3話

 二日後。

 美山愛子が死体で見つかった。

 大阪府大阪市住吉区の住の江海岸で溺死。

 浜野マサキと同様に、美山の手には一枚の百人一首の札が握られていた。

「住の江の 岸による浪 よるさえや 夢の通い路 人目よくらむ」

 京都府警と大阪府警で共同捜査本部が置かれることとなった。

 giftの面々も捜査本部の末席に加わった。

また、かるた会のメンバーが集められ、事情聴取がなされた。

 

 冷泉奏帆(17)高校生 百人一首クイーン

「昨晩は家にいた。家族が証明してくれると思う。……美山さんは私の姉弟子のような人で、私がクイーンになった時も応援してくれた。……今回死んじゃうなんて、本当に……」

 奏帆は声を詰まらせた。

「お辛いでしょうが、一つ聞いても宜しいでしょうか?」

「……う、うん」

 奏帆は涙を拭って聞き返す。

「前回の『村雨の~』の歌と今回の『住の江の~』の歌ですが、どんな意味ですか?」

「えと、村雨のは寂蓮法師の歌で、村雨が通り過ぎ、雨の露がまだ乾かないヒノキの葉に霧が流れていく、秋の夕暮れであるよ。……住の江のは藤原敏行の歌で、住の江の海岸に打ち寄せる波のように何度も通ってくれたのに、近頃は夜でさえも来てくれないのね、夢の中までも私を避けているの、という歌」

「そうですか。詳しく、ありがとうございます」

 紫子は他の容疑者にも歌の意味を聞いていた。答えられた者も答えられなかった者もいた。

「これが何か意味があることなのか?」

 理系の潤は百人一首と面識がなさ過ぎて、訳されても情緒とかが分からない。

「今回の殺人は見立て殺人です。歌の意味がしっかりと分かっている人物が犯人の可能性が高いです。この殺人で何か伝えたいメッセージがあるのでしょう」


 渡辺智彦の家は紫子達を始め、警察が出たり入ったりしていた。

 その間、渡辺はホテルに部屋を取っていた。

 giftの面々も宿泊するホテルに戻ろうとした時だった。

「あれ、何だ」

 川端が指差した先を見ると、月影に照らされて何かが見えた。

 それを理解するのに時間を要した。

 磔。

 月が雲に隠れると同時に、その磔も消えていた。

「急いで下さい!」

「え……、何だ、さっきのは……」

 呆然としている皆を我に返らせたのは紫子の声だった。

「あのビルです!」

 紫子、川端、和泉、憂、潤の順で駆け出した。

 ビルの中に入るとエレベーターと階段があった。

 紫子は迷わずエレベーターを選択し、最上階のボタンを連打する。

 エレベーターが上がっていく間、やけに時間が緩慢に感じられた。

 最上階、屋上に着いた。 

 そこには磔にされた藤井さゆりが横たわっていた。

 首にはロープのようなもので絞められた跡があった。

 和泉が脈、呼吸、瞳孔を確認する。

「……死んでるわ」

 紫子は渡辺の家にいる向井に電話をかけた。

「第三の殺人が起きました。至急、来て下さい」

「紫子ちゃん、これ……」

 和泉が差し出したのは被害者が持っていた百人一首の札だった。

「めぐり逢ひて 見しやそれとも わかぬまに 雲がくれにし 夜半の月かな」

「月の晩、雲隠れ、また見立て殺人ですか……」

 程なくして警察が到着して、遺体を運んでいった。


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