迎え火

秋田健次郎

迎え火

 迎え火の煙が天高く昇っていく。


 ご先祖様がこの煙にのって天国から我が家に帰ってくるらしい。


 天国というのはキリスト教のものなんだよと前に母が教えてくれたが、じゃあみんなどこから帰ってくるの? と聞いても答えてくれなかった。きっと天国みたいな素敵なところなのだろう。なんせ、あの優しいおじいちゃんが行ったところなのだから。


 素焼きの小さな皿の上で木の棒がぱちぱちと焼けている。たしかあの木はおがらという名前だったか。


 おばあちゃんがしわしわで柔らかい手を擦りながら


「お迎え申す。お迎え申す」


 と呟いている。乾いて血色の悪い唇はほとんど動いていないように見える。


 木の焼ける匂いは昔にした焼き芋のことを思い出させる。おじいちゃんもあの頃はまだ元気で背筋もしゃんとしていた。あれは確か幼稚園での交流会のときだったはずだ。当時のことはほとんど何も覚えていないけれど、その風景だけはやたらと鮮明に覚えていた。



 いつもは体操やおにごっこをしている運動場にその日は落ち葉を山盛りに積んで、そしてそれが静かに燻っていた。アルミホイルで包んださつまいもをみんなで投げ込む。煙だけはもくもく出ているのに炎はまるで見えないから、本当にお芋が焼けるのか不安だった。


 おじいちゃんが幼稚園にいるのはすごく不思議な感覚だった。幼稚園に入れる大人は先生かお母さんだけだと思っていたから。


 おじいちゃんの骨ばった手のひらを握りながら、ぼうっと煙を眺めていた。不思議と周りの話声が遠くなっていくような気がした。友達のお父さんの髪が金色だったり、先生がエプロンを付けていなかったり、そういう珍しいこともみんなぼやけていった。


 ふと、おじいちゃんが私に話しかける。


「誕生日は確か来週だったかな?」


 煙だけの世界で、その声ははっきりと私の耳に届いた。少ししゃがれたおじいちゃんの声だ。


「うん。そうだよ」


「だったらお誕生日プレゼントをしないとねえ。何か欲しいものはあるかい?」


「ぬいぐるみ!キティちゃんのやつ」


 以前母におねだりするも買ってもらえなかったそれを口にする。


「そうかい。そうかい」


 おじいちゃんの柔和な眉の形が浮かぶ。それを見ることは二度と叶わない。



「おじいちゃん。おかえり」


 私はあの時もらったぬいぐるみを抱きながら心の中で呟いた。純白だったキティちゃんのぬいぐるみは少し黒ずんでしまったが、それは私の愛だ。おじいちゃんへの愛。


「毎年お盆はそれを持ってくるわね」


「おじいちゃんから貰ったから」


「ちょっと汚れてない?」


「いいの。一緒に寝てるからだし」


「えっ、まだ一緒に寝てたの? 来年から大学生よ?」


「年齢は別に関係ないでしょ」


 親子の会話を聞きながらおばあちゃんは、黙って微笑んでいる。


 迎え火は小さくなっていき、今にも消えそうだ。


「ご先祖様もおじいちゃんもちゃんと来られたかな?」


「そうね。あんたのキティちゃんも目立つだろうし」


「ねえ!」


 母の二の腕を軽く叩いて、笑いあう。朗らかな陽ざしが私たちを包む。


「今日はおじいちゃんの好物だからね」


「本当? ホタルイカのやつ?」


「そうそう。準備手伝ってね」


 母とおばあちゃんが立ち上がって台所へ向かう。


 私はキティちゃんのぬいぐるみを縁側に座らせてから、二人についていった。

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迎え火 秋田健次郎 @akitakenzirou

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