第38話 恋ばなと夢の国8話

 無言を肯定と受け取ったのか、夕凪さんが話し始める。何時もの夕凪さんは、どこに行ったのだろうと言う位、口調も変わっていた。


「あのね、中1の時、付き合ってた人いたんだ」


 夕凪さんの顔には、懐かしさとか憧憬といった感じは見られず、ただ昔こういう事がありましたと言う様な事務的な報告の様な感じ。


「2つ上の先輩で、陸上部で凄くモテる人だったの」


 ただ淡々話す、ちょっとずつ進んでいく行列に合わせる様に。


「その頃、私、何にも知らない子だったし、後で聞いたんだけど、その先輩他にも付き合ってた子二人位いたみたい」

 それを聞いて、その時の僕の顔は凄く不機嫌そうに見えたらしい。


「夜空君、大丈夫?」


 心配そうな顔をする夕凪さんの顔を僕は見る事が出来ない。それ位、僕はムカついていた気がする。


「でもね、その頃の私は、格好良い先輩に告白されて、調子に乗ってて、ちーちゃんやひなっちの忠告なんて何も聞かなくて。」


「本当に二人とも心配してくれたのにね」


 その話をした時だけ軽く目を閉じて、その頃を懐かしむ様にみえた。


「そのうち、先輩の自宅に呼ばれてね、そしたら……」



「いきなり、襲ってきた」



 ガタンという大きな音がする。俺は、手に持っていた荷物を落としていた。


「あっ、その……」


 何も言い出せないでいる僕に、


「あっ、大丈夫だったから、運良く近くにあった辞書で、思いっきりぶん殴って逃げたから」


 ハハッと頭を掻きながら夕凪さんは、僕の手荷物を拾う手伝いをしてくれた。


「そっか……ごめん、慌てちゃって」


 動揺していた。


 夕凪さんが、嫌な目にあったという事実が、頭にこびりついて。腹がたって……俺がその場にいたらと、何となくドス黒い感情が生まれたのを感じた。


「まぁ、その後、先輩すぐ卒業だったから、そのまま終わりだったんだけど」


 夕凪さんは、ムッとした顔で続ける。


「信じられないのー!!そいつ!!卒業するのを良い事に、私の事、散々やって捨ててやったって良いふらしたらしいのよ!!」


「はぁ?何だよ、そいつ!!」


 流石に頭に来て怒りを隠す事が出来なかった。大声を出してしまい、周りから見られる。

 周りにペコペコお辞儀をして話に戻る。


「私、その後、男性不信になっちゃっててねちょっと引きこもってたんだ」


「まあ、ちーちゃん達のお陰で立ち直ったんだけどー」


 暗い過去を、笑いを交えて明るく話してくれる夕凪さんに、僕はただ、良いお友達持って良かったねと言うしか無かった。

「まぁ、その後周りから、そう言う見方をされる様になっちゃってね」


 アハハと笑う夕凪さんの顔には、諦めにも似た作り笑いを浮かべている。


 話を聞いて、しばらく考えていた。


 僕に言える事、僕に出来る事。


「ねぇ、夕凪さん、僕に、何か言う資格も権利も無いけど」


 夕凪さんの手をそっと握りしめ、


「ありがとう教えてくれて、それと」


「良く、頑張ったね」


 一言だけ言って優しく笑った。


「馬鹿っそんな事言われたら……お化粧崩れちゃうじゃない」


 必死に涙を堪えようとする夕凪さんの瞳にたまった涙をハンカチでそっと拭い、そのままハンカチを渡す。

 そして、

「その帽子とっても似合ってる」


 夕凪さんのキャラクター帽子を両手で目深にずらして彼女の泣き顔を隠した。


 そろそろ、早乗りチケット販売機だ。


 ここが、夢の国で良かった。きっと、嫌な事も夢に変えてくれる。



 しばらくたって、僕達の順番が来る。早乗りチケットを人数分取って、合流場所へ向かおう。お化粧を直して戻ってきた夕凪さんの笑顔は、とても明るく、少し幼さを感じさせた。


「あのさ、夜空君、合流するまでで良いんだけどね。手を握ってて貰って良いかな?」

 戸惑う僕に、

「これだけ混んでると仕方ないんだから!!はぐれちゃうし!!」思いきってと言うか妙に明るく見せる夕凪さんの手を、


「はぐれない様にね。」繋いだ手は温かった。


「友達だもん、これ位良いよね?」何かに言い聞かせる様に、そういった夕凪さんに向かって、

「親友だからね。」そう言って笑った。


「後、二人と合流するまでで良いから……夜空君って言わせて」


 夕凪さんが、小さく「大好き」と言った後握った手の力を強くした。


 僕は、それに対して何も言わずに笑顔で頷いた。駄目だなんて言える訳が無かった。



 ベンチに座っている二人を発見、合流する。辺りは人々の人だかり。


「早乗りまで時間あるし、城前行かない?」千早さんの提案でドリームランドの象徴とも言える、クリスタル城へ行き、みんなで映える画像や映像を撮ろうと言う話になった。


「体調も良さそうだね」


 そう言う僕に千早さんが、


「夕凪ほどじゃないけどね」


 といたずらっ子の様に笑う。



「ずっと、千早を膝枕してたんですからね」


 日向が不機嫌そうな顔をする。

 その間、ナンパを三回ほどされたそうだ。

 その度に、メガネをかけた小太りのキャストさんが面白可笑しく助けてくれたそうだ。後で聞いたのだけどランドでも有名なキャストさんらしい。


 本当にそのキャストさんに感謝、出来れば直接にお礼言いたい位。


「夜空君」

「なっなに?日向」


 さっきまで夕凪さんの手を握っていた、負い目から、少しどもってしまう。


「夕凪の事ありがとう」


「へっ?」


 急に日向に言われて狼狽える僕。


「夕凪の悩み聞いてくれたんでしょ?」


 日向が、嬉しそうに言った。


「しっ知ってたの?」


「ずっと、悩んでたの知ってましたから」


「そっか」


 照れ臭そうに頭を掻いた。


「夕凪の空元気じゃない、ふざけているわけでもない、本当の笑顔を見たのは久しぶりです」


「可愛らしい笑顔だよね」


 そう言って夕凪さんを見ると、こっちを見つけて大きく手を振ってくれた。それを見て、日向が少しムッとした顔をする。


「解ってましたけど、夕凪と千早には、負けないんですから!!」


 なんと言って良いのか解らず、少し狼狽える。


「私は、夜空君の恋人なんですから!!」ちょっと冗談っぽく怒った振りをした後、いたずらっぽく笑う日向の笑顔に見とれてしまった。






 














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