はじめてのデート?~飴色~

「……私ね、もうすぐ魔術学院を卒業するの」

「うん」


 最初の一言を吐き出したリリーメイは、彼女にもらった飴を口に運ぶ。頭の中に、やさしい甘さが広がっていった。


「それで卒業課題を出されているんだけど、そのテーマを呑み込めなくて。それでフィーリアさんに相談したんだ」

「ふぅん?」


 クルリナは頭をひねった。彼女は魔術学院のことに詳しくないから、聞きたいこともいろいろあるのだろう。しかし実際にはそれらの疑問を口にすることなく、彼女はただリリーメイの次の言葉を待っていた。


「ある意味魔術学院の名物って言われているんだけど、卒業課題だけは普段の課題と少し違っているの。大きくて曖昧なお題だけ出して、あとは自分で考えてこいっていうスタイルなんだ。それまではガチガチに決められた課題ばかり要求してくるのにね」


 リリーメイは手元の飴を見つめたまま、目尻を下げた。クルリナの顔は見えないが、真剣に聞いてくれているような気配がする。それはあくまで自分の願望かもしれないが、それでもいいと彼女は思った。


「今年の卒業課題は――『幸せの魔法』。誰かにちょっとした幸せを与える魔法や魔術道具マジックアイテムの制作。だから私、その課題を解くために……幸せってどういうことなのかを知りたかった」


 そこでリリーメイは言葉を打ち切り、また飴を舐めた。


 勇気を出して隣を見てみると、そこには口をぽかんと開けたクルリナがいる。リリーメイは彼女の表情に少し驚いた。何かおかしなことを言っただろうか?


「それでリリィは、その答えを本に求めたってわけ?」

「え? うん、そうだけど……」


 彼女の言葉を聞いたクルリナは、額に手を当ててはあ、と大きなため息をついた。


「…………あんたって、実はものすごくバカなんじゃない?」

「えぇ!?」


 想定外の返しに、リリーメイは飴を取り落としそうになった。慌ててそれを掴んだ彼女を、クルリナの呆れ顔がふたたび出迎えた。


「そんなさ、画一的な答えがあったら課題になんてならないじゃないの。バカ?」


 こつん。

 クルリナは、背中を丸めたせいでやや低い位置に来た彼女の頭を軽く小突いた。


「で、でも……!」

「でももなにもないわよ。あんた、課題の趣旨いっこも解ってなさそうね!」

「はぁーーーー!?」


 こつんこつん。

 さすがに頭にきて反論を試みたリリーメイだったが、喋る前にまた頭を小突かれて黙りこくってしまった。しかも今度は二回だ。クルリナはコツを心得ているのか地味に痛い。


 無言で続きを促す彼女の圧に負けて、リリーメイは口を動かした。


「……私は上級院に進学することが決まってるんだ。自分で言うのも恥ずかしいけど、成績優秀だったから推薦してもらえたの。だからこう、推薦してくれた先生たちのためにも卒業課題は完璧なものを出さなきゃって思って。でもテーマが曖昧すぎて解んなくて、それで」


 ゆるい風がふたりの間を抜けていく。いまこの静かな広場には彼女たちがふたりきりだ。


「……優秀ってことになっているのに卒業課題に手も足も出ないのが恥ずかしくて。周りはなんだか楽しそうに課題の話をしてるのに私だけ入れないの。でもひとりじゃ全然解決できなくて。学校の友達も私を心配してくれて、その子があの図書館を紹介してくれて……」


 飴を握る手に力がこもる。それはやがて、震えに変わっていった。


「あそこは小さいけどすごい図書館で、そこにいるフィーリアさんはすごい司書だって聞いてた。だから彼女に聞けばきっと答えが見つかるって思ったの。でも聞いたら、『そんなものない』って……」


「それでへこんでるんだ?」

「うん……」

「そんなものないって、それはそうでしょうねえ」


 フィーリアだけでなくクルリナからも同じことを言われて、リリーメイはますます背中を丸めて小さくなった。鼻の奥がつんとして、熱い。リリーメイには彼女たちの言っていることが呑み込めない。見習い魔女にとってはそれが悔しかった。


「クルリナちゃん。それが普通の人の感覚なの……? もしかして私がおかしいのかな……?」


 見習い魔女は殻にこもるようにもっと背中を丸めていった。鼻だけでなくまぶたの裏まで熱くなり、彼女は今にも泣いてしまいそうだった。


「あー、うん。変よ」


 それを隣で見ていたクルリナは、あっけらかんと言った。


「まあリリィは初めて会った瞬間からおかしかったから、案の定~って感じだけどね」

「なにそれぇ……」


 クルリナは図書館の前で出会った日のように、彼女の二の腕をばしばしと叩いた。変だ変だと言われるのはこたえたが、クルリナが触れていてくれるだけで、彼女は孤独の海から引き上げられるような心地がした。


 クルリナは笑っている。


「てか、あんたは真面目すぎて頭カチカチになってるのよ。難しく考えすぎ。ちょっとした幸せなんてありふれてるんだから、そんなに構えなくてもいいのに」


 クルリナはまだまだ大きい飴を空高く掲げて、目を輝かせた。


「たとえばあたし、この飴舐めてるとすっごく幸せ! スランプだって吹き飛んじゃいそうな気持ちになるの!」

「……!」

「リリィにだってあるでしょ、そういうの」


 あんたも舐めなさいよと促され、リリーメイは半泣きになりながら飴を口に持って行った。


 大きさが半分くらいになったところで彼女はそれをバリバリと噛み始め、クルリナに呆れられてしまった。しかしクルリナはまたしても笑いながら、彼女の真似をして飴を噛んで食べてしまった。


 やがて飴がなくなると、クルリナはゴミ捨てに行くと言って噴水広場を出ていった。リリーメイは彼女の荷物番をしながら、次々と溢れてくる涙をハンカチで拭い続けていた。


 そしてリリーメイだけの雨がようやく止んだころになって、クルリナはふらりと戻ってきた。ゴミ箱の場所が判らなかったのだと語るクルリナを、真っ赤な目をしたリリーメイは笑って出迎えたのだった――。

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