第9話 恋ばなと修学旅行9
修学旅行二日目のバスの中、色々あったので、車内でゆっくりしようと自席に座ろうとする。僕の席は前の方、良かったというか、隣に座ってくれる友達居ないのかと言うか、とてもゆったり一人席。
と思っていたのだけど、その優雅なボッチ生活を、許してくれない人達がいる。
「はーい先生、私達三人車に酔いやすいんで、前の人と代わってほしいでーす」
遠藤さんの声に恐る恐る振り替えると、
手を挙げてるのは遠藤さんと近藤さん、勿論日向さんもいる。
「そうか、そっちの二人と隣の天野、男の方な、代わってやってくれー」
隣の男子二人は、仕方ないかと荷物を手に立ち上がる。
「あっ、天野くんは隣空いてるんでしょ?悪いんで移動しなくても良いでーす」
一瞬、どういう事と思うが遠藤さん近藤さんの遠近コンビのニヒヒと言う笑い顔と日向さんの恥ずかしそうな顔に、全てを察する。
「うん?そうか、じゃあもう出発時間だ早く移動する様に」
先生が、怪訝な顔をするが、あえて疑うこともなく、早く動くよう促した。
先生の言葉と同時に、後ろから、「イエーイ」「変わってくれて悪いねー」「天野夫妻あんまりイチャイチャして先生に怒られない様にね」「天野夫妻……」「大丈夫、その為に私達が……」「見守ってる!!」「二人とも、怒りますよ!!」「デバガメはっけーん!!」段々迫ってくる声に、苦笑いと共に、若干の不安を感じ始める。
「夜空君、よろしくお願いします」
日向さんが、おずおずと僕の隣に座る。
さっきまで、もっと近い距離感でいたのに、妙に恥ずかしい。
「夜空っち、ハロー」「よっ君連れてこられたよー」
後の二人は、横の座席に座る。
昨日からの僕の周りの女子率の高さっていえば……。
「驚いたみたいですね?」
イタズラっぽく笑う日向さん。
「はい、驚きました」笑顔で応じる僕。
「さっき、一人でバス寂しくないですか?って、聞いて来たのは、この事だったの?」
バスに乗る前、少し会話する時間があったのだ。
「本当は、私一人で来るつもりだったんですけど」
「千早が、一人じゃ行きづらいでしょ?って」
「近藤さんも?」
「ゆーなは、面白そうだから、私も行くーって」
僕らは、顔を見合わせて笑った。
「日向さん、ちゃんと薬飲んだ?」
日向さんは、車に少し酔いやすいらしい。自分の常備薬として使っていた酔い止めを教えた所、凄く気に入って使っていてくれている様だ。
「はい、ありがとうございます」
「あっあの……お願いがあるんですが」
急に日向さんが耳元で、こそっと囁きかけてきた。
「どうしたの?」
「薬のせいで、眠っちゃったら、起こして頂きたいのですが?」
「え?薬が効いたなら、眠った方が楽じゃない?」
日向さんは、少し恥ずかしそうに言った。
「せっかくなんです、いっぱいお話したいじゃないですか」
胸の中が甘酸っぱい何かで満たされていく。
「そっか、そうだよね」
僕も、笑いながら耳元で囁きかける。
「さっそく、おっ始めてますよー、姉さん」
「誰が姉さんよ、全く」
「ひなっち取られちゃいましたねー」
「何?」
「うわっ機嫌悪そうー」
「うっさいわねぇ、私の事なんて、どうでも良いの」
「夜空っち、ひなを悲しませたら、絶対許さないんだからね」
遠藤さんの声は、小さ過ぎて僕らには届か無かった。
「改めて思うけど、何か夢みたいだな」隣に日向さんがいる事も、僕らが付き合う事になった事も。
「はい、私も思います。昨日の夜、千早達と恋ばなして、私舞い上がってたみたいで」
「うん」
日向さんが、伏し目がちに頻りに自分のスカートの折り目を気にしている。
膝少し上のスカートは、綺麗に折り目がついていたのに、何度もいじっているので同じ箇所がよれてしまっていた。
緊張してるんだな……。
改めて思うけど、今日の彼女は凄くアンバランスな感じがして、今みたいによそよそしい時もあれば、皆の前でした僕の頬へのキスの様に凄く大胆になる時もあったし……。
そっか、さっき頬にキスされたんだ。
急に、右頬が熱く感じて思わず指先でなぞってしまう。
バスの揺れは、一人の時は小刻みに揺れる揺りかご位に感じたけど、二人でいる時は、肩と肩がぶつかってしまうとか、急に揺れて大きく触れ合ってしまうとか、一人の時とは比べ物にならない程の情報量を与えてくれる。
一番の情報量は、顔が近い事だ。
揺れが大きくなる度に、顔が近くなったり遠くなったり、目と目が合って恥ずかしくなったりして……。
「最初は、他の子達もお話してくれてたんですけど、いつの間にか私が中心になってて……」
日向さんが、嬉しそうに恥ずかしそうに話してくれる話はどれも、僕にとっても嬉しくて恥ずかしくて。
あぁ、また遠藤さん達や谷本にからかわれそうだななんて思ってしまって……。
そう言えばバスに乗る少し前に谷本から言われた事がある。
普段、人の噂話や、情報を調べている様ないけすかない奴だけど、その時は真面目な顔をして、
『お前凄いな、正直聖女様への告白、聞いてて感動しちまったよ』
『何だよ急に』
『いや、俺には絶対真似出来ないし、勇気も無い。さっき冗談半分で勇者って言ったけどさ、半分本音だよ』
真顔で話す谷本に、僕はからかう事も出来ない。
『やっぱり天野さんみたいな子を射止めるのはお前みたいな奴なんだよ、きっと』
『俺みたいな奴には、無理なんだよ』
『谷本もしかしてお前……』
『バーカそれ以上言うんじゃねぇよ。天野さん、いや聖女様と仲良くな勇者様』
最後は、少し茶化す様に言って谷本は行ってしまった。
「凄く嬉しかったんです、朝の夜空君の言葉」
呟く様な日向さんの声に、現実に引き戻らされる。
「凄く格好良くて、私舞い上がってたみたいで……だから、さっき皆の前であんな事を、ごめんなさい」小さくため息をついて項垂れる日向さん。
「あんな事?」どっちだろ?多分こっちの方だろうけど僕は右頬に手をあてる。
真っ赤になった日向さんを見てこっちが正解なんだとホッとする。
いや今日は、あんな事が多過ぎて……。
「謝る事じゃ無いけど、嬉しかったし」
しばらくの間、二人して真っ赤な顔をしていた。
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