ぬいぐるみは死にたい

ノンギーる

ぬいぐるみは死にたがっている

「う、う、うっ…… 死にたい…… 死なせてぇ……」

 

 霊なんてものは一般人とって目に見えないし、感じ取れもしないものだ。

 ただことは皆知っているから、何か不思議なことがあれば俺みたいな霊媒師に相談に来る。


 だいたいは気のせいなんだけどな。

 人形やぬいぐるみ関連の相談なんて特にそうで、でもない限り、視たところで何の変哲もない物であることが多い。

 


 今回は幸運かはたまた不幸なことに、気のせいでも曰く付きでもない本物であった訳だが。



 ☆  ☆  ☆



 祖母の代から大事にしてきたぬいぐるみが最近心霊現象を起こしている。

 何か伝えたいことがあるかもしれないから、視てくれないだろうか?


 そういって依頼人が持ってきたぬいぐるみは、長い間使われ続けてきた道具がなりやすい怪異――付喪神になっていた。

 

 付喪神といえば一般的には百年経った道具がなるものとされている。

 ゆえに昔の人々は九十九年、つまり百年経って『九十九が神つくもがみ』になる前に道具を捨てたとか。長年使い続けてきた道具には愛着はあっただろうに、思い入れはあっただろうに。


 しかし魂を手に入れた道具が、付喪神が今まで通りの扱いを受け入れる保証はない。嫌がったら、もしくは今までの扱いを恨んでいたらどうなるか?


 厄介なことになる。そう、つまり今目の前にあるぬいぐるみのように。


 不幸そうなオーラを醸し出し、死にたいと呟くぬいぐるみ。

 洋服を着た少女? のぬいぐるみは、経年劣化と長年の補修でボロボロ…… ではなく、中々趣のある姿となったいた。

 だが流石に百年前のぬいぐるみではない。このぬいぐるみは『九十九が神』ではなく、長年大事にされてきたことで百年より早い年月で付喪神となったパターンだろう。


 それならどうしてこんなに死にたがっているのか、という疑問はひとまず置いとくとして。


 見たところ付喪神になったばかりで宿している霊力は弱く、些細な霊障さえ我慢できれば問題ないだろうが、今後力を増して依頼人に危害を加える可能性を考えるとした方が良い。


 どうやらこのぬいぐるみも死にたがっている様だし、供養寺にでも持ち込んで処分するよう勧めれば俺の仕事は終わりだな! 厄介事はそうそうに他人にぶん投げるに限る。


「そんな! この子は私たちの家族なんですよ!? 死にたがっているからって供養なんて、そんな残酷なことできません!!」


 ですよねぇ。

 祖母から親へ親から子へと受け継け継がれてきた大切なぬいぐるみなのだ、そう簡単に手放せるものなら付喪神になる前に処分されていただろう。


 ということでこれから俺のすることはこのまま依頼者を説得して供養させるか、それともぬいぐるみを説得して霊障を止めさせるか。

 どちらも面倒そうでやりたくないがこれも仕事である。

 

 とりあえず俺に気づいて期待の眼差しでこちらを見つめてくる人形と話をしてみるか。



 ☆  ☆  ☆



『こんな醜い姿で、生き恥を晒し続けるなんて耐えられません! お願いします! もう限界なんです! これ以上この姿を衆目に晒される前に、わたしを死なせてください!!』


 それは魂の叫びであった。嘘偽りのない心からの懇願であった。


 ぬいぐるみとはいえ少女なのだ。

 時代遅れの古臭い服装。劣化し薄汚れた肌、手術痕のような修理が何度も施された体。どんなに大事にされていても防げない年月の傷が彼女を死にたがるまで追い込んでいた。


 ただの人形であれば問題なかった。しかし彼女は付喪神になってしまった。


 魂を得てしまった。


 鏡に映った己の姿を見ることができるようになった。

 自分が一人で寂しくないよう置かれた他のぬいぐるみと、自分を比較出来るようになってしまった。

 

 人の言葉を理解できるようになってしまった。

 持ち主だけでなく、他者の自分への率直な評価を聞いてしまった。


 そこに悪意はなかった。だから持ち主を、他人を恨むことはできなかった。

 悪いのは……手間暇かけて大切に維持されてきた体を誇れず、受け入れられない醜い自分だけ。


 だから死にたい。死なせてくれ。


 と、付喪神になった少女のぬいぐるみは俺に頼み込む。

 彼女も必死だ。自殺しようにもぬいぐるみの身ではそれもできない。なんとか意思を伝えようとした結果起きた霊障で今俺と話せているとはいえ、ここで失敗したら彼女は死ぬことができず今後も依頼人の元で大事にされ続けることになるだろう。


 彼女にとってそれは死ぬより辛いことだ。

 今は我慢できているが、耐えきれなくなった時は依頼人を呪ってしまうかもしれない。今は些細な霊障でも時間が経ち百年、『九十九が神』になればその呪いは命を脅かすほどになる。


 俺としては仕事を受けた以上、それだけは防ぎたい。評判にも関わるしな。

 付喪神が死にたい事情は分かったことだし、後はそれを解消してやればいい。


 要は醜い姿が嫌だから死にたいだけで、美人になれるなら死ななくてもいいわけだ。

 

「事情は大体わかりました。どうやら私は勧めるべき場所を間違えていたようですね。このぬいぐるみに必要なのは供養ではなく……イメチェンです。腕の良い職人に頼んで美容整形しましょう!」



 ☆  ☆  ☆



 あれから暫くの月日が経ち、俺のスマホに一通のメールが送られてきた。

 それにはお礼の言葉と、綺麗に生まれ変わったぬいぐるみの少女の写真が添付されていた。

 どうやら無事人形の全体補修……ではなく美容整形手術は成功したらしい。心なしかぬいぐるみも嬉しそうである。

 

 長年連れ添ってきたぬいぐるみの姿かたちには愛着が、修繕の痕一つでも思い出がある。

 それを消すような手段を依頼人は最初嫌がっていたが、俺が美容整形を提案してから霊障が収まったことでぬいぐるみもそれを望んでいることを理解したらしく、最終的にはぬいぐるみの意思を優先したそうだ。


 ぬいぐるみが付喪神になって魂が宿った、というのも大きいのだろう。

 姿が変わっても中身があるのなら、姿と受け入れられたらしい。


 中身が一緒ならどんな姿になっても愛せる。これも長年連れ添った絆があるからなのだろうか。

 ま。俺が受けた依頼は霊障の解決である。霊障さえなくなれば後はどうでもいい。


 整形手術。要は体を切り刻んでパーツを取り換え、一部流用したり残したとはいえのだ。

 

 付喪神は、ぬいぐるみの少女に宿った魂は、いったいどこに宿っていたのか。

 ぬいぐるみのパーツはどこまでが付喪神で、どこまで失えば付喪神ではないのか。

 写真に写ったぬいぐるみは、今もまだ付喪神なのか、生きているのか死んでいるのか。


 付喪神の専門家でもない俺には理解できないことだ。

 興味もないしな。依頼も付喪神の願いもこれで終わったのだ、後は俺の知ったことではない。

 

  古い体の醜い付喪神は、その望み通り死んだのだから。

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