パンと毛布~綿菓子~
「どちらがって……」
「簡単には決められないわよ、そんなの」
生徒たち――特に生きている生徒たちは、彼女の問いに困った顔を見せた。
リリーメイにとってはどちらも欠かせないものだし、仮にどちらかがなくなってしまうのは大問題だ。
これはなかなか難しい問いだなと思いつつ、リリーメイは隣に座るアスタの顔をちらりと見た。するとアスタは考え込むように小さく頭を揺らした後、にこりと笑ってこう言った。
「そうですね~、わたしはどこでも寝られますから、パンを選びますね~。おいしい食べ物は生命に関わるくらい大事ですし~」
あっさりと答えを出してしまったアスタに、生きている生徒たちは驚きの目を向けた。
「え、即決? アスタって肝が据わってるわね……」
「うふふ、どういたしまして~。ちなみに、今のは幽霊が生命のことを語るっていう新作ギャグだったんですが、判りづらかったですかね~?」
すると、そんなアスタと幽霊ギャグについて会話していたクルリナも、眉間に深いしわを寄せてうなり始めた。どうやらアスタに刺激を受けたようだ。彼女はしばらくうんうんと言った後、とてもつらそうな表情で口を開いた。
「強いて言うなら、ものすごーく強いて言うなら、あたしは毛布かな? パンは、スープとか飲んで無理矢理我慢できないこともないし……? 『おいしいパン』が手に入れられないなら、まずいパンでも口に入ればなんとか……いやでもなあ、ううん……」
クルリナは喋りながらもまだ葛藤を抱えているらしい。なんとか言いたいことを言い終えた彼女は、後でジャムを塗ったおいしいパンが食べたいとぼやいていた。
ふたりが意見を口にしたことで、フィーリアを含めた全員の視線はリリーメイに向かう。
フィーリアもまた、彼女に意見を求めた。
「ありがとうございます、おふたりとも。それでは、リリーメイさんは?」
リリーメイは日々の生活を思い出しながら、万が一それらが消えてしまった世界のことを想像していた。あまり楽しい想像ではなかったし、万が一そういう世界が現実になったら、そこで生きていけても何かが足りなくて寂しそうだなと、彼女は思った。
足りない。それって、何が足りないのだろう。
ああ、でもこういう着想は、いつか物語のネタに使えそう――。いけない、今は問われていることに答えなければ。リリーメイは必死になって黒板のイラストを見て頭をひねった。
「私は、そうですね……。ええっと……」
リリーメイはそれからしばらく考え込んでいたが答えを出せず、静かに首を横に振った。
「ごめんなさい、選べません」
どちらも選べない、という意思の表明。フィーリアは特にそれを非難するでもなく、うなずいている。
「えっ、ずるいわよリリィ!」
ちなみに両隣に座るクルリナとアスタは不満そうに頬を膨らませている。
フィーリアは、そんな彼女たちをたしなめるように、いいんですよと言って講義を続けた。
「みなさん、きれいに意見が分かれましたね? この問いに正解はありませんし、選べない、というのもひとつの意見です。毛布とパンに限らず、何にどのような価値を感じているかは人それぞれですから」
フィーリアは、そもそもどうするかと問いかけただけで、必ず選べとは言っていなかった。クルリナの言うとおり少しずるいかもしれないが、リリーメイは自分の迷いが意見として認められたことにほっとした。
「では、ここで選択肢を増やしてみましょう」
場が落ち着いたところを見計らい、フィーリアは黒板にもうひとつのイラストを描き足した。
それは特定のものを表した絵ではなく、綿菓子のようなふわふわとした形に大きくクエスチョンマークが書き込まれた何かだった。フィーリアはそこにきらきらと輝くようなエフェクトを追加している。これは一体なんだろうか。
「あなたたちがそれぞれ持つ人生最高の楽しみと引き替えに、毛布とパンの両方を手に入れられるとします。あなたたちはそれを差し出すことはできますか? ここで言う楽しみは、大事なものと言い換えても構いません。差し出さずにパンと毛布のどちらかが欠けた人生を選ぶというのも、もちろんありですよ」
フィーリアは、第三のイラスト――光る綿菓子こと、『人生最高の楽しみ』を示しながら新しい質問を投げかけた。
クルリナは両手を後頭部で組みながら、むう、とうなった。しかし今度はさほど悩んでいる様子を見せず、すらすらと質問に答えた。
「人生最高の楽しみ? あたしにとっては絵なんだろうけど、それを差し出すなんて無理よ。それならあたし、一生パン抜きでいいわね」
いつ見ても絵を描いているクルリナらしいなと、リリーメイは感心した。クルリナの一貫した考え方に、彼女は友人として敬意を抱いている。
ちなみに絵以外の学習科目はどんな具合か尋ねたこともあったが、クルリナに悲しげな顔で見つめられたので半ばタブー扱いになっているのは内緒だ。
「わたしは何でしょうね~。過去のことをあまり覚えていないものですから、何が最高の楽しみだったのか、いまいち判りませんね~。だから、差し出せるかどうかも答えられません~」
続くアスタも、比較的あっさりと回答した。彼女は生前のことを含めて自分に関する記憶が曖昧らしいので、無理からぬことだろう。
リリーメイもまた、これに関しては自分の考えをはっきりと述べることができた。
「私は…………最高の楽しみと言えるものは、あります。差し出せるかと言われたら、嫌です」
それは、最高の楽しみが何か、はっきりと解っていたから。
リリーメイは自分が好きな物語を好きなように書きつづっているときのことをはっきりとイメージしていた。
そのことを思うと、胸がじんわりと熱を帯びる。なくすことを考えると、胸がせつないくらいにきゅっと締まるような気がした。
三人の答えを確かめたフィーリアは、空いたスペースに小さな綿菓子を描き足してさらに問いかけた。
「では少しだけ譲歩して。最高とまでは言わなくても、ある程度の楽しみと引き替えに毛布とパンの両方をもらえるとしたら。何までなら差し出せますか?」
新しい質問に、三人は顔を見合わせた。
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