ファミル私設図書館①
図書館に入ってすぐのカウンターで、書類にいくつかの事項を書き込む。
氏名、生年月日、住所、そして職業。
リリーメイは少し逡巡した後、そこに『学生』と書き込んだ。
アスタは記載内容を素早くチェックすると、例の太陽の香りの笑顔で『問題ありませんね』と言った。
「あの、アスタさん。今日、こちらの司書さんはいらっしゃいますか?」
リリーメイは、利用者証の準備にかかろうとするアスタを呼び止めて尋ねた。
カウンターの向こうのアスタは、ちらりとバックヤードの方向を見やると、のんびりとした口調で答える。
「フィーリアさんですか~? いますよ。今は少し、倉庫で仕事をしていますが~」
フィーリア。エミールから聞いた、ここの名物司書の名前と同じだ。彼は嘘を言わないから、同じなのは当たり前のことなのだが。
リリーメイは、胸の奥に少し痛いものを感じながら言葉を続けた。彼女は乾いた唇の奥で、ああ、今の自分は緊張しているのだなと、判りきったことを丁寧に確かめた。
彼女の声は、ほんの少しうわずっている。
「わ、私。司書さんに本のことでご相談があって来たんです。できればその、お時間をいただきたくて」
「そうでしたか~。それでは、わたしから取り次いでおきますので、しばらく館内でお待ちください~。あと、利用者証はお帰りの際にお渡ししますね~」
「はい、ありがとうございます」
そうしてアスタは、リリーメイの書類を持ったまま、今度こそバックヤードの方に消えていった。今は物を持っているからか、さきほどのようなすり抜けはできないらしい。彼女は少しだけ宙に浮いたままドアノブをひねり、きちんとドアを使っていた。
気づけばアスタに対する恐れや緊張はすっかり失せていた。
彼女を待つ間、リリーメイはひとりで館内の様子を見て回ることにした。
リリーメイの手続きを見守っていてくれたクルリナは、自分の用事があるからと、閲覧机の一角を陣取って教科書やノート、筆記用具を広げ始めている。どうやら勉強をするらしい。彼女とはまた後ほど合流する約束だけを取り付けて、いったんふたりは解散することになった。
「ところでさ」
別れる直前、リリーメイを引き止めるようにクルリナが言った。
「ん?」
「あたし、以前から不思議に思っているんだけど。アスタって幽霊だし、壁をすり抜けられるじゃない? それなのに、どうして本や書類は持てるのかなって」
クルリナは、手元で鉛筆をもてあそびながら首を傾げた。
リリーメイは高い天井を仰ぎ、少しだけ考える。
「ああ、それは」
答えはさほど難しくなかった。リリーメイは淀みなく言葉を紡ぐ。
「おそらく、アスタさんが魔力供給で動いているからだと思うよ」
クルリナは驚いたように目を見開いた。よく解っていない、といった顔だ。
「要するにね、彼女が活動するためのエネルギーを、魔法使いか魔女が供給しているの。彼女は現世の住人であるその人の魔力の影響を受けて、物体に干渉できるようになっているんじゃないかな」
クルリナはますます首を傾げる。
魔術学生ではない彼女にとって、自分の説明は難解だったか。彼女の反応を目の当たりにしたリリーメイは、人差し指で右の頬を軽く叩きながらこう言い換えた。
「……もっとかみ砕いて言えば、アスタさんは魔力っていう名前の特別なごはんをもらっていて、そのごはんには幽霊でも形あるものをさわれるようになる効果がある、っていうイメージかな。もちろん、その効果には制限があるけどね」
クルリナの首の角度が、元に戻った。
「ふうん。ちょっと解ったような気が……するかもしれない」
「そう? それならよかった」
リリーメイは満足そうに笑った。
疑問が解決したらしいクルリナは、感心したように丸い瞳を輝かせてリリーメイを見上げている。
「それにしてもリリィって、泣き虫のくせして案外教え上手なのね。なんか、勉強出来る子~って感じ」
「あはは、そうかな……」
リリーメイは、そんな新しい友達から目をそらして苦笑した。クルリナは少し不思議そうにしていたが、リリーメイはその視線から逃れるようにして、無理矢理会話を打ち切ってその場をあとにしてしまった。
「それじゃ、邪魔しちゃ悪いから。またあとでね、クルリナちゃん」
「ん? ああ、そうね……。フィーリアさんに会えるといいわね!」
「うん、ありがとう」
――ごめんね。
クルリナに聞こえないように、リリーメイはささやいた。
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