はじめてのデート?~冬色~

「明日の同じ時間に、中央公園の花壇前ね! あたし、待ってるからね!」


 クルリナは出会ってから一番の笑顔を見せたまま、走って視界から消えてしまった。


 その場に残されたリリーメイはぽかんと口を開けて、ただただ戸惑っている。


「え? ええ……?」


 ――デート? デートって言った?


 リリーメイの頭の上には大量の疑問符が浮かんでいる。


 出会って間もない友達から、いきなり公園デートに誘われた。


 ここ数日で、クルリナがさっぱりとして気前のいい性格の持ち主だということは何となく理解しつつあったものの、リリーメイの戸惑いは加速するばかりだ。そもそも自分たちは勉強を一緒にするために集まっているだけであって、デートがどうとか、そもそも図書館の外で会うとか、彼女にとってそういったことは完全に想定外だった。そもそも彼女は、これまでデートに縁がなかったのだ。


「どうしよう……」


 わけのわからない急展開に、見習い魔女はただ頭を抱えるしかなかった。

 まず、デートってなにをすればいいのだろう?


    *


 翌日、リリーメイは学校帰りに指定されたとおりの場所を訪れていた。


 そこはファミル私設図書館の真向かい、エル中央公園。その中にある静かな噴水広場だった。


 いくらか早めに到着した彼女は木製のベンチに座り、膝の上に鞄を置いて、ぼんやりとあたりを眺めていた。


 この噴水広場には公園の名物にもなっている立派な花壇――もはや花園と呼んでも差し支えがない――が噴水を取り囲むようにして設置されている。年間を通して温暖なこの地域では春から秋にかけて様々な花を見ることができるため、この花壇も住人たちの人気を集めていた。


 とはいえ今は冬の入り口であり、さすがにそれらの色彩は見る影もなく褪せてしまっている。冬を越す多年草たちは葉の緑を濃くしてじっと寒さに耐え、それ以外は枯れて片づけられてしまっている植物も多い。さらに噴水も安全のためとかいう理由で止められ、水を抜かれてしまって何も言わない。彼女がいるのはそんな季節だった。


 寂しいな、とリリーメイは思った。


 今日も天気は快晴。午後の日はやさしく、どこかミルク入りの茶を思わせた。


 いつもは大勢でにぎわうこの場所も、今の時期だけはあまり人が寄りつかない。来るのはここを抜け道に使う近所の住人とか、どこかに隠れている野生の生き物たちとか、あるいは嫌なことがあった日のリリーメイとか、それくらいだ。


「よりにもよってこの広場なんだあ……」


 だから、こうして友達を待っているというのに胸の真ん中にはぽっかり穴が開いているような錯覚をおぼえてしまう。これはどうしようもない条件反射だ。デート云々はともかく、リリーメイはクルリナに会うことを楽しみにしているのに。クルリナは、なにも悪くないのに。


 彼女は下を向く。頭に乗せた学生帽が傾くのを、ちょっとだけ右腕を持ち上げて直す。


 そろそろ時間だろうか。


「やっほーリリィ、なに下向いてるの?」

「クルリナちゃん……」


 約束の時間ぴったりにクルリナは現れた。


 彼女はいつも持っている大きな鞄を肩に掛け、なぜか挑むような目つきでリリーメイを見下ろしている。ところどころ絆創膏が巻かれた両手には、棒つきの大きな飴が一本ずつ握られていた。彼女はそのうちの一本をぶっきらぼうに差し出して言う。


「はいこれ。あっちの屋台で売ってたやつ、あんたにあげる」

「ありがとう……」


 リリーメイは琥珀色に輝く平べったい飴を光に透かすように眺めた。


 この飴は糖蜜を溶かして固めただけのシンプルな品で、ゆえにガラスのように透き通っている。どこか宝石にも似た見た目や甘さから子供に人気があり、学校の近くや公園に出ている屋台で安く売られていることが多かった。


「隣、座るわよ」


 クルリナはそう告げると、リリーメイの返事も聞かずどかんとベンチに腰掛けた。


 リリーメイは飴を舐めるクルリナの横顔に控えめな視線を送った。彼女に誘われるままにこうして集まったけれど、勉強もせずに一体なにをするというのだろう。そんなことを考えていると、彼女の顔がぎゅん、とリリーメイのほうを向いた。真正面から合ってしまった強気な目に、リリーメイはたじろぐこともできなかった。


 クルリナは問う。


「あんたさあ、フィーリアさんに何言われたのよ?」

「え?」


 リリーメイの身体が、びくりと震えた。


「だって、質問だか問い合わせだかに行った後、見るからにがっくりして帰ってくるし。学校の勉強しに来たとかいう割に全然勉強してないし」

「うぅ…………」


 リリーメイは、下を向いて飴の棒を握りしめた。指摘が的確であるだけに、彼女はなにも言い返すことができない。クルリナは、唸っていても解らないわと言ってふたたび飴を舐め始めた。


 どのみち、この手厳しい友達の追及から逃れることはできないのだろう。見習い魔女はそのことを感覚的に理解し、あの日図書館に足を運ぶまでのことを話す決心をした。


 彼女なら、きっと笑わずに聞いてくれると思うから。

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