第二話 新天地到着ッ!

「おお~、ここが西洋の街か」


 昨晩の食糧難を乗り越え、百鬼ナキリグエンは無事に街へとたどり着くことができた。


 朝からゲリラ豪雨に遭遇し幸先が悪かったが、街に着くことができたのだから良いだろう。


 明らかに毒があるだろう見た目をしていた蛇も、どうやら彼には効かなかったらしい。

 特に体調を崩すこともなく、平然とした様子だ。


 あの深い森から歩いて日中の内に街まで辿り着けたことも僥倖である。


「いや~、建物は高いし石造り。道路も整備されてて、馬車が走りやすそうなとこだな」


 そんな中、阮は己の故郷とあまりに異なる景色へ感動を覚えていた。


 彼の故郷はとてつもない田舎で、ここからずっと東にある小さな山だ。


 こことは気候も違い、建物の様式や道幅、住んでいる生物も違えば文化も全く異なる。


 そんな何も知らない新天地で不安にならず楽しめるのは、彼の心持がそうさせるのだろう。


「まずは冒険者ギルド? ってーところに行かないとな。俺も一から出直しだ」


 阮はひとまず、職を得るためにとある場所を目指す。


 東洋では冒険者組合。こちらでは冒険者ギルドというらしい。


 似たような機関ではあるが、実は内部の構造が違っていたり組織形態が異なったりする。得られる仕事も変わるらしい。


 阮は東の国ではそこそこ名のある冒険者だったが、こちらではゼロからのスタートということになる。


「ホント、めんどくさいったらありゃしねーぜ。あっちのランクがそのまま使えりゃ楽だったのに」


 ぶつぶつボヤキながらも、阮は街の中を突き進んでいく。


 高低差のない平坦な街は道の整備が行き届いており、大通りを歩いていればひとまず迷うことはなさそうである。


 ご丁寧に街の入り口に地図もあった。


「そういえば入国審査とかなかったけど……。こんだけ緩いってことは、外から入ってくる労働力とかを求めてるのか?」


 街としての力にもよるが、ここら辺の地域で自由に出入りできるというのは少し珍しい。


 阮の故郷は来るもの拒まず去る者追わずという感じだが、こちらは人間同士の対立も多いと聞く。


 その状態で入ってくる者を調べもしないということは、何か理由があるのだろう。


 しかしまあ、移住者である阮に都合がいいことに変わりはない。


 彼は何も気にすることなく、そのまま通りを歩いた。


 通りに歩く人々は、皆東洋では見られない深さのある顔立ちをしている。やはり人間種が多いようだ。


 外見上100%人間のような阮だが、純粋な人間種ではないから緊張してしまうのも仕方がない。


「人間の街ってのも久しぶりだな。ここ最近は妖怪の里にいることが多かったから」


 それでもこの状況を楽しめるのは、阮の胆力を感じさせる。


 そんなこんなで歩いていると、街の入り口からそこまで遠くない場所に大きな建物が見えてきた。


 ゴシック様式の尖った屋根。高価なガラスをふんだんに用いた外観。


 それだけでも、西洋の冒険者ギルドが豊富な財源を持っていることが見て取れる。東洋の冒険者組合はもっと地味な感じだ。


 観音開きの扉を開くと、食事を取れる大きな机とキッチン、そして奥には別の窓口がある。


 今は昼間ということもあってか、他の冒険者たちはちょうど仕事に出ているらしい。


 フロアを清掃しているおばちゃんの他には、窓口にすら人がいない様子だ。


「お昼休憩か……?」


 流石にここまで来て一旦引き返すというのは面倒なので、阮はひとまずおばちゃんに話を聞くことにした。


「なあ、他の職員はいないのか?」


 初対面の相手にあまりにも不躾な態度。とても人に尋ねる姿勢には見えない。


 しかし、おばちゃんも荒くれ者の対応には慣れているのだろう。清掃の手を止め、にこやかな笑顔で教えてくれた。


「今超大型新人というのが来たらしくてね、みんな修練場の方に行っちまったよ。ちょうど冒険者加入試験をしてるころさ」


 職務を放って観戦に行った同僚に悪態を吐きつつも、どうやらおばちゃんもその戦いが気になるらしい。うずうずしているのが見て取れた。


 超大型新人。いったいどんな奴なのか気になる。


 阮は東洋では名の知れた冒険者だ。もちろん実力も折り紙付きである。ならば、強者に惹かれるのも当然のことだ。


 早速阮は、おばちゃんから場所を聞き出し観に行くことにした。


 修練場は冒険者ギルドに隣接された施設で、加入試験や昇級試験をする他冒険者たちの訓練にも使用されている。


 見れば一目瞭然。その大きさと用途から、案内されるまでもなく場所が分かった。


 階段を上っていくと、大きな円形のフィールドに客席がある。


 元々は見世物用だったのだろう。フィールドよりも客席の方が大きい。


 そんな観客用の椅子に、今は酒を持ち寄った暇な冒険者がたくさんいた。


 席を埋め尽くすほどではないが、この街にいる冒険者の半数ほどが集まっているのだろうか。相当な人数になっている。


 当の戦いはすでに始まっていた。


 西洋剣と円盾という標準的な装備を身に着けた強面の試験官と、それに相対するのは……。


「げ、アイツもこっちに来てたのかよ……」


 龍だ。とてつもなく巨大な龍がそこにいた。


 蛇を神格化したような見た目のそいつは、存在するだけで洪水を起こし大河を震わす。


 蛇の妖怪が500年にして至るその姿。まだまだ発展途上である龍の幼体、蛟龍がそこにいた。


 なるほど、奴が冒険者になるというのなら、この人気ぶりも納得だ。


 東洋の龍である彼女は確かに幼体ではあるが、龍としての格は非常に高い。何せ500年以上も生きているのだ。


 長生きの生き物は総じて妖怪や魔物というものに強くなる。性格上人間に敵対もしない彼女は、この街の冒険者にとって切り札となりえるだろう。


 彼女と対峙している試験官も、緊張しているのか剣先が震えている。


 しかし無理もない。龍相手にあの装備で、果たして如何様に戦えと言うのか。


 傷を与えることはできるだろうが、そんなものは蛟龍の身じろぎひとつで吹き飛ばされる。


 こちらが奴の鱗を突破するころには、骨肉が砕け散っていてもおかしくはないのだ。


「これはつまり、蛟龍の実力を試験しているわけじゃねーな。蛟龍が人間に対して手加減できるか見てるのか」


 蛟龍は間違いなく妖怪側の勢力だ。人間や他の種族と共生することはできるが、一度暴れ出せば手が付けられない。


 人間と手を取り合うことができるか試験する必要がある。だからこそ、他の職員も目をひん剥いてこの場にいるわけだ。


 彼女の人気ということもあるだろうが、冒険者たちも多少警戒している。

 これだけの人数が居ても、並みの冒険者では数にすらならない。


「一番災難なのはあの試験官だな。案に死ねと言われてるようなもんだ」


 いったい何をやらかしたら、蛟龍と戦わされるなどということになるのだろうか。


 こんなものすべての人間が嫌がるはずだ。


 もし蛟龍が人間に対し手加減できなかったら? あの試験官は今日この場で死ぬことになる。


 冒険者ギルドの人間だ。当然それもわかっているだろう。


 そもそも、種族的に人間種では龍に勝てない。重量や大きさというのはそのまま力になる。あれでは、蟻が一匹で象に挑むようなものだ。


「ちょっとだけ楽しみだな。人間が龍相手にどう戦うか」


 しかし阮は、この戦いを止めようとはしない。試験官を心配することもない。それは何故か。


 彼女を信頼しているからだ。阮は蛟龍を知っている。彼女が人間を殺すことなど絶対にないという、その自信がある。


 それよりもむしろ、今は試験官の奮闘に期待していた。彼には全力で戦ってほしい。


 人の身で龍にどこまでやれるのか。初見の大物に対処できるのか。


 この地には、翼竜はいても蛟龍はいない。蛇のような体形に四足がついたあの妖怪に、果たして戦いになるのだろうか。


 阮は観客席にドカッと座ると、両手を組んで試験官の奮闘を祈った。

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