2話

「いらっしゃいませー」

 自動ドアが開き、俺が店に入ると同時に店員の元気な声が響く。店内は外の暑さとは別世界だった。

「はぅ、涼し~」

 思わず声を漏らしてしまう。やっぱり冷房の効いた室内は最高だぜ。……このまま暫く涼しさを堪能したかったが、店に入っていつまでも注文しないままだと怪しまれるので、カウンターの方へ向かう。

「いらっしゃいませ。ご注文は何にいたしましょうか」

 女性店員のスマイルゼロ円で俺に襲い掛かる。おっふ、やめろ営業スマイル。お、俺には紫子さんがいるんだ。可愛い制服姿になんてときめかないぞ。

「……え、え~と……。これとこれで、お願いします」

「店内でお召し上がりですか?」

「え、あ、はいぃ」

 コミュ障モロバレの挙動不審で、何とか会計を済まし俺は二階の飲食スペースへ移動する。

 階段を上がりフロアの全体を見渡すと、それほど混んではいないようだった。数人のグループで固まっているのもいれば、俺のようにぼっち参戦をする者もいた。同士(三十代前半・サラリーマン風の男性、五十代後半・職業はちょっと分からない男性)を見つけ、俺は少し勇気付けられた。

 俺は、隅の二人掛けテーブルを選び、一方の椅子にイベントグッズ入りの袋を置き、向かい合うように自分も座った。そして、一人静かに食事を始める。

 少し騒がしい店内で食事をしていると、学生時代に散々経験したぼっち飯の哀しい思い出が蘇ってくる。でも今の俺には仲間がいる。有難う、ぼっちの戦友達よ。お互い、これからも頑張りましょうね、と心の中でエールを送った。

 お、このハンバーガー美味しいな。そういえば、久しぶりだよな、こんな風に一人で外食するのは。学生時代以来だよな。いつもコンビ二飯のくせに、背伸びしてファミレスに入ったら泣きたくなった苦い思い出が脳裏に蘇る。……でも、今の俺には一緒にご飯を食べてくれる人達がいるんだなと、ジーンとなってしまった。てゆーか、こんな所で何涙目になってるんだよ。不審者過ぎるわ。泣くのはイベント後にしろよ。

「ねぇ、たっくぅ~ん。あそこに座ろうよぉ~」

「おう」

 変に語尾を伸ばした甘え声の女とチャラそうな男のカップルが目の前に現れた! 憂はどうする。1、たたかう。2、ようすをみる。3、エサをあげる。4、にげる。……って、何でゲームのウィンドウが出現してんだよ、エサってなんだよ。

 その間にカップルは、俺とサラリーマンの間の席に腰掛ける。思ったより近くに来やがったな。俺は隠しコマンドの6、やりすごすを使った。ちなみに、隠しコマンド5は石を投げるだ。こんなことしたら殺される。

「これ、食べさせてあげるねぇ~。はい、あ~ん」

「ん、うまっ」

 イラッ。

見せ付けてんじゃねえぞ、このリア充共がっっ! 爆発しろ爆発しろ爆発しろ……。ハッ、いかんいかん。負のオーラで飯が不味くなるところだった。落ち着け、あんな奴ら気にすんな。平常心平常心……。

「マミにもあ~んしてぇ~」いちゃいちゃ。

「甘えんばだな。ほら、あ~ん」いちゃいちゃ。

 ふざけんな。公共の場で恥ずかしくないのか、あいつら。何が、あ~ん、だ。人が食ったもんを食わされて嬉しいか? 間接キスだし。……「はい、憂さん。あ~ん」

ひゃ、百歩譲って紫子さんにされるならいいかもしれないけど。

 そもそも何だ、あいつら。制服姿ってことは高校生か、さすがにアレで中学生はないだろう。普通この時間って学校あるよな。まさか、サボりか。サボってイチャついてんのか、こいつら。ホントろくでもないな。制服の着崩し方と言葉使いからみて、そんなに頭はよくないな。彼女の方は、典型的なかわいこぶりっこタイプだな。多分腹黒だ。男を落とす術を知ってる、恋愛に関しては頭のいいタイプ。男の方は、まあ顔はそれなりにカッコいい方だとは思う。少なくとも俺なんかと比べれば、かなりイケてる。でもな、弁護士殿や社長を日頃見てると、普通のイケメンに反応できなくなるんだよな。感覚が麻痺しちまったのかな。それに、この男完全に彼女にデレデレだ。カモにされて、そのうち捨てられるな。あの彼女、自分が一番可愛いって思ってる、でもメイクやアクセサリーで着飾っている。自分に自信を持っているが故に、男に嫌われるのはいやなんだろうな。

 ……って、ついいつもの癖で分析しちまった。これが職業病ってやつか。まあ正式に職には就いてないけど、哀しいかな、ニートだけど。

「そういえばさぁ、初デートの時って~」

 こ、ここで初デートの話だとぅ⁉ 

「そういえば、そろそろだよな」

 ああ、付き合って一年経った記念日とかか。

「明日で付き合って一週間目だよね!」

「明日は記念にパフェおごってやるよ」

「わぁ~、さっすが、たっくぅ~ん。愛してるぅ~」

「俺も愛してる~」

 記念日短けえよ。一週間ごとに行われる特売セールと同じ周期だぞ。そんなんじゃ毎日が記念日になっちゃうだろうが。何なの、もしかして今時の若者って皆こんなんなの? 俺ついていけないよ……。

 

 食事が終わるとすぐに店を出た。バカップル共め、爆ぜろ! という捨て台詞を心の中で吐いた。

 イベントはとてもとても楽しかった。


 

 後日談。

「真面目な話。彼氏彼女のいるリア充は、リア充税ってのを払えばいいと思うんだ。そんな法律がいつかできることを俺は切に願う」

「何それ、僻み?」

「クッ」

 そういや弁護士殿には彼女がいたんだった。

「そんなことされちゃ困るよ。だって、お金を沢山使ってくれるのは、君のいうリア充達だろ。彼らから税金を取ったら、消費が抑えられて市場が縮小する」

 クッ、金の亡者め。


「連太郎君、記念日ってどう思う?」

 今時の若者の感覚を掴もう。

「えっと……。何気ない日でも記念日にすると楽しくなると思いますよ。例えば、サラダ記念日とか」

 か、可愛い。

「うん、有難う。その言葉が聞けただけで十分だよ」

 やっぱり文学少年は純粋でした。









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