第16話 恋ばなと2年の君と6

 バスの中の天野さんは妙に明るく、元気過ぎる位だった。


「私、ここ来たことあります!」


 喜ぶ顔がいちいち可愛い。バスの窓ガラスに張り付く勢いで、吐く息で窓ガラスを白くさせて。


 バスの外をキョロキョロと探す日向さん。


「わー、あのてんとう虫の公園まだあるかな?」

 てんとう虫の公園ねぇ?


 ……ん?


「てんとう虫って、あの公園、知ってるの?あのでっかいてんとう虫のある?」


 その公園には、覚えがある。うちの近所の大きなてんとう虫の形の遊具がある公園だ。


「はい!!知ってるんですか?小学生の頃、千早達と冒険って言って遊びに来たことがあるんです」


「へー、あの公園、僕の家から近いんだよ」


「本当ですか!?あの、もしよろしければ…」


「了解、どうせ帰り道だから、あの公園位寄り道しても大丈夫だよ」


 彼女の顔がパアッと輝く様に、満面の笑顔を浮かべる。


「お願いします!!」


「確認だけど、帰りに、あの公園に寄りたいって事で良いんだよね?」


「はい!!久しぶりに見たら、凄く行きたくなっちゃっいました!」


「てんとう虫の公園かぁ、最近行って無いな。」

 その公園の名前を僕は良く知らない、入り口にあった看板に、かなり昔に車が突っ込み、○○公園の○○の部分が、上手く削れて読めなくなっていたからだ。


 名前が解らなくても、あの大きなてんとう虫の遊具がある公園で、事足りる。

 何なら、てんとう虫公園と呼ぶ子供もいた位だ。


「ありがとうございます」


「また、楽しみが増えました」

 窓から目を離し僕の方を見て、とびきりの笑顔を見せてくれた。


 激しく心臓が鼓動するのを感じる。


 何だろう、今までこんな事無かったのに……女の子の笑顔を見ただけなのに。


(不味いな、その笑顔は不味い)落ち着け、天野さんの方を見るな、今までに感じた事が無いような感情が胸をぐるんぐるんしている。

 こういう時は、そうだ元素表だ、水素、リチウム、ベリリウム、ナトリウム、マグネシウム、カリウム、カルシウム、スカンジウム、チタン…駄目だ、何時もならスッと出てくる元素記号が、出てこない。


 きっと、今試験をやったら滅茶苦茶になってただろうな。


「…君、天野君、天野君!!今、何とかこども園前って言いましたけど!?」


「…えっ?えっ!!」まずいまずい!!


「すみません!!ここ降ります!!」大急ぎで手を上げる。


「ゴメン、天野さん、ボーッしてた!!」


 慌てて、天野さんの手を引き、バスを降りる。


 危なく乗り過ごす所だった。


 何とか、バスを降り天野さんに謝る。


「ゴメン、教えてくれてありがとう」


 頭を下げて謝る。


「はい、大丈夫です」


「でも、びっくりしましたね」


「本当にゴメン、頭動いて無かったよ」


 照れ隠しに右手で、頭を掻く。


「でも、天野君のびっくりした顔が見れて楽しかったです。でも…」


 ん?彼女は、少し恥ずかしそうに言った。


「あの、そろそろ、手は離しても良いのでは?」


 ん?…んーーーーー!!


 僕の左手は、天野さんの右手をしっかりつかんだままだった。


「ゴメン!!ゴメン!!ゴメン!!」何度も謝る。


 不覚!!慌てていたとはいえ。おもいっきり天野さんの手をつかんでバスを降りてしまった。


「あっあの、大丈夫です、よ?」彼女も少し顔が赤く見えるのは、自分に都合の良い解釈だろうか?


 こども園の前、モジモジする二人、通り過ぎてく園児のお母さん達…。


「みっちゃんママさん、あれ?」「キャー、可愛い」「青春ねー」「アオハルねー」「ねぇねぇりっくんママさん、女の子凄く可愛く無い?」「キャー美人さんねー」「うわぁ、あの子に化粧教えたい、すっぴん勿体ない」「あれですっぴんでしょ?」「若いって良いわねぇーって、絶対言いたくない言葉の一つ」「ん?あれ?あのメガネの子、ぴょんちゃんにぃに?」「あっ、うさぎちゃんにぃにね」「うわぁー、うわぁー(隠れて動画を撮り始める)」「……(写真撮った後、ラインを立ち上げる)」皆さん、盗撮は犯罪です。


 そんなやり取りがあった事も解らないまま、僕らは恥ずかしがっていた。


「その、ここ、妹のこども園」


「そっそうなんですね、可愛らしい所です、はい」お互いぎこちない。


「妹、呼んでくるね?」


「あっ!私も行きます!」


 僕らが、園内に中に入ろうとした時だった。


「あれあれ?ぴょんちゃんは、にぃにを待っているのに、にぃにはまだ来ないなぁー」


 一人の幼児が入り口前で、仁王立ちしている。


 ロングヘアーの可愛らしい幼児が、ニヒヒと笑いかけて来る。


「天野君この子、もしかして?」


「うちの妹です」


 苦笑いしながら、元気な幼女を紹介する。


「にぃには、まだかしらー?」


 芝居っけたっぷりに、わざとらしく左右を見渡す妹。


「うさぎ、にぃにのお友達だ、挨拶は?」


 妹は、じっと僕の顔を見た後、ムッとした顔をして、


「ぴょんちゃんは、お姫様なの」訳の解らない事を言い始めた。


「ぴょんちゃんがお姫様なら、にぃには王子様なの」


 うわぁ、これ、天野さんの前で子芝居しなきゃいけないやつか?


「眼鏡かけた王子様なんていないの」


 あぁ、その事か……妹は、こちらに指を指して、高らかに宣言する。


 うさぎの価値観の中に、何故か王子様はメガネをかけないという価値観があるらしく、お迎えに行く時は、メガネを外す様に要求される。

 訂正するのも面倒臭く別に、今のところ僕がメガネを外せば良いだけの話だったので、特に何も言っていない。

 まぁ、王子様におっさんはいないって言う乙女理論の一部と同じ何なんだろうなと思っている。


「はぁ、まったく、しょうがないな」


 頭を掻きながら眼鏡を外す。眼鏡外すと見づらいんだよな。


「これで良いのですか、お姫様」


「わぁーい、にぃにだ!!」


 妹が、飛び付いてくる。


「こらこら、危ないぞ」


 抱きついた妹を、ゆっくり下ろす。


「お待たせ天野さん、こいつが妹のうさぎです」

「…どうかした?」


 そこには、顔を赤くして、目を見開いて驚いている天野さんがいた。









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