はじめてのデート?~空色~
「ところで、ずっと前から聞きたかったんだけど……」
「んー?」
手持ちぶさたになったふたりは、ぼんやりと冬の空を眺めている。
いつの間にか日が傾き始めていて、茜色に変わりつつある空が今日の終わりを告げる準備をしていた。
思い切り泣いてしまったリリーメイは、どこかすっきりした気持ちで問いかけた。その言葉は、デートの始めとは比べものにならないほどすんなりと形になった。
「クルリナちゃんは、どうして出会ったばかりの私なんかによくしてくれるの? そもそも、どうして私に声をかけてくれたの?」
クルリナは少し考え込んだ後、右の手でお腹を押さえてくつくつと笑い始めた。
「あはは! 単純に図書館のドアの前で奇行に及ばれているのが迷惑だったのよ」
「奇行!?」
「あんたがアスタにびびって入り口でもじもじしてるから、あたしが入りづらかったの。それで歳も近いみたいだし、ちょーっと話しかけてどいてもらおうって思ってたんだ。そしたら思ったよりも変な子だし、よく解らないけど必死だし、ついついそのまま着いていくことになっちゃったって感じかな」
「えぇ……?」
身も蓋もない理由に、リリーメイは肩を落とした。こう言われるほどに、あの日の自分はおかしかったのか――いろいろなことを思い出して、彼女は顔が熱くなるのを感じた。
「それに」
リリーメイが恥ずかしさでうつむいていると、クルリナの手が再度、彼女の肩に触れた。というか、思い切り掴まれている。彼女が思わず顔を上げると、そこにはいつもの強気な瞳とは違う輝きをたたえたクルリナの顔があった。
それは、まるで小さい子供が何かを期待しているような。プレゼントを開けたくてうずうずしているような。そんな色だった。
クルリナはなにかの確信を持って、リリーメイに尋ねた。
「――ねえリリィ、あんた物書きでしょ!」
「へっ!?」
思わぬ方向から飛んできた質問に、リリーメイは素っ頓狂な声をあげた。
ちなみにクルリナの指摘は。
「見ちゃったの、あんたのノートのメモ書き。あれって小説のネタでしょ? 友達に似た趣味の人がいたから何となく判るのよ!」
――真実である。
リリーメイは趣味で小説を書いている。しかしそれは誰にも内緒の趣味であり、できれば知られたくないたぐいのそれだった。だから彼女は、クルリナの突然の指摘にひどくひどくうろたえた。
「ででででもっ! それはまだ、単なる趣味というか……どこにも出したことないし、その……」
クルリナは彼女の肩をがっしりと掴んだままにこりと笑う。それがどこか悪い笑みに見えたのは、リリーメイの気のせいだろうか。
「まだってことは、将来はそれでご飯が食べたい、と」
「ああああ…………それは…………」
ことごとく図星を突かれて、リリーメイはがっくりとうなだれた。もうだめだ、ごまかせない。それにごまかそうとしたところでクルリナはそれを許してくれないだろう。そう思うと、リリーメイはこれ以上の言い訳をひねり出す活力を失ってしまうのだった。
「……まあ、うん。魔女が作家になってはいけないってこと、ないし。私の好きな作家も、魔女だし……」
ぼそりぼそりと彼女は言う。するとクルリナはまた、彼女の背中を力強く叩いた。それが少しだけ肺に響いて、彼女は息を詰まらせた。本当にこの友人は強引だ。
「じゃあなんで隠すのよ。もっと堂々とすればいいじゃないの」
「だって恥ずかしいもの……。そういうクルリナちゃんは自分の夢、大声で言えるの……?」
リリーメイのささやくような問いに、クルリナは特に悩むことなくあっさりと答えた。
「うん、言えるわよ」
リリーメイは驚いて、上体をばっと持ち上げた。
するとそこではクルリナが、例の子供のように輝く瞳をきらきらさせたまま笑っていた。
彼女はふいにリリーメイの右手を取り、両手で包むようにして握りしめた。
「あたし、将来は挿絵作家になるのが夢なの。だからその第一歩として、あたしに挿絵を描かせてくれる素敵な物書きを探してる。あんたはあたしの獲物よ、獲物。あんたみたいな泣き虫で変な子が、ただであたしとお友達になれたなんて思わないことね」
「獲物って……?」
クルリナのあんまりな物言いに、リリーメイの開いた口はなかなかふさがらない。
しかし、まったくためらいを見せずに自分の夢を表明したクルリナを、彼女は素直に尊敬した。
するとふいにクルリナは握ったままの手に力を込めた。そしていつか図書館で見せたときと同じように、耳たぶまで顔を真っ赤にして、すっと視線を逸らしてしまった。
「……それに、あんたはあたしの絵を褒めてくれたし。あたしの挿絵、学校の先生にはあまり受けが良くないのよ。それでちょっと自信なくしてた。だから……うれしかった。久しぶりに褒められて、うれしかったの」
クルリナの手からは熱が伝わってくる。彼女の手は体格に似つかわしく小さいが、見た目よりもずっと力強い、ごつごつとした美しい手だった。
「だからあの日、あんただけはあたしが捕まえなきゃって思ったの。お友達でいてほしいって思ったの。本当は物書きとか半分くらいどうでもよくて、いややっぱり物書きはほしいけど、えっと」
「クルリナちゃん……」
すっかり口ごもってしまったクルリナに、リリーメイは握られていない左手を伸ばそうとした。するとクルリナは頭をぶんぶんと振って、大きく息を吸ってから顔を上げた。
「あんたはさ、もっと胸を張ればいいのよ。見てて腹立つわ!」
そこにいたのは、すっかりいつもどおりに戻った強気なクルリナだった。まだなんとなく顔は赤いが、リリーメイはそれを指摘するのをやめにした。
「これからのあんたはあたしの作家なの。だからしゃきっとしなさいよね。何なら背中叩いて伸ばしてあげようか?」
リリーメイは宙をさまよっていた左手をクルリナの髪に向けた。頭を振って乱れてしまった髪を耳に掛けてあげながら、見習い魔女兼絵描きの獲物はにこりと笑った。
「それってもう決定事項? 私、獲物だから捕まって食べられちゃうのかな?」
クルリナは少しだけくすぐったそうにした後、ふんと鼻を鳴らした。まだあどけなさの残る顔には勝ち誇ったような表情が浮かんでいる。
「そうよ。リリィのくせに不服だっていうの?」
「とんでもない。私の卒業課題が終わったら――、一緒にやろうね、絵描きさん」
そうして彼女たちは、明日再び図書館に集う約束をして解散した。
それはまるっきりいつもどおりの流れだったが、リリーメイにはなんだか特別な約束のように思えたのだった。
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