える物もあると探し始めた自分、けど、がっかりしたような表情を浮かべる二人が容易に想像することができてやめたのだ。
物を渡してそんな顔をされるぐらいなら渡さずに同じ顔をされた方がいいというそれ、メンタルがそう強いわけではないから自分で自分を守らなければならない。
「あちゃあ、だけど安心してよ、僕はちゃんと二人のために買ってあるから」
「ん? それで安心はできないけど」
「気にしなくていいってことだよ、僕と過ごしてくれるだけで十分さ」
「そっか、そもそも最初から奏には必要なかった」
「えぇ」
食べ物のお金はこちらの親が出してくれているわけだからそういうことになる。
まあ、ちゃんと考えてお金を使わなかった自分が一番悪いものの、姉だけのことを考えればもう少しぐらいはなんとかできたかもしれないのだ。
今更気づいてももう遅いというやつで諦めるしかなかったけど、そこは食べ物選びを頑張ることで少しでも姉のためになろうとした。
「寒いね、紫月は大丈夫?」
「うん」
「それでもすぐに帰ろう、風邪を引いてしまったら冬休みを楽しめないからね」
「あ」
これも本当に今更だ、少なくとも十二月まで時間が経過した際に聞くことではない。
「うん?」
「そういえば奏はなんで部活に入らなかった?」
「あー単純にやる気、かな」
なるほど、これは嘘だ、嘘をつくときはすぐに違うところを見ようとするからよく分かるのだ、隠したいなにかがあるということだ。
「家に着いたら先に食べたい」
「それは五月が可哀想だよ」
「奏は共犯」
我慢、できるだろうか? ちゃんと我慢をできる人間ならいまみたいにはなっていない。
とはいえ、美味しい食べ物が目の前にあって、手を伸ばせば食べられるという状態で待つことになるなんてはっきり言って地獄だ、学校なんかよりもよっぽどやばい環境ということになる。
「駄目です、許可できません」
「ふふ、嘘だよ」
「もう……」
なんて、先に食べるわけがないだろう。
「奏がいてくれてよかった、五月の存在が大きいけど奏も似たような感じ」
「五月と似たようなというのは言いすぎじゃないかな」
「なんで? 僕は本当にそう思っているけど」
「す、少なくとも今日、そういうことを言うのはやめてほしい」
「嫌なら言わないけど」
マイナス、悪口を言われているわけでもないのに何故気にするのか、それとも、お世辞でもそのまま信じて喜んでしまうこちらが幼いだけなのだろうか?
幼馴染的とは言ったけど間違いなく幼馴染のわけで、これだけ一緒にいるのに奏のことをほとんど知らないのだと分かった一件だった。
「そういうことか」
「ど、どうしたの?」
「誰が発言したのかで影響力というのは変わるもの」
内容が問題ではなかった、僕からそういうことは求めていないということだ。
答えを出した後でないと気づけないというところが悔しい。
「待って待って、別に嫌とかじゃないんだよ。でも、今日はクリスマスだからさ」
「それなら色々と事実を言うことが僕からのクリスマスプレゼントということで」
「や、やめてよ」
中々、上手くいかない。
ただ、一緒に過ごしてくれているということはそれだけチャンスがあるということだから一度ぐらいは活かしたかった。
彼でも姉でも変わらない、自分がなにかをした際にまたあの柔らかい笑みを浮かべてほしいかった。
「ぷはぁ、食べ物最高! 飲み物最高!」
「五月、すぐに寝転んだらまた――」
「言わないで! クリスマスぐらいいいでしょ!」
「でも、紫月が苦しそうだからさ」
「あれま、紫月ちゃんは私の下にいたんですねー」
美味しい食べ物が食べられて喜んでいるだけの姉ではない。
とりあえずどいてくれたから姉の横に正座する、すると気になったのか「どったの?」と聞いてきてくれたからはっきりとぶつけた。
「ああ、単純に楽しいだけ――奏くん関連で気になることがあるだけだよ」
「僕?」
「うんまあ、奏くんと過ごすって情報がどこかから耳に入ったみたいでさ、なんかちくちく言葉で刺してきてねー」
こちらにはなにもなかった、つまりノーカウント扱いというわけだ。
楽でいいけど少し気になるところではある、姉にばかりぶつかろうとするのは何故だ。
「え、ということは僕って人気、なのかな?」
「えぇ、そこは表面上だけでも私の心配をしてよ」
「五月なら大丈夫だよ、でも、本当に無理だったら言ってよ、ちゃんと動くから」
「頼むよー」
って、また悪い癖が出ている、姉にぶつかったのは同じ部活だからだ。
多分、こちらのことを知っていれば姉よりも余裕そうだと考えて突っかかってくるはず、もちろんその場合は奏を召喚することなくやり切っていた。
毎年過ごしているという事実を吐くだけでいい、ふふ。
「よし、じゃあ落ち着いたところではい、クリスマスプレゼント」
「お、今年はなにかなー? ん……? こ、これは……欲しいと言っていたワイヤレスヘッドホン! って、返せないよこのレベルは……」
「気にしなくていいよ。さ、紫月も見てよ」
「やめておく、なんか怖くなってきた」
高い物をあげたみたいだから見る気がなくなった、値段差云々はどうでもよかった、僕が気にしているのは奏の人間性だ。
「露骨に差を作っていたりしないからね」
「これは一生、見ないでおく」
「えー……」
「じゃあ私が見ちゃおー……ぉお? ふっ、珍しく怖い顔をしているね?」
「駄目、見たら怒る」
というか、露骨な差があってほしかった、もう高校生になったということでそこまで余裕を持っていられないということで焦ってもらいたかった。
どちらにとってもあるのかどうか本当のところが分かっていないのにすぐにこういう思考でいて申し訳ないけど、僕は姉の相手が奏であってほしいと思うからやめるのは無理だ。
「分かった分かった、じゃあ落ち着いて中身を見たら教えてね」
「うん、それは守る」
使用した食器なんかを洗ってから戻ってくるといちゃいちゃしている二人が、なんてことにはならずにただ姉の方は寝ているだけだった。
「誰かに連絡?」
「ううん、五月が寝てしまってやることがないから見ていただけだよ」
「そっか、あ、言い忘れていたけど一緒に過ごしてくれて、プレゼントをくれてありがと」
「いいんだよ、はい、ここに座って?」
「うん」
でも、どうしてソファがあるのにそこに座らないのだろうか、少しでも姉の近くにいたいということなら僕にとっていいことだけど。
「あ、先に五月にお布団を掛けないと」
「ごめん、僕が動いておくべきだったね」
「別に奏が謝る必要はない、ちょっと待ってて」
客間に移動してお布団を引っ張り出す、本当は単体で使用する物ではないけど効果が高いから気にしなくていいだろう。
すやすや寝ている姉が苦しくならないように掛けて改めて奏の横に座る、前にお風呂に入れるようにボタンを押してきた。
「いつもお母さんがやってくれるから気にならなかったけどやることが結構多くて大変」
「お疲れ様」
「うん」
それよりもう結構いい時間なのに両親が帰ってこないのは何故なのかとそわそわしていると奏が「大丈夫だよ」と言ってくれたけど、正直、ちゃんと顔を見ることができるまでは安心できない。
積極的にとまではいかなくても普段は寄り道をしたりして遅い時間に帰るのは自分の方なのにこれだから困る、大人にも自由な時間がなければならないというのに。
「はっ、帰ってきたっ」
玄関までダッシュで向かうとがちゃりと扉が開けられる、それからすぐに求めていた顔が見ることができておかえり! とついハイテンションになってしまった。
母は特に驚いた様子もなく「ただいまー」と緩い感じ、父は「元気だな」といつもの真顔だった。
「あらら、五月ちゃんは寝ちゃっているんだね」
「うん、ご飯を食べてすぐに寝た」
今日も部活があったのだから仕方がない、部活があるとはいえ明日から冬休みなのだから好きなだけ寝てくれればいい。
母がいないときぐらいはこちらが動く、少しでも家では休んでもらいたかった。
「なんか変なのがいるな」
「ははは、お邪魔しています」
「冗談だ、ゆっくりしていけばいい」
「もうお父さん……」
「じょ、冗談だと言っただろう」
本当は一番に姉に入ってもらいたかったけど起こすのも可哀想だから両親に先に入ってもらうことにした、僕達はその間にゆっくりとお喋り……とはならなかった。
「今日も楽しかったよ」
「なんで急いで帰る?」
「流石にあれ以上は残れないよ」
そわそわした自分が言うのも微妙なものの、まだ二十時にもなっていないのにあれ以上残れないと言われても……。
姉が寝てしまったからという風にしか見られない、彼が悪いわけでもないけどその選択をされた側としては複雑な気分になる。
「じゃ、風邪を引かないようにね、また行くから」
「……分かった」
「うん、おやすみ」
留まっていてもなにかが変わるわけではないから家に戻った。
そのまま部屋にも戻って不貞寝をすることになったのだった。
「はれ……?」
体を起こしてみても変わらない、端から端まで闇に染まっている――などとふざけるのもやめてとりあえず紫月の部屋に行くことにした。
「紫月ー?」
「……起きてる」
「おお、起きてくれていたか」
電気を点けると私にとっても紫月にとっても目がやられるからやめておく。
廊下の明かりで十分だというのもあった、そのままベッドの端に座らせてもらう。
「奏はあの後、すぐに帰った」
「だろうね、あんまり長くいる子じゃないからね」
「今日の奏は露骨だった」
「そういうのじゃないよ」
と答えつつ、起きているのに電気を点けていなかった理由はそれかぁと内で呟く。
ただ、露骨な差を作られたくないというのは誰だって同じだ、奏くんが悪いわけでも紫月が悪いわけでもない。
でもね、残念ながら疲れた体で、暖かい空間で、美味しい食べ物を食べたら眠気がやってきてしまったのだ、あのまま耐えて起き続けておくことはできなかった。
私が起きていたらどうなっていたのかは正直、分からないけど、こうして紫月が拗ねてしまうようなこともなかったのかなと考える。
「今日は五月と寝たい」
「じゃあ冷えちゃうかもしれないけど洗面所にいてよ、お風呂に入らなきゃ」
「僕もまだ入っていないから一緒に入る」
「あ、そうなの? じゃあ一緒に入ろう」
もうお肉についてはずっと前からあるわけだから一緒に入ることになっても問題はない。
先に入らせて洗ってもらってから私も入った、その間、何故かじっと見られて問題もないはずなのに困ったけどね。
「ふぅ、少しぬるいね、追い炊きをしようか」
「うん」
元からいっぱい話すタイプではないけどなんか静かな感じだ。
珍しく私の方もそう、でも、気まずいわけでもない。
「奏にちゃんと相手をしてもらいたい?」
「さっきは気になったけど今日みたいな感じでいい」
あれ、そっか、紫月はこういう考え方をする子か。
「本当はあんまり言わないようにしているけど今日は我慢をしないで言う、奏には五月の特別になってほしい」
「奏くんかぁ、それでも面白いだろうけどねぇ」
付き合ったときのことを考えないこともない、ふとしたときにもし〇〇だったらと想像することも多い、特に昔から一緒にいる異性である奏くんなら尚更のことだ。
だけど結局、毎回行きつく先はないないというそれ、だってこれまで本当にそれっぽいことが一度もなかったのだから仕方がないだろう。
そりゃ妄想でならいくらでも自由にできる、けど、現実で本人を目の前にしてしまえば踏み込もうとする自分は現れない。
男の子として見られないわけではない、優しいし、私からすれば格好いいし、何気に力強いからスペックが高い、いまから仲良くやろうと頑張る必要がないのも大きい。
でも、なんだろうね。
「いまのままの距離感が落ち着くのは分かっている、けど、頑張ればもっと楽しくなる」
「その場合、紫月はどうするの?」
別に紫月が一人になってしまうからとかで引っかかっているわけでもないというのにね。
「僕は見ておく、五月や奏が変な選択をしたらこらと叱る」
「はは、怖そう」
「でも、たまに」
というのは違うのかな、最近はこうして言い切らないことが増えて気になっている、無表情のように見えて顔に出やすいタイプだから気になるのだ。
「っくしゅっ」
「そろそろ出ようか」
「うん」
お互いにちゃんと拭いて冷えてしまわないように対策をする、もう寝るから歯を磨くことも忘れずにした。
二階に戻ってからどっちで寝るかということで少し話し合って紫月の部屋となった、昔は寂しがり屋でよく一緒に寝てほしいと頼まれていたから全く気にならない。
寝相が悪いわけでもないから朝まで平和なままでいられる、はずだった。
あ、いや、言い争いなどになったわけではないから平和なのは平和だけど、後ろから急にぎゅっと抱きしめられて姉なのに固まってしまったわけだ。
しかもそうしてくれた紫月は一人すやすやと気持ちよさそうに寝てしまっているという、明日だって部活があるのにこれでは本当によくない。
それでも起こしたくもないから頑張って寝た、多分、三時間ぐらいは寝られたと思う。
「紫月、もう部活に行く準備をしなければならないから起きて」
流石に朝になったら甘いままではいられない。
「……やだ、離したくない」
「帰ったらちゃんと相手をするから」
「ほんと……?」
「当たり前でしょ? 私達は家族なんだから」
そこで大人しく離してくれたからありがとうと言って夜とは違って少しはねている髪を撫でておいた。
ちなみに一つ言い訳をしておくと、夜に固まった理由は昔、女友達に贅肉を自由に背後から弄ばれたからだ。
酷いよね、しかも修学旅行のときだからね、嫌だと言ったのに全く言うことを聞いてくれないし、そのうえで自由にしてくれたわけだからね。
なら痩せろよという話ではあるものの、簡単に痩せられるのならこうはなっていないんですよということで変わらずにいる。
まあ、紫月がそんなことをしてくるとは考えていなかったけど、それだけ過去の経験が重かったということだ。
「お母さんおはよう」
「おはよう五月ちゃん」
うん、だけどダイエットとかはするつもりはないかな。
美味しい食べ物を美味しいと食べることができる自分が好きだ、自由に言われてもそこを変えるつもりはない。
太っているからという理由で友達の反応が変わるわけでもないし、誰かを振り向かせたいとかそういうこともないし、問題なく勉強や部活ができるレベルならそれでいい。
でも、もし誰かに恋をしたらこういうところも変わるのかなと考える自分もいる。
その場合なら変えることになっても嫌ではない。
「おはよう紫月ちゃん」
「うん、おはよ」
例えば紫月みたいに細かったら、それだけで反応が変わったりするのかな?
丸みがある場所がしゅっとなるわけだから分かりやすく変化する、決して美少女というわけでもないけどその場合なら……。
「五月が変な顔をしている」
「よ、余計なお世話だよ」
なーいない、やっぱりないよ。
自分関連のことで妄想をしたりするのはやめようと決めたのだった。
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