第15話 恋ばなと2年の君と5

 9月半ば、いつもの帰り道、朝晩は冷え始めたとはいえ日中は、まだ暑いその道のりを僕らは二人並んで歩く……そう二人で。


 何故こうなった……僕は隣にいる聖女様こと天野日向さんを見て、深い溜め息をついた。


「本当に着いてくるの?」


「はい、私、言いましたよね?」

 天野さんは、不思議そうな顔をする。何か可笑しい事を言ったのだろうかと考え込んでいる顔も可愛い、これなら人気も出るはずだなと感心した。


「本当に、嘘じゃなく妹を迎えに行くだけだよ?」


「先ほど、お聞きしましたよ?それに、天野君は嘘をつく人だとは思えませんし」


「なら、適当に文化祭の話をして、解散じゃあ駄目?」


 実際、文化祭までの日数を逆算して考えても、一日動けないから出来ない様な破綻した計画立てるつもりも無かったし。


「やっぱり私は、お邪魔ですか ?」


 彼女の少し悲しそうな顔に、多大な罪悪感を感じる。


「そんな事無いけど、僕みたいなのといてもつまらないだろ?」


「え?どうしてですか?天野君は今、私の中で一番気になっている男の子ですよ?」


 ドキッとした。


 女の子にそんな事言われたのは初めてで、それがあの聖女様だぞ?


「あのさ、そんな言い方されると冗談だとしても、誤解するよ」


 赤くなった顔を見られないように僕は背を向ける。


「えっ?冗談じゃ無いですけど?」


「はっ?」


 ついでた、大きな声に彼女はびっくりする。


「どうしたんですか?急に?」


「急にって、君が変な事言うから」


「変な事って、私何か…あっ!?」


「ごめんなさい!すみません!私、凄い事ゴニョゴニョ」


 後半は段々小さくなっていって良く聞き取れなかったけど、やっと天野さんも自分の言った事に気づいたようだ。


「もうちょっと、自分の言う事に責任持ってしゃべってくれよ」


 僕は大きく溜め息をつく。


「ごめんなさい、でも嘘は言ってないですよ」


 耳まで赤くして、まだ言うのか?


「天野君は、同じ文化祭実行委員で、しかも去年凄く素敵なプラネタリウム喫茶をやっていた、その実行委員の先輩的な方で…」

彼女のその優しい声で、僕の事を誉められると首筋がむず痒いと言うか、心臓が持たないと言うか……。

「わかった、わかったから!」

「気にしてないから、もう良いから」


 これ以上、誉められたら、悶え死んじゃうから。


「少し発言に注意してくれると助かるよ」


「どうしてですか?」


「どうして?君だって、自分の人気は知ってるだろう?」


「自分の影響力はもっと考えながら動かないと、自分だけで無く他人まで効果が及ぶ事があるのは、解るだろ?」


 陰キャな自分が言うのも説得力は無いが、彼女の様に目立つ人が近くにいるだけでも、周りから、凄い目で見られる人間もいるのだ。


「おぅ、わが校の、聖女様はっけーん!!」「その隣に、ワケわからんメガネはっけーん!?」「何あいつ?」「クラスメートじゃね?」「聖女様は俺の癒し」「お前の目は、とてもいやらし」「上手いこと言ってんじゃねえよ!!」「怒んな、怒りはあのメガネにぶつけろ!」「ぶつけんな」「ぶつけたら、聖女様怒るかな?」「お前、聖女様と面識ある?」「ない」「じゃあ、怒るだろな」「……」「……」「モヌバーガー寄って帰るか」「俺ヤックが良い」「あいよー」ほら、こんな感じに。


「あんな奴らみたいなのもいるしな」


「私、聖女なんて、なった覚えはありません。私は…ごめんなさい、何でもないです」


 その時の笑顔が何となく悲しそうに見えて僕には何も言えなくなってしまった。


「ゴメン」


 少しだけ、気まずい時間が過ぎて行く。


「次のバス来たら乗るから」


 バス停の前まで来た僕らは並んで立っている。


 なるべく顔は見ないようにしよう、見ると意識してしまう。


「じゃあ、バスが来るまでもう少し、話でもしようか?」


「そっ、そうでした!!そうです」


 急に元気になった彼女に、びっくりしつつ、少しホッとする。


「そうだな、文化祭の話でもするか?」


 無難に行こう、無難に。


「何でも聞いて」


「ではまず、天野君って、休日は何をしてるんですか?」


「えっ?まっ、まぁ家の事とか勉強とか、妹の相手とかしてる内に一日が過ぎてくかな?」


 びっくりしたー、文化祭の話じゃないの?でもまぁ話の始めだし、こんなものか?


「次は、えっと、どんな食べ物が好きですか?」


「うん、あの文化祭の事は?いや、何でもない…です」


「その、好きな食べ物は、その筑前煮かなぁ?」


「筑前煮!?美味しいですよね!!私も好きなんですけど、千早達が、おばさんっぽいって」


 少し、膨れる日向さん。


 確かに、みんなが言う位に可愛い子だな。


 少し、顔が綻ぶ。


「次はですね、次は…なんでしたっけ?」後ろを向き何かを確認し始める日向さん。


 何だ?そっと、覗き込む。


 耳にリボンを着けた猫のキャラのメモ用紙…。


「趣味?家族構成?好きな女の子のタイプ?何だこれ?」覗いたメモの内容に思わず声が出る。


「はわわ、見つかってしまいました」


実生活で、はわわって言葉使う人、初めて見た。


「…で、何なの?これ?」


「覗くのは、反則です!!」


「ふーん、イエローカードは何枚までOK?」


「駄目です!!レッドカードです!!退場です」


「はー、なら、退場で帰らせてもらうって事でOK?」


「えっ?あっ、だっ、だめです!!退場はもっと駄目です!!イッイエローカードは10枚で退場です」真っ赤な顔して、狼狽える日向さんを見て溜め息をつく。


 どうせ、遠藤さん達の入れ知恵なんだろうな。


「イエローカード10枚ねぇ、反則し放題だろ?」何となく面白くなってきてからかう。


「むーっ、でわ、どうしたら良いのですか!」


「さて、どんな反則しようかな?」ふふん、笑う僕。


「ちょっと!天野君!?」


 顔をひきつらせる日向さん。


「じゃあ、こっちからの質問だ」


「えっ!逆質問ですか?望むところです。どんと来いです。あっ、でも体のサイズとか本気で辞めて下さいね!」


「何だよそのセクハラ、こんな事、聞かないよ」


 以前、谷本が言ってたの聞こえちゃったから、知ってるし。


「そんなにすぐ言われても、なんか私に興味がまったく無いみたいで、何となく嫌ですけど」


「……」


 彼女は人をドキッと、させるのが得意らしい。


「あーそうだな、なら天野さんは……」


「付き合ってる人とかいないのか?」


「えっ?そのそんな、なんで、そんな事聞くんですか?」慌てふためく天野さんに、


「なんて、運が良かったな、タイムアップみたいだ。これに懲りたら気をつけるんだね」


 遠くに見えたバスを指差してニヤリと笑う。


さてと、妹を待たせてるし、急がないと……。


「いません!!」日向さんが、僕の方を見て、力のこもった瞳で見つめている。


「今までに、付き合った方なんて一人もいません」


 可愛い顔を膨らませた天野さんが、ブスッとした顔でつぶやいた。


「えっ?嘘だろ?」


 仮にも、聖女様と呼ばれる天野さんが?


「男の人、何となく怖いんです」


 彼女の不機嫌な顔に、じゃあ僕は?という言葉が喉元まで出てきたが、何とかぐっとこらえる事が出来た。











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