第七話 Aランク冒険者は予約がしたい!

 しばらくの間、二人は言葉も交わさずそこに立っていた。


 掲示板を見に行くでもなく仲間を探すでもなく、ただそこに。


 どう話を切り出せばいいのか。言いえぬ気まずさが二人の間に流れていた。


「……なあ、さっきは悪かった。お前にはお前なりの考えがあるんだってわかってるつもりだ」


 耐え切れなかったのは、阮の方だった。


 彼は妖怪だ。人との付き合いには慣れていない。それは龍であっても同じこと。


 たとえ旧知の仲とはいえ、阮はそもそも対人経験が少なすぎる。ずっと妖怪の里に引きこもっていたのだ。無理もない。


 だからこそ、このような空気は堪えられなかった。阮は沈黙を心地よく感じるタイプではない。


「……私も悪かった。君が誇りとか信念を大切にしてるのは知ってるよ。私だって、できることなら龍としての意地を貫きたかった」


 次に言葉を紡ぐのは、人の姿に化けた蛟龍ランリエンであった。


 彼女は阮とは異なる信条を持っているが、それでも阮に対する敬意や理解は持っているつもりだ。


 お互い、相手の目指すところは承知している。だから、これ以上の議論は必要がない。


 ただ一言謝罪と、そして感謝を伝えるだけ。二人にとっては言い争いなど無意味であった。


 どちらからともなく手を差し出し、そして相手の手を握る。これで、二人の喧嘩はおしまいだ。


「そういえば、俺は今冒険の仲間を探しているんだ。良かったら一緒にどうだ?」


 ちょうどいい。阮はそう思った。


 蓮の実力ならば、彼と共に冒険へ出たとしても足を引っ張ることはないだろう。この二人が協力すれば、もはや敵なしと言っても過言ではない。しかし……。


「ごめん。私は私で頑張るよ。阮の力を借りるわけにはいかない」


 当の蓮は彼の誘いを断った。


 彼女とて、阮と共に冒険へ出ることが嫌なわけではない。むしろ気の知れた相手。知らぬ人と冒険に出るよりはずっといいだろう。


 しかし、彼女はそれを良しとしなかった。彼女にもやるべきことがあるのだ。それは、阮と共にではなすことができない。


「それに、阮もやることがあるでしょ? 私と一緒だと、今までと変わらない。それじゃ、君の目的は果たせないんじゃないかな」


「……それもそうだな。よし、これからもお互い頑張るとするか」


 阮には阮でやるべきことがある。


 それは、今よりももっと力を着けること。当然強者である蓮と行動を共にすれば、ある程度の成長は見込めるだろう。


 しかしそれだけでは不十分だ。もっと革新的な、劇的な変化を彼は求めていた。


 そしてまた、自分以外の戦力も彼の望むところである。


 当然ながら、蓮と共にでは難しいことばかりだ。


 何せ、彼女は神龍の幼体。阮に敗北したとは言え、人類種やその近縁種とはわけが違う。


 彼女にとっては苦しいかもしれないが、この街ではほとんど単独行動を強いられてしまうだろう。


 それだけ、龍という存在は人間に危険視されている。蓮と共に行動していては、下を育てることなどできないだろう。


 彼女にはこの街の防衛に専念してもらい、戦力の増強は阮が一人でやるしかない。


(それも、信頼できる仲間が見つかるまでの間だが)


 ひとまずの目標は、阮と共に冒険ができる仲間を探すことだ。


 いくら彼が強くとも、一人でできることには限りがある。誰かの協力なくして、彼の目標は達成できない。


「じゃあ、俺はパーティーの募集でも見てくる」


「うん、私は一度依頼を受けてみるよ。お互い頑張ろ」


 そう言って、二人はそれぞれの目的地に分かれる。


 パーティーの結成は意外と簡単で、募集要項の張り出された掲示板に行けばある程度の情報を得られる。


 依頼をこなしてギルドからの信頼が得られれば、ギルド側から優秀なパーティーに推薦してもらうことも可能だ。


「ふむ、しかしこの時期は新規パーティーが少ないな」


 新人冒険者の教育が終わるのにも時期というモノがある。新規のパーティーはだいたいその時期に結成されるのだ。


 逆に言えば、ここに張り出されているのは新人ではなく中堅かそれ以上のパーティーのみ。


 何らかの理由でパーティーに欠員が生じたのか、もしくはより上位の依頼を受けるために必要な条件を満たすためか。


 理由はいろいろあるだろうが、臨時の措置である可能性は非常に高い。パーティーに長くいられるかは、阮の態度次第というところか。


「……なあアンタ、さっき龍と戦ってた妖怪だろ?」


 阮が掲示板を眺めていると、突然後ろから声が聞こえてきた。


 振り返ると、そこには4人の冒険者がいる。全員獣人族のようだ。


 恐らくはベテラン冒険者だろう。強者特有の雰囲気を感じられる。


「そうだ。俺の名は百鬼阮。よろしく」


「俺の名前はブルーノ。見ての通り獣人だ。よろしく」


 ブルーノと名乗った男は、とても大柄な偉丈夫だった。


 身長は2mくらいあるだろう。筋肉量も凄まじく、背負った大剣も通常では取り回せないほど大きなものだ。


 黒く分厚い体毛と短い耳から、寒い地域の出身であることがわかる。人間よりも獣に近い容姿をしているのも特徴的だ。


「突然ですまないが、今すぐパーティーに入るのは止めてくれないか」


 そんな大柄のブルーノは、極めて慎重な態度ながらとんでもないことを言ってきた。


 彼の発言に、周囲でそれを聞いていた他の冒険者もざわめきだす。


 しかし驚いたことに、よく耳を傾ければ聞こえてくるのは阮に対する賞賛や羨望の声だった。


(どういうことだ?)


 疑問に思った阮は、ひとまず彼らの話を聞くことにした。


「君も知っていると思うが、パーティーを結成するにはランク差がひとつ以内でなければいけない。けど君は龍も打倒できるほどの実力者だ。他の冒険者がDランクから始めるのとはわけが違う。間違いなく、DやCに収まるような人物じゃない」


 彼の言っていることは正論だ。阮はすでに、そこらのDランク冒険者など相手にもならないほどの実力を有している。


(なるほど、話が読めてきた。Dランクの冒険者とパーティーを組んでも実力差がありすぎるから、俺のランクがもっと上がってからパーティーを組む方が良いと、そういう助言をしたいんだな)


 なんと良い人格者だろうか。見た目の圧力で喧嘩でも売りに来たのかと思ったが、そうではないらしい。


 むしろここの先輩冒険者として後輩を指導しに来てくれたのだ。

 やはりこの街の新人教育という文化は素晴らしいものがある。


「……そこで、君には急ぎBランクまで上がってほしい。そしたら俺たちとパーティーを組んでくれないか。Aランクパーティー、フェンリルロアに!」


「は?」


 おかしい。先ほどシーラから聞いた話では、在野の最上位ランクはAということではなかったか。


 この街の最強パーティーが、旅人の阮にいきなり接触してきた?


「君は本当にすごい。俺たちでさえあの龍には敵わないと言っていたんだ。それなのに君は単独で勝利して見せた。その実力、低ランクのパーティーで腐らせるのは惜しい。ぜひ俺たちのパーティーで戦ってほしいんだ!」


 彼の言っていることはわかる。実力のある者は、近しい者と手を組みより強大な敵へ立ち向かうべきだということ。


 確かに阮とフェンリルロアがパーティーを組めば、それこそ龍にも圧勝できるほどの強力な勢力となるだろう。


 阮の実力はもとより、Aランクパーティーの彼らも相当の実力者なようだし。しかし……。


「悪いな。その誘い普段なら乗らせてもらうんだが、今回は事情がある。俺は一刻も早く下の連中を強くしなきゃならん。お前たちはこの街を守ってくれ。その時間で、俺はお前たちに匹敵するほどの強力なパーティーを生み出して見せる」


 彼らの誘いは、阮の本来の目的とは反する。藍蓮と同じだ。

 強者と共にでは、彼の目的は達成できない。


「そうか。それは残念だ。でも安心したよ。君が他のBランクパーティーとかに行ったら、すぐAランクまで上がってくる可能性もあった。下を教育するってことは、ランクBパーティーに入るつもりもないってことだろ? ライバルが減って助かる」


 なんと腹黒いことか。ライバルの出現を確かめる意味も含めて接触して来たらしい。


(けど、こういう計算高い奴も中には必要だよな)


 阮は新しい出会いに感謝し、フェンリルロアの面々を送り出した。

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