妖怪『妖怪殺し』、新人冒険者を育て街一番の冒険者パーティーを築き上げます! すべては大物妖怪を殺すため!
Agim
第一話 蛇狩り、行ってみよう!
「ふぃ~、結構歩いたな。もうすぐ街だと思うけど、今日はこの辺で休むか」
夕暮れ時、視界の悪い森の中で、一人の男が呟く。
彼の名は
分厚い上着がさらに阮の粗野さを際立たせていた。
しかし彼の柔らかな表情と温かい緋色の瞳は、その勘違いを一瞬にして晴らすだろう。
外見年齢は20代半ばといったところだ。若さゆえの精強さを思わせる。
「あ、しまったな」
と、そこで阮は己の失態に気が付く。
彼の開いた腰の袋。本来そこには非常食の干し肉が入っているはずだったのだが、どうやら道中で食べきってしまっていたらしい。
途中でそれに気が付かなかったのはお茶目ではあるのだが、何もない森の中ではあまりにも危険である。
食料がなければ人間は簡単に死ぬ。阮は純粋な人間ではないが、やはり空腹は堪えがたいものだ。
「森の中なら木の実か何かあっかな」
ただまあ、阮自身もこういう経験がないわけではない。むしろ何度も辿って来たことだ。彼の行動は早い。
手早く袋を仕舞い、今度はショートソードを抜いて辺りを見渡す。
進路を見失わないよう落ちかけの太陽と真反対の方角を向くと、ちょうど月が真正面に見えた。
彼はそれを目印に、歩いていた獣道から外れていく。
ショートソードで枝葉を斬りながら進むその様からは、森歩きに対する圧倒的な慣れを感じられる。
……というか、ショートソードの使い方はそれであっているのだろうか。これではショートソードと言うより、山刀や鉈の方がしっくりくる。
しかしまあ、本人が使いやすければ何でもいいのだろう。実際、
山は深く、時刻も相まって視界は最悪の状態だ。そんな中少しでも視界と安全を確保できるのなら、枝葉を斬るのも有効な方法と言える。
そのためにショートソードを鉈のように扱うこと。これこそ山歩きの慣れというモノだろう。
……そして慣れというものは、時に五感よりも鋭く働く。
「ちょうど良かった」
ほんのわずかに阮が横へ逸れた瞬間、右側の木から落下してきたものがいた。
それは凄まじく速く、そして視界に留まりづらい。これを避けられたのは本当に直感のようなものが働いたんだろう。
「毒はなさそうか。今日の夕飯は珍味だな」
蛇だ。樹木に擬態できるよう黒と緑色の模様を備えた狩人。これを見て「毒はなさそう」などと言えるのは、おそらく阮の感覚がおかしいのだろう。どう見ても毒がある。
全長は2mほど。蛇の肉体は凄まじく細く、人間の感覚では捉えづらい。
さらに付け加えるのならば、彼らはとても慎重な性格だ。最初の一撃を逃した時点で逃走を始める。
もちろん好戦的な蛇もいるだろうが、どうやらあの種は一撃必殺が決まらなければ即座に退避するようだ。それだけ反撃を嫌っているのだろう。
しかし、それを易々と見送る阮ではない。深い森の中でせっかく見つけた食料だ。時期的に実りがあるかもわからない。アレを逃してしまえば、今日の夕飯はその辺の草ということになる。
であれば阮も本気だ。己の夕飯が懸かっている。
彼は即座に指先から光を放ち視界を確保すると、今度は上着の内から銀の球を取り出した。
手の中で銀の球を瞬時に熱し、樹木を全力で上っている蛇にそれを投げつける。
本来樹木に完全に擬態しているはずの蛇は、しかし強烈な閃光と阮の圧倒的な視力により丸見えとなっていたらしい。
狙いは若干外れ、銀の球は蛇の目前に命中する。
すると今度は、銀の球が弾け中から高温の水が溢れだした。
当然弾けた熱湯は蛇に降り注ぎ、たまらず木から転げ落ちる。
しかし野生の生き物というのは凄まじいもので、蛇は地面に着地すると同時に再び逃走を開始した。
おそらくは魔法で痛覚の類を遮断したのだろう。傷はあるはずだが、それをまったく感じさせない俊敏さだ。
このまま地面を這って逃げられては、むしろ草本に隠れて視認しづらくなる。
蛇自身もそれがわかっているのだろう。阮相手には木の上よりも足元の方が隠密性が高いと判断した。
蛇は己の体格と形状を生かし、木の根や雑草と同化しながらハイスピードで駆けていく。
……しかし突然、蛇は目の前の樹木に衝突し動きを止めた。その木を避けるでもなく、ただ前方に衝突し続けているのだ。
「随分土地勘のある蛇だな。ここら辺を根城にしているのか」
そこへ阮がゆっくりと近づいていく。
相手は2mにもなる野生の蛇。全力で逃げられれば、当然走らなければ追いつけるはずがない。
だというのに、阮は視線だけで追い歩いて付いてきたのだ。まるで蛇がこの場で停止することが分かっているかのように。
「フラッシュと熱を使って逃げられるとか、この辺の蛇は相当頭が良いんだなぁ」
そう、彼が行ったのはあくまでも攻撃ではなく、移動できなくする技術だった。
移動能力が著しく低下すれば、人間の歩みでも野生動物に追いつける。
四足獣であれば、脚を斬れば良い。それと同じことを蛇にやっただけだ。
強いフラッシュならばもともと視力の弱い蛇は前方しか見えなくなるし、熱を全身に浴びればピット器官は使い物にならない。
それにはもちろん、普通の熱湯ではダメなわけだが。
熱湯は拡散すればすぐに冷めてしまう。であればどうするか。
水系魔法と炎・熱系魔法の出番だ。両者を複合させれば、遠隔からでも温度を一定に保つことができる。
確かにある程度技術のいることであるが、逃げる蛇に投擲物を命中させるよりは幾分簡単だろう。
何せ蛇の身体は細い。石やナイフの類を命中させられる自信はあったが、より確実な方を選ぶのが良いだろう。
それならば、広範囲に拡散する熱湯の方がやり慣れている。
……しかし、では何故蛇は即座に動きを止めなかったのか。
視力もピット器官も失っていて、何故ここまで逃げることができたのか。
もちろん聴覚や触覚という感覚を使っていたのは間違いないが、一番は土地勘だろう。
蛇が土地を覚えるというのは意外だが、実は蛇もある程度の範囲を記憶することができる。
しかしまあ、普通の蛇ではないのも明らかではあるが。
「さて、コイツを食うにはどうすりゃいいのか」
そんな疑問もよそに、阮は転げまわる蛇を持ち上げ抜き身のショートソードでその首を撥ねる。
蛇は怪しい黒の肉体をビクビクと震わせると、次の瞬間には絶命していた。
あまりにもあっさりしている。しかし自然というのはそういうものだ。捕食者と被食者が入れ替わっただけである。
何の感慨もなく、阮は蛇の肛門から薄いナイフを入れ腹を開いていく。
開いた腹から臓物をすべて取り出すと、一応胃袋の中身を確認した。
だが、結果は簡単に予想が付くだろう。蛇が飲み込めるはずないほど巨大な阮を襲ってきたのだ。目についた獲物を何も考えず襲ったに違いない。
案の定、蛇の胃袋は綺麗に空だった。
「コイツが普段何を食べてるか知りたかったんだが……仕方ないか」
その土地の生態を知ることは、相手の弱点を知ることだ。
狩りを生業としている阮は、新しい土地に来れば必ずこれをしていた。
阮は少し残念そうな表情を浮かべると、今度は雑に皮を剥き背骨を外していく。
煮込めば食えそうではあるが、阮の生まれた国には骨を食す文化はなかった。
それから肉を分離すると、手近な石に座り込み枝に火を点ける。
間違いなく毒があるだろうが、阮はそんなこと木にせず己の手ごと火の中へ突っ込んだ。
蛇の身体を丸めて火にぶち込むその様は、第一印象の蛮族を彷彿とさせる。
だが、何もおかしいことはない。彼が良しというのなら、それ以上のことはないのだろう。
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