水龍と御霊送りの巫女

秋月昊

第一章御霊送りの巫女

第1話 御霊送りの儀式

 死者の魂を鎮めるために存在する巫女。和琴に合わせて神楽鈴を鳴らし、祝詞のりとを上げて舞いを舞う。


 貴族から選ばれる巫女は家族と離れて四年間神殿で生活する。その中で御霊送みたまおくりの儀式に向けて舞い、神楽鈴、祝詞を覚える。



 私、白上鈴華しらかみすずか切袴きりばかまをはき女房装束の唐衣からぎぬ白平絹しろへいけん(へと変えたものを着て神楽殿に立った。


 手には神楽鈴。後ろには和琴を弾く童子が二人、目の前には儀式の主水龍である闇御津羽神くらみつはのかみが座している。


 神楽鈴から伸びる五色鈴緒ごしきすずおを手に持ち息を吸う。闇御津羽様が見ている前で失敗は出来ない。


 紫を含んだような深い青色の長い髪を持つ美しい男性神。紺碧色こんぺきいろの瞳が私を映す。


 失敗すれば四年前のように鎮めるはずの魂は暴走して悪霊と化してしまう。早くなる鼓動を鎮めるようにゆっくり息を吐きだして神歌を唱えた。


「橘の小戸たちばなのおど身禊みそぎを始めにて今も清むる吾が身なりけり、千早振ちはやふる神の御末みすえわれなれば祈りし事の叶わぬは無し」


 神楽鈴を鳴らす。


き奉る此の柏手かしわでかしこくも来たりましませ薬師やくし大神おおかみ此の神床かむどこに仕え奉る人々に寄り来たり給いてく病を癒し給えと恐み恐みも白す。奥津鏡おきつかがみ辺津鏡へつかがみ八握剣やつかのつるぎ生玉いくたま足玉たるたま死反玉まかるかえしのたま道反玉ちかえしのたま蛇比礼おろちのひれ蜂比礼はちのひれ品々物比礼くさぐさのもののひれ、ひと、ふと、み、よ、い、むよ、なや、ここ、たり、ふるべゆらゆら」


 和琴に合わせて舞いを舞い、鈴を鳴らしながら私はこの儀式が終わった後のことを考えた。儀式を終えた巫女は人の世へと戻り、貴族と婚姻するのが通例だ。


 私には両親がおらず、戻れば一人。貴族でもない私が巫女として選ばれること自体異例だった。


 巫女としての役割を終えたとて庶民の血が混じることをいとう貴族が貰い手になるとは思えない。


 そんな私に四年間世話をしてくれた女房の阿須波あすは様は二つの選択肢を提示してくれた。一つは人の世に戻り人としての生を歩むこと。


 もう一つは巫女として未来永劫闇御津羽様を支えるかだ。


 鈴の音が鳴り響く。


 私の選ぶ未来は。


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