第六話 冒険者登録完了ッ!

 その後、唖然とした空気のまま百鬼ナキリグエンの冒険者登録は正式に認められることとなった。


「改めましてナキリ=グエンさん、これからよろしくお願いします。私はこのギルドで受付を担当していますシーラと申します」


 シーラと名乗った女性は、人間族の若い女性だった。


 ブロンドの髪を短く揃え、愛らしい瞳を揺らす。背は低いが、幼さの中に女性的魅力のある人物だ。


 恐らく人間種の間では相当な人気だろう。妖怪である阮でさえ惹かれるものがある。


「百鬼阮だ。よろしく頼む」


 そんな彼女に、阮は短いながら自己紹介をした。


 というのも、蛟龍を打倒した実力を認められギルド加入試験を免除されていたのだ。


 それだけ、彼女たちにとって蛟龍という存在が恐ろしかったのだろう。


 正直蛟龍よりもさらに強い存在が出現しただけで状況は何も変わっていないのだが、阮にとっては嬉しい誤算なので放置することとした。


(蛟龍にムカついたから喧嘩売っただけなのに、ラッキーなこともあるもんだ)


「グエンさんはすでに高い実力を持っていることが分かっているので、加入試験だけでなく冒険者ランクの飛び級も決まっていますよ」


 そしてまた、これも嬉しい誤算だ。


 この街の冒険者ギルドには、蛟龍を打倒できるほどの実力者はいない。ということで、彼の実力が本物であると評価してもらえた。


 そしてまた、それほどの実力者を低ランクの依頼で遊ばせておくのも不利益なので、こうして飛び級を受けられることになったというわけだ。


「冒険者のランクは上がSから下はFまで。グエンさんはDからのスタートとなります」


 冒険者のランクシステムは意外と単純だ。より高ランクなら難易度の高い依頼を受けられる。その程度の認識で間違いない。


「申し訳ありません。私はBランクからのスタートを推薦したのですが、ギルドの規定でDランクからとなってしまいました」


 そう言ってシーラは頭を下げる。


 彼の戦いぶりを直接見ていたのだろう。だからこそ、低ランクでのスタートに引け目を感じてしまっている。阮ならばもっと上の依頼もこなせると確信しているのだ。


 実際、このギルドにいる最上位のパーティーがAランクだが、四人がかりでも蛟龍には敵わないと言っていた。


 つまり阮の実力は、既にランクAパーティーを凌いでいるということになる。

 もちろん相性もあるだろうが。


「いやいや、気にしないでくれ。飛び級を受けられること自体嬉しいことだ。それに、俺もこの街や冒険者ギルドのシステムに慣れる時間が必要だと思うし」


 しかし、阮にとってはランクDからというのもちょうどいいところだ。


 ランクDは討伐系の依頼が受けられる。採集や調査も不得意ではないが、阮の本来の目的とは反するのだ。


 この街にも来たばかりだし、今は低ランクに甘んじようと思っている。


「それとこれからのことについてですが、ギルドとしてはパーティーを組むことを推奨しています。パーティー結成の条件はランク差がひとつまで。同ランク帯の仲間を見つけることをお勧めしているのですが……」


 彼女の言いたいことはこうだろう。


『グエンならば単独でもランクを上げることが可能。しかし業務上パーティーの推奨をしないわけにはいかない。一度仲間集めを検討してもらわなければならない……』


 と。要するにこれも仕事の範疇だ。


 阮が見た限り、この冒険者ギルドという組織は冒険者の支援が素晴らしい。


 EやFランクはギルド内での訓練が主な仕事だし、彼らを指導するだけでも賃金が発生する。


 修練場はいつでも貸し出していて、場合によっては高ランク冒険者から指導を受けられるのだ。


 パーティー結成の仲介やサポートも欠かさず、魔物に関する知識も得られる。


 とにかく冒険者たちの安全と戦力の増強を意識しているのだ。


 東洋の冒険者組合ではこのような取り組みはなかった。


 あちらはここよりも妖怪が多く、酷い時は一日の休みもなく戦い続けるようなこともある。


 当然ろくな訓練も受けていない冒険者が多く、死ぬ者は後を絶たなかった。


 結果、生き残ったのは阮や蛟龍といった実力者のみ。彼らもまたわけあってこちらに移ることとなり、東洋の冒険者組合はほぼ壊滅したようなものだ。


「わかった。一度仲間を募ってみよう」


 彼がそう答えると、シーラも笑顔になってくれた。


 阮の実力を信用していないわけではないが、冒険者には万が一という時がある。特に単独ではそれが起きやすい。


 シーラも彼に死んでほしくはないのだろう。足を引っ張ることになるかもしれないが、この地に慣れるまでは仲間が必要だ。


「それでは、こちらが冒険者カードです。身分証にもなりますので、失くさないようにしてください。再発行にはそこそこお金がかかりますから」


 笑顔のまま、シーラが阮に一枚のカードを手渡す。


 名とランク、種族や性別などが記されていた。


(種族は……鬼か。ざっくりしてるな)


 間違いではない。実際阮が鬼であるというのは共通の認識だ。


 しかし鬼にも種類というモノがある。それが彼にはわからないのだ。


 何から生まれたのか。どのような性質を持っているのか。人生の参考になる人物が他にいない。


「まあ良いか。ありがとうシーラ。早速仲間を探してみる」


 阮が彼女に礼を告げると、シーラは笑顔で送り出してくれた。

 流石受付嬢。笑顔の作り方が非常に美しい。


 扉を開けると、そこはすぐ冒険者ギルドのホールになっている。


 依頼の掲示板があったり受付があったり。または新人訓練の内容を示す紙があったりパーティー結成の手続所があったりと、とても忙しいところだ。


「はぁ~、今日は散々な目に遭った」


 阮が出てくると同時に、そんな気の抜けた声が聞こえてくる。


 げ、という声を押し殺しながらそちらに視線を向けると……。


 美女だ。絶世の美女がそこに立っていた。


 深海を思わせるほどに青い髪、深い眼。曇天色の着物からチラと覗く白い肌が、彼女の妖艶さをいっそう際立たせている。


「蛟龍、無事だったか」


「君がやっておいてよく言う」


 信じがたいことに、それは先ほど打倒した蛟龍その人であった。


 神龍の幼体は、このように人間の姿になることもできる。

 普段恐ろしい水の龍も、この姿ならば美しい麗人だ。


「それと、蛟龍って言うのは種族名。私の名前はランリエン。いつになったら覚えるの」


 怒ったような口調にもどこか品性が感じられる。


「覚えているとも。だが蛟龍の方が呼びやすい。それに、お前は藍蓮なんて華やかな名前は似合わないぞ」


「んな!? これはお師匠様から頂いた大切な名前なんだけど!? 君こそ、百鬼なんて名前負けしてるわ。阮なんて所詮一鬼くらいよ」


 喧嘩が始まってしまった。二人は旧知の仲だ。このように言い争うこともよくある。


 しかしそれでも縁を切っていないのは、お互いを認めているからなのだろう。


 そうでなければ、阮が彼女の誇りのために戦うことなどありえない。


 阮が彼女と本気で戦ったがために、試験官にはちゃんと手加減していたのだと皆が知ることができた。


 阮との戦いを見た後に試験官との戦いを振り返れば、如何に彼女が手を抜いていたかわかるだろう。


 そしてまた、彼との戦闘によって見せた実力も凄まじいものがあった。


 相手が阮でなければ、まず間違いなく負けなしだろう。彼女にはそれだけの実力がある。


「君のおかげでみんなからの信用も得られたし、こうしてランクDまで飛び級できた。だから礼でも言ってやろうかと思ってたのに」


「なんだと!? それはこっちのセリフだ。お前との戦いに勝手に乱入したら何故か加入試験を免除された。ケガさせた負い目もあるしなんかしてやろうと思って……」


 そこで阮と蓮は、自分が言っていることに気が付いた。


「「は?」」


(アレ? 何言ってんだ俺。喧嘩……だよな?)


(何言ってんの私。これじゃ阮にお礼言ってるだけじゃん)


 よくわからない雰囲気のまま、二人はどちらからともなく目線を逸らすこととなった。

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