パンと毛布~問いかけ~

「リハビリって……」


 突然名指しされたリリーメイは、眉根を下げて戸惑いの色を浮かべている。彼女は目の前に立つフィーリアの三角帽子のてっぺんからつま先までをまじまじ観察すると、目に涙を浮かべて尋ねた。


「もしかしてフィーリアさん、どこか悪いんですか……?」

「いいえ、おかげさまで健康そのものです」


 フィーリアは表情を変えないまま、かけられた疑惑をきっぱりと否定した。リリーメイはほっと息をついていたが、両隣のふたりは彼女を挟んで渋い顔をつき合わせている。


「アスタ、今のはリリィの高度なボケなのかしら……?」

「いいえ~、天然だと思いますよ。残念ながら~」


 そんなやりとりをさして気にするそぶりも見せず、フィーリアは語り出した。


「実は私、学院講師の資格を持っておりまして」


 フィーリアの鈴にも似た細い声が、人のいない館内によく響く。それぞれ騒いでいた三人も、彼女が話し始めるとすぐさまおとなしくなった。


「私は講師業にも手を広げていきたいと考えているのですが、いかんせん資格を取って以来実技はご無沙汰です。ですので、本日は講師を始めても困らないように、講義のリハビリに付き合っていただきたいと考えております」


「ほお……」

「なるほど……?」


 フィーリアの淡々とした説明に、事前に話を聞いていたであろうアスタ以外は目を丸くしてぽかんとしている。

 一瞬の沈黙が流れた後、リリーメイは隣に座るアスタに小声で話しかけた。


「あの、フィーリアさんって魔女で司書で講師なんですか? ちょっと属性盛りすぎでは……?」


「聞くところによると、学生時代は人付き合いが苦手で、ひとりで勉強に打ち込むうちに色々な資格をゲットするに至ったらしいですよ~。ほかにもあんな資格やこんな資格も持っているらしくて~」


 とはいえ机を挟んで目の前にいるフィーリアに聞こえていないはずもなく、すぐさま鋭い声が飛んできた。


「……アスタさんはちょっと黙っていてください」


 しかしアスタはフィーリアの注意を意に介することなく、何なら煽るような視線を彼女に送りつつ話を続けた。


「ついでに、今日は魔術学院の先生っぽい服装をがんばって選んだそうです~。よく見てあげてくださいね~」

「ああー、それで学校の先生みたいなローブ姿なんですね。なるほどなるほど……」


「アスタさん…………」


 フィーリアは呆れたようにアスタを見やったが、諦めたのか、それ以上は何も言わなかった。


 彼女は眼鏡の位置を軽く直すと、三人に向き直る。それを見たアスタは、元気よく手を挙げて彼女に尋ねた。


「はいは~い。フィーリア先生は、何の講義をしてくださるんでしょう~?」


 問われた彼女はほんのわずかに口角を持ち上げて答える。どうやらアスタの暴露からはすっかり立ち直ったようだ。


「はい、質問ありがとうございます、アスタさん。本日は講義というより、議論主体の内容です」


 フィーリアはくるりと黒板の方に身体を向けると、そこにすらすらと文字を書き込んでいく。リリーメイは、それがはじめての来館時に入り口で見た筆跡だということに気がついた。


 文字を書き終えたフィーリアは身体の向きを元に戻すと、穏やかに話し始める。


「――本日は『パンと毛布』というテーマについて、ここにいるみなさんで意見を出し合ってみたいと思います。恐れ入りますが、アスタさんは生前のことを思い出しながらご参加願います」


 パンと毛布。どちらも身近なものだが、それについて話し合うとはどういうことなのか。


 リリーメイはフィーリアの顔を見ながらその奇妙なテーマについて思案した。


 フィーリアもリリーメイの視線に気がついたらしく、彼女の目を見ながらほんの少しだけ微笑んでみせた。


「みなさん、ふかふかのベッドで毛布にくるまれて眠ることはお好きでしょう。そして同時に、よく焼けたおいしいパンを食べることが嫌いな方も、ここにはいないと思います」


 三人の生徒たちはうんうんとうなずく。

 彼女たちの反応を見ながら、フィーリアは黒板に毛布とパンの簡単なイラストを描いていく。なかなかうまい。


「では、どちらが好きですか? 明日からの世界ではどちらか片方しか選べないとしたら、どうします?」


 生命の源であるパン。


 快適な眠りのための毛布。


 フィーリアはふたつのイラストを、差し棒で交互に叩いた。

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